第24話 開戦



 いよいよ今日が、デューネ帝国に囚われている民間人を救出する日。


 出発するメンバーは、第二師団と第三師団。他は参加可能な、一般のギルドメンバー。華の鉄格子は、この戦いには不参加となった。


 馬に乗り城門を目指す街路には、沢山の人が花を手向ける家族が多く見受けられる。次に帰ってくるか分からない、めでたく凱旋を迎えられればいいが全員がそうではない。



 当然、俺もそれが叶うかどうか分からない。


 門を抜けて北を目指し、デューネ帝国へと歩み出す。


 その森を進む最中、フェヒターさんに声を掛けられる。




「ケイア殿、気分はどうですか?」


「フェヒターさん。何も問題ないです」


「それならよかった。この先、敵の奇襲が来るやもしれません。ですが、私どもの斥候が目を光らせているので安心してください」


「そこに関して、何も心配していません。それに、ホムラさんに修行をつけてもらったので自分がどれだけ動けるようになったか試したいぐらいです」


「ケイア殿、私の師匠と御会いした事があるのですか?!」




 それを聞いたフェヒターさんは驚き、数か月前に弟子入りした事を告げる。フェヒターさんは弟弟子が出来たと大変喜んだ。


 フェヒターさんは剣術を専攻して習い、体術はそこまで得意ではないらしい。


 それよりホムラさんが、剣術に関しても一流だとは知らなかった。感心していると、後ろからスザクさんとデモンさんが駆け寄る。




「ケイア殿、拙者に何かして欲しい事はありますか?」


「え……? いや……」


「スザク、隊列を乱すな。第二師団は先方だろ、お前が後退してどうする」


「ですが、隊長。ケイア殿がお腹を空かせていないか心配で……」


「ケイア殿はリアム王の命により、我が部隊の保護下にある。お前が面倒を掛ける必要はない、下がっていろ」


「はい……」




 トボトボと踵を返し、哀しい背中を見せながら下がっていった。


 その姿を見て、デモンさんは口を開く。




「なぁ、隊長。何もあそこまで言う必要ないんとちゃう? 好きな男の心配は誰でもするやろ」


「何もそこまで悪いとは言っていない。一人で何個も抱える必要がないだけだ。ゆとりが生まれなければ、戦場でいつ油断するか分からない。斬り込み隊長であるデモンが、何か声でも掛けてやれ」


「はいはい、そうします~」




 デモンさんも後方へ引き返し、フェヒターさんは肩を深く落としながら溜息をつく。そのままフェヒターさんは、何かあれば声を掛けてくれとその場を去った。


 苦労が窺えるフェヒターさんを見ながら苦笑いをしていると、ツバキが眉を顰めながら空を見上げる。




「ツバキ、どうかした?」


『いや、少し悪寒が……』


「悪寒……? メニカ、近くに敵は?」


『敵ヲ索敵中……森林周辺ニ敵影無シ』


『敵とかじゃねぇんだけどよ、何か嫌な予感すんだよ』


「嫌な予感……」


『マモナク、砂漠地帯ニ入リマス』




 メニカの情報通り、徐々に木々が無くなり雑草に変わり始める。


 ここから気候が変わり、太陽の照り返しが砂に反射してとても暑い。水分補給しながら進み、砂の神殿の横を通る。


 ふと、出入り口を見るとがある。


 誰かここで野宿したのか、それを横目で見ながらホテプの事を思い出す。感慨に耽りながら、前を見てデューネ帝国を目指して進んで行く。



























『心待ちにしておりました、クレオ・フィロ・ホテプ様』

『心待ちにしておりました、クレオ・フィロ・ホテプ様』




 名前を呼ばれた私は、目を丸くして立ち尽くす。


 何故、私の名前を知っているのか問い質す。




『何で名前を……?』




 私が答えると、アヌビスが答える。




『代々アナタに仕え、ホテプ様の父君と母君を守るよう仰せつかっています』




 私が命令した、どういうこと。


 私は訳が分からず、頭が痛くなってくる。色んなものを吞み込もうとするが、思い当たる節が見当たらない。


 続けるように、メルセゲルが促す。




『ホテプ様、どうか先へとお進みください。様と様がお待ちです、きっとアナタ様の手助けとなります。最後に、御出でになられる際は通路に控えている杖と首飾りをご持参ください。さぁ、中へどうぞ』




 二人が扉から退き、精巧に作られた石扉が開く。


 開かれた先は、とても天井が高く二人部屋だとしても大きすぎる空間。先に進むと、棺が二つ並べられて後ろの壁には太陽の絵が彫り込まれている。


 手助けとなるとは言ったが、当然生きていなければ話にならない。もしかしてと思い、私の両親はここで眠っているのかと棺に手を掛けて開けてみる。


 薄々感じていたが、当然、私の両親はミイラ状態で眠っていた。


 これでどう話を進めればいいか分からなくなった私は、帰ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえる。


