第23話 誰よりもタフであれ



 俺が二日要求した理由は三つある。


 一つは、メニカの装甲が前回の戦いでボロボロの為、修理が必要と判断したから。


 二つは、今ベーアさんに解析してもらっている稀少鉱石の鑑定結果の詳細。


 三つは、ホムラさんの下で技の練度を上げる為に時間が欲しい事をリアム王に伝える。


 それらを聞き入れてくれたリアム王は準備期間を設けてくれ、俺は直ぐにベーアさんの鍛冶屋に向かう。


 俺はメニカを連れて鍛冶屋に辿り着き、扉を開いて彼女の名前を呼ぶ。




「ベーアさん、居ます――」


「ケイア君! 大発見だよ! 大発見!!」




 ベーアさんは俺の肩を掴み、鼻息が荒く興奮している。




「ど、どうしたんですか……ベーアさん」


「ウチにある顕微鏡で覗いて見たんだけど、鉱石の隙間に沢山の虫が居るの! その虫のお陰かは分からないけど、従来の明度と彩度が違うの。もしかしたら、この虫が何らかの形で作用してキミの身を護ったんだと思う」




 実際に見てみたいと思い、俺はベーアさんに頼んで顕微鏡を覗く。そこには鉱石と同じ色の虫が、無数に蠢いている。形は丸く、背中には光沢で光が反射している。


 正直、凝視しているのは辛いがこれが俺を守ったのだと考えると、感慨深い。


 あまり見慣れないモノを見たせいか、少し気分が悪い。俺が口を押えていると、ベーアさんはこの稀少鉱石の使い道について訊ねる。




「ケイア君は、この鉱石を何に使うんだい?」


「いや……まだ、決めてませんけど」


「装備として使うのが一般的だけど、加工せずに御守りにする事も出来るけど」




 自分の戦闘手段として、拳に装着する装備が欲しいと思っていた。アルゲの炎によって、蛇の皮で施された手甲と脚甲の損傷が激しく使い物にならない。


 色んな出来事があり、装備を揃えるのを忘れていた為、俺は丁度いいと思って手甲を製造してもらえるように依頼をする。




「わかった。その代わり、時間もお金も掛かるから覚悟してね」


「お金は大丈夫なんですけど、もう一つお願いしたい事があって……」


「お願い?」


「装備より先に、メニカを直してくれませんか?」




 俺は外に案内し、メニカの下に連れて行くとベーアさんはその巨体に驚いて変な声を上げる。




「うわっ!? でかっ!」


『驚カセテシマッテ、申シ訳ゴザイマセン』


「今は外部装備で見えませんが、内部の損傷が激しくて……。直せますかね……」


「これがあの時、アタシが依頼したメタルヴェルクのオートマトンか……。古代の代物だからね……直せるかどうか」




 それもそうだ。現代の技術が、過去の技術を簡単に直せるとは限らない。


 それを今から、無理を言うのが気が引けるが言うしかない。




「無理は承知で言うんですが、それを二日で直すのって可能ですか……?」


「はぁ!? 今見たばっかりで、そんな急に言われても直せるわけないだろ!」


「そこを……お願いしますっ」




 俺は必死に懇願し、深く頭を下げる。それに呼応するように、メニカも同じように頭を下げた。


 先程まで苦い顔をしていたベーアさんだったが、次第に諦めたように自身の指で頬を搔く素振りを見せる。


 そして、何かを諦めたように溜息をつく。




「はぁ……わかった。何とかしてみるよ……」


「あ、ありがとうございますっ!」




 何とか快諾してもらい、メニカを一旦ベーアさんに預ける事になった。二つ目的は達成し、最後にホムラさんの下で修業をお願いしに行く。


 ホムラさんが住む森に向かい、一度教えてもらった技の練度を上げてもらう。


 小屋に辿り着くと、ホムラさんは薪割をしていた。




「ホムラさん、今大丈夫ですか?」


