第22話 太陽の巫女
私は夢を見ていた。
遠い、凄く遠い記憶を見ているような懐かしい思い出。みんなと夜に食事を囲み、酒と楽器を持って宴を開いている。
「クレオ様! また踊り、見せて下さいよ!」
「クレオ様の綺麗な演舞、久しぶりに見たいです!」
これは、誰だ、見知らぬ男女が、語り掛けてくる。何の記憶だ。でも、何故か懐かしい。
心が、温かくなる。
私はその場で立ち上がり、舞を披露する。初めて躍る筈なのに、何故知っている。 私は、もっと昔からやっていたか。
私が踊るだけで、人々は涙を流して見つめる。そして私が舞の最中、周りの木々が青々と実り、噴水からは水が溢れた。
これは、魔法。違う、奉納舞。
我は、何者だ。我とは誰だ。私は、誰だ。
意識が戻り始め、夢から覚めていくのがわかる。起き上がろうとすると、額に冷たい感触があった。
私はその布を手に取り、上体を起こす。見渡してみると、そこは砂の神殿の入口だった。
壁画が描かれた場所に、誰かが運んでくれたのだ。付近にはリュックと道具、寝泊まりする用の寝具が置かれている。
でも、そこには誰も見当たらない。する事も無い為、私は立ち上がって壁画を眺める。
目に入ったもの全てに、触れながら歩いて眺める。描かれているものは、横絵で様々な種類の種族がいるように見える。
体は人間で、頭は鳥の種族。犬か猫か分からない頭に、人間の体。小型虫の上に、何故か目のマークが描かれている。
それから、とても巨大に描かれた人に施しを貰う小さな人達。そして、病魔に伏せた人々を手を翳して治す変わったお面をした王のような存在。
この人達は獣人、ではない。これは、神々なのか。
「あっ! お姉ちゃん起きた!」
『お姉ちゃん?』
後ろから声がした為、振り向くと少女が駆け寄ってくる。何処かで見た気がするが女の子の手には、樽一杯の水が見える。それを私に手渡し、飲むように催促してくる。
正直、この樽のまま飲む気にはなれなかった。
「飲まないの……?」
少女の今にも泣きそうな顔を見て、私は取り敢えず樽を手に取る。手で掬って飲もうと、地面に置く。
水を掬おうと、樽の中の水面を覗いた。その中には、知らない人物が映り込んでいる。
以前より褐色の肌が色濃く、顔色も良く見えるような気がする。それに、体に巻き付いていた包帯が外れている事に今気付いた。
そんな動揺した私を見て、少女は心配しながら顔を覗き込む。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
『……うん』
私は彼女の言葉に我に返る。この動揺も水を飲めば良くなると思い、掬った水を飲み干す。
多少落ち着いた私は、一息ついていると入り口から誰かが走ってくる音が聞こえる。私は身構えるが、少女は音のした方に駆けよる。
「パパ、お帰り!」
「おぉ、メアリ……ただいま。そちらの方は、目が覚めましたか?」
恐らく、私を助けてくれた親子の二人。私は軽く会釈し、その男性に手招きされながら近づいて行く。
その彼が抱えていたのは、フルーツだった。
「森まで戻って取ってきました。他にも、食べ物はリュックにありますので食べて下さい。あぁ、私の名前はカイと申します」
フルーツを手渡されながら、私も自分の名前を名乗る。
『私はホテプ。……それより、何故こんなに良くしてくれるんだ? 悪い奴だったら、殺されてる』
「以前、アナタに助けられましたから。アナタのご主人と一緒に、娘の病気を治してもらいましたからね。顔見知りではなくとも、同じように助けたと思いますけど。それより、何故あのような場所に? 彼とお仲間は一緒では無いのですか?」
私はそこで気が付いた。
私はこの場所で死んだと思っていた。だが、何故か生きている。私は立ち上がり、直ぐにケイアの下に行かなければ。
そう思ったが、私は神殿の入り口付近で足を止めてしまった。そもそも、ケイアの居場所が分からない。行き場を失った私は、そのまま座っていた場所に戻る。
「何か事情があるのでしょうけど、今は何か食べましょう。それからでも遅くは――」
『それでは遅いっ……。ケイアが生きている確証を、何としても早く得たい……。だが、何処にいるか分からない……』
仮に私だけが生き残り、ケイア達が皆死んだとすれば自分はどうしたらいい。
あんな奴らが何人も押し寄せる可能性があるなら、この世も終わりだ。私一人でどうこうできる問題ではない。
ケイアには、何も恩返しが出来ていない。死んでいるとしたら、何を――。
「お姉ちゃん!」
『――ッ』
突然少女のメアリが叫び、フルーツを手渡してくる。少し怒り気味に、私の顔面付近に押し付けてくる。
私が困惑していると、メアリは一際声を大にして呼ぶ。
「お姉ちゃん、お腹空いてるから怒ってるんでしょ? だったら、早く食べて!」
『……』