 そこには、薄水色で透明の人物が宙に浮いている。




「クレオ、息災か」


『これが……私のお父さん?』


「そうか……で、記憶を無くしたか。アル、頼まれてくれるか?」


「はい、あなた」




 私の父なのか分からない人物は、女性の方に行くよう促す。


 私は彼女の方に向かい、熱い抱擁を受ける。抱き締められている間、とても温かく懐かしい匂いが吹き抜けていく。


 その時、私に濁流のように様々な記憶が流れ込んでくる。


 我が誰で、何を目的として棺に眠されていたのか。何をしなくてはならないか、今思い出した。




「クレオ、これで思い出した?」


『はい、母上。我が名はクレオ・フィロ・ホテプ、人々の信仰を受けて現人神になり、何十万年もこの地を統治してきました』


「そして、お前が倒さなければいけない相手も……思い出せるか?」


『はい、父上。今度こそ、彼奴きゃつの荒魂を鎮めて見せます。ですが、我には今やらなければいけない事が――御待ち下さい』




 我は神殿に響く足音に耳を澄ませ、何かを察知する。


 ざっと聞いた限り、四五万の兵が行軍しているのが分かる。それより向かわねばならない事を、父上と母上に伝える。




『父上、母上。名残惜しいのだが、もう向かわねばならぬ。神である我にも、仕える者が出来た。我が……我が好いて病まない、我が主に』


「それは、倒さねばならぬ奴を後回しにしてもか……?」


『当然です、父上』


「それではお前の力が、真に戻ったかどうか……神に祭り上げられた御霊を鎮めてみせよ。それが最初の、お前の試練となるっ!」


『現に神の我が、器の無い霊魂を鎮められないとでも……お思いですかっ! 父上!!』




























 俺達は神殿を過ぎてから暫く経つと、下から振動が流れる。


 地震かと思ったが、変な音も聞こえてくる。敵襲かと思ったが、周りを見渡しても何もない。


 俺がキョロキョロしていると、見た事のない女性に声を掛けられる。




『どうした、いい女でも見つけたのかい?』




 声をの方を向くと、爬虫類型の獣人が立っている。


 だが、見た目が人間に近い為、魔人化している。初対面の為、取り敢えず名前を聞いた。




『アタイはドラゴーネ、ドラゴニュートの魔人。第一師団の殿大将さね』




 自信満々とその声に、かなり姉御肌気質を感じる。どことなくムーに似た見た目をしているが、ドラゴーネさんは二足歩行。ムーの方はラミアの脚に似ている為、ワームとドラゴニュートは同じドラゴン種でもだいぶ違う。



 ドラゴーネさんの見た目は、蒼い鱗が特徴で装備を付けていない。自身の鱗の方が固い為、装備はあるだけ邪魔らしい。武器は長槍。


 それにしても、身長も大きい方で胸がデカい。ツバキほどではないが。


 一体何歳なのか気になるが、ドラゴンの寿命がかなり長いからどのくらい生きているのか分からない。


 俺の視線が気になったのか、ドラゴーネさんはニヤニヤしながら嘲笑う。




『何だい何だい~、アタイがそんなに気になるのかい? これでも五百歳超えてるんだから、あまりジロジロ見るもんじゃないよ』


「ご、五百歳……」




 彼女曰く、五百歳以上のドラゴニュートはかなりの年齢らしい。見た目はそう見えないが、なんか損した気分になる。


 勝手に自分で落ち込んでいると、彼女の周りに取り巻く部下たちが囲む。




「姐御! 今日も逞しいお姿、感服します!」

『姐御! 帰ったらいつもの稽古、お願いします!』


『いつもアンタたちはうるさいんだよ! 言われなくても、付き合ってあげるから覚悟しときな!』




 見て分かる通り、部下に慕われているのがよく分かる。


 荒い口調ながらも、周りに元気がない兵士に対して自身のご飯を分けるなどして士気を崩さないようにしている。


 それを微笑ましく見て正面を向くと、遠目にが聳え立っている。


 どこまで伸びているのか分からない程、視界の端までつながる城壁。この距離から見ても巨大であるのがよく分かり、門の前には無数の生き物が蠢いている。


 恐らく、あれが伏魔十二妖星の敵兵の数。


 正確な数値は分からないが、おおよそ十万近くは居るだろう。


 敵を目視で確認したフェヒターさんは、軍評定いくさひょうじょうを行う為に軍幕を設営する。なるべく悟られない為に、少し離れた場所に設置する。


 主要人物を一つのテントに集め、俺もその中に加わった。


 そして、フェヒターさんがここ周辺の地図を押し広げる。




「最初の作戦は、デューネ帝国国境線を取り囲む巨大な長城……を潜り抜ける必要がある。その先を進まない限り、デューネ帝国へは辿り着けない。正面突破は愚策に近く、無闇に他の城壁を破ろうとする時間も無い」