「早いな、この数時間で休めたのか?」


「それは、まぁ……大丈夫なんですけど。あの……ホムラさんと同じように、一つの技の練度を上げたいです」


「どうした、突然」




 俺は伏魔十二妖星によって、デューネ帝国に囚われている住人を救出する任に就いた事を伝える。


 ホムラさんは、と言って斧を切り株に置いて話しだす。




「付いてこい、今から俺の修行場に向かう」




 深い森に入るホムラさんの後を追い、整理された道を進む。


 無言の時間が続き、一時間ほど歩いて進んで行く。そして、微かに水の音が聞こえ始めて隣には川が流れている。それを横目に見ていると、暗い森が開けていく。


 目の前に広がっているのは、だ。


 滝の周りには、巨岩が並んでおり、強い衝撃を与えたように割れていたり粉砕されている。


 綺麗な光景に目を奪われていると、ホムラさんは衣服を脱ぎ始める。




「下は脱がなくていい。滝壺で清めてから、滝行をする」




 言われた通り、俺も服を脱いで滝壺に入る。それにしても、七十代とは思えない体つきで深い傷が沢山ある。


 肩まで水に浸かるが、とても冷たくて長く入っていられない。


 そんな中でも、ホムラさんは目を瞑りながら浸かるように寛いでいる。数分後、滝壺から体を出して滝の方に向かっていく。


 滝の目の前まで歩き、その大きさに自然の息吹を感じる。


 荘厳な雰囲気に圧倒されていると、ホムラさんはこちらに振り向く。




「一つ注意しておく。修行の最中、頭上から岩か大木が稀に落ちてくる。最悪死に繋がる可能性がある……それでも、やりたいか?」


「……」




 俺は死、という言葉に少し躊躇ってしまった。


 まだ何の修行かも教えられていないが、これが死に直結する危険な行為。それでも誰かを助けたい、守りたい気持ちが湧き出て答えは一つしかない。




「やりますっ……」


「分かった、最初は短い時間でやる。俺の隣に来い」




 そう言って、ホムラさんは滝に静かに入っていく。合掌しながら狼狽える事なく、静かに滝の流れに身を任せている。


 俺も一緒に入ろうとするが、勢いが強すぎて中々入る事が出来ない。


 勢いに身を任せて飛び込み、何とか入る事が出来た。




「うっ……!?」




 だが、あまりの水の衝撃に息をすることが出来ない。流れる水の隙間からでしか、呼吸することが出来ない。


 俺は滝の上から、岩石や大木が降る恐怖より、溺れる恐怖の方が勝っていく。


 まさに、を覚悟する程に何も考えられない。


 俺は耐えられなくなり、滝から出てしまう。咳き込みながらホムラさんの方を見ると、何も感じていないように合掌し続けている。


 その姿を見て、自分を鼓舞しながら再び滝の中を潜る。


 滝の中で必死に合掌を続け、それ以上。今を生きる事が精一杯で、修行という意識が無くなっていた。


 これが数十分続き、ホムラさんの合図で滝行が終了。


 俺は息を切らしながら滝壺を抜けて、呼吸を整える。身体を地面に付けていると、それを覗き込むようにホムラさんがこちらを見る。




「滝行はどうだった?」


「キツくて……耐えるのがやっとでした」


「何か考える事は出来たか?」


「いや……死にそうになったので、生きる事しか考えられなかったです」




 その問いの意味が分からず、ありのままの体感を話して、この修行には何が込められているかをホムラさんは教えてくれた。




「技を繰り出す際に、一番邪魔なものは雑念だ。火水拳は特に、集中力が極めて重要になる。雑念には、多くの危険を孕んでいる。その隙をつかれ、敵に寝返るか命を落とすか。この滝行はその気を払う効果と同時に、一つの事に短時間で集中できる。だから、ケイアはのに必死だと言った」




 確かに、俺は生きる事しか考えられなかった。


 一つの事に我武者羅に取り組んだ結果が、集中する事に繋がったのか。




「瞑想と同じ効果を生むが、滝行は少し荒い手法だ。時間を要する事態に、悠長な事は出来ない」




 そう言いながら、再びホムラさんは滝行を再開した。暫くの間、俺はその光景を眺めながら休憩する。


 すると、滝から岩が落ちてくる。


 俺は咄嗟に声を上げ、ホムラさんに呼び掛ける。




「あぶなっ――!?」


「だぁぁぁあああっ!」




 そんな心配は微塵も無く、ホムラさんは目を瞑りながら拳を高く上げて素手で岩石を砕いた。


 それが周りに散らばり、周辺にあった岩と同じように並んだ。


 これはホムラさんが割った岩なのだと、そこで初めて知る。


 ホムラさんは何事も無かったように、俺の前に起ち言い放つ。




「ケイアもあれくらい造作も無く出来る」


「いや……人の領域超えてます」




 それから何度か滝行を短い時間で繰り返し、一日を終える。


 そして、次の日も同じようにホムラさんの家に向かおうとした時、ツバキが一緒に行きたいと申し出た。




「ツバキも一緒に行くの?」


『あぁ……ハルスに毎日毎日どやされるのが疲れてな……。それに、ケイアの稽古場も見てみたいしな』


「まぁ、ハルスさんは教官の立場だし……大目に見てあげてよ」




 ツバキは疲れた表情で答え、俺は苦笑いを浮かべながらツバキと森に向かう。


 家が見えてくると、ホムラさんはいつものようにお茶を飲んでいる。




「ホムラさん、おはようございます」


「ケイアか。……あの時のオーガも一緒か」


『ツバキだ』


「それで、このオーガを連れてきた理由は何だ?」




 俺は掻い摘んで話し、見学という形で参加する事になった。話が済んだ後は、三人で例の滝へと歩いて行く。


 目的地に着くと、俺とホムラさんは流れるように滝行を始める。


 俺も最初こそ苦戦したが、今少しずつ慣れてきた。その姿を見てか、ツバキもやりたくなったらしく俺の隣で滝に打たれる。


 ツバキは俺ほど苦戦せず、涼しい顔で合唱をする。俺も負けじと気合を入れ直して、集中を研ぎ澄ます。


 長時間の滝行を終え、以前の大甕おおがめが置かれている場所に移る。実演として、ホムラさんがまず割る事に。




「すぅ……はあっ!!」




 凄まじい声と踏み込む衝撃で地面が大きく割れ、大甕に手が触れる。


 その後ろから大きな火柱は吹き、その後から中身の水が勢いよく漏れ出していく。ホムラさんの火背拳は圧巻で、後ろの大甕はほぼ形を保っていない。


 俺が驚愕していると、火背拳を放つ際のコツを伝授してもらう。




「ある程度コツは掴んだと思うが、自分の鼓動を感じる事で炎が発現する。脚は強く、手は柔らかく。そうすれば効果も大きくなる……気休めだが、声を張れば効力は上がる。今以上の集中が必要になってくる、分かったか?」