 正面の守りは固く、目視で確認した時も明らかに防衛する数が多い。それに、何の飛び道具が飛んでくるか分からない。


 他の壁にも、モンスターと城兵も待ち構えている。


 会議の中で強攻という言葉が出ている、壁に梯子をかけて中から城門も開くという案が出された。


 だが、これは最も兵を消耗する作戦の為、即却下される。


 今回の目的はデューネ帝国に囚われている住民の救出、ここで消耗すれば本陣に辿り着く前に力尽きる。


 みんな頭を悩ませていると、ドラゴーネさんが口を開く。




『攻城戦にはいくつか手法はあるが、兵糧攻めも水攻めも出来ない。強攻も得策じゃないし、内応も奇策もある訳じゃない。その中で、アタイにいい考えがあるだがね』


「ドラゴーネ殿、あなたの考える策とはどういうものか……聞かせて下さい」




 フェヒターさんが聞き返すと、彼女は鼻で笑いながら一番いい方法があると言わんばかりに答える。




『アタイの槍で、城門をぶち破る!』




 彼女の声が木霊し、そこにいる人達は口をポカンと開けている。


 当然、彼女に異論を投げかける者が多く、フェヒターさんも反論する。




「確かに城門や城壁に突破口を作り、進入路を確保する作戦はあります。アナタの力であれば、城門を破壊するのは容易いでしょう。ですが、相手もバカではありません。壁の上から、魔法で固めている可能性があります。それまで打ち破れるかどうか――」


『それはやらなきゃ分からないだろっ!!』


「……っ。アナタを信用していない訳ではありません……ドラゴーネさんは本来、殿しんがりです。今の話を聞くと、も務める事になります。これ以上、アナタに重い任務を担って貰う訳には――」


『生き遅れたババア以外に誰が居るんだい? 伊達に五百年も生きちゃいないんだ、ただで転んで死にはしないさね』


「……」




 ドラゴーネさんの気迫に、フェヒターさんは押し黙ってしまった。


 作戦としては、ドラゴーネさんが突破口を開いて城門を一気に雪崩れ込む。戦力では差が縮まらない為、殿としてドラゴーネさんが食い止める。


 その隙にデューネ帝国の城に辿り着き、住民を救い出す。


 フェヒターさんは皆に説明しながら、重い表情を浮かべていた。殿大将は本来、撤退時に攻撃を防ぎながら最後尾を死守する重要な任務。


 だが、今回の作戦では追撃する敵を退けつつ、救出本隊が戻るまで迎撃しなければならない。


 数千の兵で数万の敵兵を打ち破る事など、地形や天候が味方しなければ勝てる見込みはない。


 評定は終わり、決行は明日になった。


 みんな自分のテントに戻り、各々英気を養う。


 夜になり、俺は少し星空を見たくなった為、外に出る。夜営しているのがバレないように、焚火はせずみんな静かに酒を飲み交わしている。


 それを通り過ぎていくと、少し高い砂に酒樽を持ち込んでデファンスの長城を見るドラゴーネさんが居た。




「こんばんは、ドラゴーネさん」


『あぁ、あの時の坊やだね。寂しくて、アタイに逢いに来たのかい?』


「何でみんなと飲まなんですか? 明日が最後になるかも知れないのに、今日くらい一緒に――」


『だからだよ……』




 彼女は長城に向き直り、声色が少し暗くなる。




『五百年以上……生きててもね、辛いものは辛いさ。少しでも知り合えば、他人じゃなくなる。無論、アンタもだよ』


「……」


『当然、死ぬ気なんて毛頭ないよ。生きてあの子達を故郷まで帰らせる、死んでも故郷を守り抜く。やっと帰る国を見つけたんだ、それを守る事こそ、アタイの本懐だよ』




 彼女はそう言いながら酒を飲み干し、立ち上がる。


 俺の横を通り過ぎ、後ろ姿を見せながら手を振る。




『砂漠の夜は寒いから、風邪ひくんじゃないよ』




 俺はその姿を目で追いながら、何も発することが出来なかった。


 心のモヤモヤを残したまま、俺は自分のテントに戻って眠りに就く。





 夜が明け、暑い日差しが差し込んでくる。体を起こして、直ぐに戦準備を整える。


 外に出ると、フェヒターさんが出迎えてくれた。




「ケイア殿、よく眠れましたか?」


「はい、快眠です」


「それは良かった。では、早速隊列を組みます。ケイア殿は、私に付いて来てください」




 俺達は兵と共にデファンスの長城を目指し、その近くまで移動する。


 そして、長城付近には以前戦ったモンスターが何体も立ち塞がっている。その中には、半狂乱になったゴブリンやオークが点在している。


 その姿を見て恐怖が襲ってくるが、俺は気持ちを強く持って負けじと睨み返す。


 砂埃が舞う中、フェヒターさんは乗馬から手を上げて号令をかける。




「全軍……鋒矢の陣! ドラゴーネ率いるで、城門を食い破るっ!!」


「「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」」


『一番槍はこのドラゴーネ様が頂くよ!! お前達、援護しな!!』




 号令と共に軍は動き出し、槍のように一直線で門を目指す。

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