「はいっ……」




 俺は大甕に起ち、目を閉じながら集中し続ける。構えに入り、手を添えて強く右脚を踏み込む。その時、ドクンっと何か脈打つのを感じた。




「はあっ!!」




 耳をすんざくような音と、衝撃波が周りに波紋のように伝わり、大きな火柱が大甕に広がる。


 自分でも、ここまで大きな技が出るとは思わなかった。


 俺が驚いて立ち竦んでいると、ホムラさんとツバキも同じ表情を浮かべている。ホムラさんは、タジタジになりながら称賛の声を上げる。




「す、凄いな……ここまでとは……」


『ケイア、お前……どうした?』


「いや、感覚的に心臓が跳ねた感じがしたから……それで」




 素直に感想を言うと、数回の滝行でここまで綺麗には出ないらしい。


 驚かれつつ、ホムラさんは自身を守る技を教えてくれるそうだ。それは、水の流れのように受け流し、何にも逆らわない技術。


 もう一つは、相手の関節を固めて動きを封じる技。


 これを教えてくれるらしく、その場で稽古をつける。




「受け流す技は水流双すいりゅうそう。関節技に技名は無いが、強大な力も封じることが出来る。だが、それは人間サイズの話だ。先ずは、水流双から教える」




 その後は、ホムラさんから水流双の基本を教わり、簡単に説明された。


 円や曲線を描くような動きで相手の攻撃を受け流すことで、相手の勢いを利用して制圧するのが水流双。


 関節技に関しては、受け流す際に相手に倍に返す手法。


 それからは、ホムラさんと暗くなるまで稽古を続けた。それを眺めていたツバキも、我慢できずに途中から一緒になってホムラさんに投げられながら続ける。


 何とかその一日で、戦闘で使えるくらいまで仕上げてもらった。


 夜になった為、俺達はオリバー皇国に戻る。




「あっ……」




 領地に入った瞬間、俺は重要な事を忘れていた。


 メニカをベーアさんの下に修理を頼んだままなのを、すっかり忘れていた。俺は急いで鍛冶屋に向かい、状況を窺う。


 お店は当然夜の為、閉まっている。だが、店の中が微かに光が漏れ出ている。俺はドアを叩き、店内に入れてもらえるように促してみた。




「ベーアさん、すいませんっ。居ますかっ?」


「あぁもう……うるさいな! あっ、ケイア君。メニカちゃん、もう少しで終わるから待ってて」




 そう言われて、俺は店内に入るが中庭に案内される。すると、そこにメニカが膝を折りながら座っている。


 前まで損傷が激しかった箇所は改善し、元通りになりつつあった。




『マスター、オ待タセシテシマッテ申シ訳アリマセン。デスガ、ベーアサンノオ陰デココマデ修復ガ出来マシタ』


「よかったよ、ちゃんと直って」


「見た事のない金属で構成されたから、鉄で代用するしかなかったけど。これで動かすには事欠かないと思うから、安心して」


「ベーアさん、ありがとうございます」


「お安い御用だって。お金さえ、ちゃんと払ってくれるなら」




 最後の調整を終え、変形の取っ掛かりは改善できた。お金をちゃんと支払い、ベーアさんと別れる。


 これで、万全の状態でアイツらに臨める。


 待ってろ、伏魔十二妖星。


























 私はスピカに連れられ、デューネ帝国の地下を歩いている。




『スピカ、こんな薄暗い所に何の用があるんですか?』


『この帝国は、アタシ達の手に堕ちる前まで奴隷制度が盛んだったらしいじゃない。だから、新しいモノを生み出す材料が埋まってるんじゃないかと思って』


『あぁ、成る程』




 、それを利用して今回の戦いに役立てるつもりらしい。


 階段を下りていくと、空気が滞る為か埃の臭いと獣臭が立ち込めてくる。これだけで、どれほど劣悪な環境だったか分かる。


 その臭いは、一つの扉から放たれている。


 中に入ると、無数の人間に亜人。獣人から理性の無いモンスターまで居る。それが同じ室内に押し込まれている為、臭いはずだ。


 慣れたように入っていくスピカの後を追い、彼女は一つの檻で足を止める。




『スピカ、この女性は……?』


『よく見て、誰かに似てない?』


『……言われてみれば、によく似ていますね。長い黒髪ですし。それで、この方をどうするのですか?』


『決まってるじゃない、アイツに見せてやるのよ。醜く歪んだ姿を、あの小娘に。まぁ、実際あの女の知り合いか家族なのかどうかは知らないけど……創りだす事には変わりはしないし』




 綺麗な顔を歪ませながら、瀕死状態の彼女を見つめるスピカ。


 もしこれが知り合い、もしくは家族なのだとすれば大変面白くなります。攻めに来る時が楽しみですね、ケイアさん。


 前回と同じように、アナタの大切な人から殺して差し上げますよ。


 あのホテプさんのように、私の蒼い炎でね。








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