私は降参して掌を広げると、メアリが持っていた葡萄が置かれる。それを一粒一粒手に取り、口に運んでいく。瑞々しい触感に、心が少し落ち着いたように感じる。
少しお腹も膨れ、私は睡魔に襲われてまた眠りに落ちる。
だいぶ眠っていたのか、外は陽が傾いて夕方になっていた。カイは夜が近づいてきた為、暖を取る為に火を熾す。メアリは何故か、私の隣で寝息を立てて夢を見ている。
私は起こさぬように、そっと体から離れる。
「随分懐かれていますね」
『……そうだな』
私の素っ気ない態度に思う所があったのか、カイは火を熾しながら聞いてくる。
「子供は嫌いですか?」
『そうではない。懐かしんでいたのよ、我が民たちの顔を思い出してな』
「……ホテプさんは何処かの王族なのですか? 話し方がさっきと違うように思いますが……」
『? ……私は何も言ってない。気のせいだろう』
カイは何を言っているんだ、会話なんかしていなかっただろ。カイは怪訝な目で私を見つめ、火熾しにまた専念する。
このまま火を点けるのを眺めていたかったが、私は少し神殿の中が気になり探索する事にした。奥は暗い為、指から光の玉を発生させて周りを照らす。
先程まで眺めていた壁画を見ながら進み、奥の方まで進んで行く。
暗闇を進んで行く中、私はあの場所に辿り着いた。
そう、ケイア達と出会った太陽に照らされた棺。この棺があるだけの、ただ広い部屋の中。
私は自然と、棺の方に足が吸い寄せられていく。空の棺に手を触れながら、埃の被った蓋を擦る。
懐かしんでいると、棺の側面に何か書かれている。そこにはこう書かれている。
泪に沈む、我が太陽の巫女。我らが不徳の致すところ、思い限ることに相成りました。貴方様に太陽の導きを
見た事の無い文字なのに、何故かこう読めた。それよりも、これが私の眠っていた棺に描かれている事が不思議。
私が太陽の巫女。
何故こうまで崇められていたのか、どうして私はこの中で眠らされていたのか。部分的に思い出せても、肝心なことが思い出せない。
私は、一体誰なんだ。
私は頭に手を当て、思考を並べるが何も思い出せない。思い出せないまま、私はの部屋から出ていき、違う場所に移る。
また奥に進み、今度は下に向かう階段が見える。照らすものが無ければ、そこは一寸闇の中。
長い階段を下り、辿り着いた先は地下とは思えない程に広い場所が続いている。明かりを強くすると、見た事のない武具や財宝が点在している。
金と青が基調の杖や、首飾りが通路に沿って石で作られた台に大切に保管されている。そしてその奥には、大きな扉が聳え立っている。
その扉の左右に、巨大な像立って迎える。
その片方ずつに名前が刻まれている。
右にアヌビス、左にメルセゲル。アヌビスは頭が黒い狼に見立てており、他の体は男性で作られている。メルセゲルは頭が蛇の顔で、体は女性で作られている。文字が読める事については、思考を巡らすのはやめる事にした。
そしてこの像をよく見ると、所々欠けていたり壊れている。何か大切なものを守っていたに違いないと思い、私はこの扉の奥が気になった。
私は精巧な石で作られた扉の前に立つ。
すると、動くはずの無い石像が動き出し、私の方を見下ろす。やはり、守護する役目としてこの石像が置かれている事は間違いない。
私は詠唱を唱える準備をし、石像の動きを探る。戦闘に入ると思いきや、石像は私の前に跪き、名前を呼ばれる。
『心待ちにしておりました、クレオ・フィロ・ホテプ様』
『心待ちにしておりました、クレオ・フィロ・ホテプ様』
「俺に……もう一度行かせてください」
俺がリアム王に進言すると、先程よりも目付きが鋭くなった。当たり前だ、以前も死にかけでスザクさんやデモンさんに助けられて帰還した身の上で、一人で何が出来るかと問われるのがオチだ。
ただ、俺は救いたい。イアや母さんを救えなかった罪滅ぼしを、ホテプのような仲間を失いたくない。
俺はリアム王を睨み返すように見つめ続ける。
それでも、リアム王は引き下がらずに前回のアネクメでの話を持ち出した。
「ケイアよ……我とて、同じ気持ちだ。民を救いたい気持ちは痛い程わかるが、戦力差がどれ程開いているか分からん。兵の大部分を割き、本国に攻め込まれれば、それこそ自国民の行き場を失いかねない。耳が痛い話をするが、今のケイアでは到底敵う相手ではない。慎重に事を運ばねば、自分の首を絞めかねない」
「……」
やはり、まだ俺では力不足。
一人が喚いても、実力を見せることが出来なければ信用もされない。俺は、つくづく自分の弱さに実感する。
俺は顔を伏せ、後ろに下がろうとすると謁見の間に知らない老齢が扉の前に立っている。
「イネヂュ・ヘル様!?」
リアム王が頭を下げ、床に跪く。この男性は、一体誰なんだ。すると、ヴィリーさんが横で耳打ちしながら、彼の説明をしてくれた。
イネヂュ・ヘル、オリバー皇国を本来治めている神の血を引く皇族。元々統治していたが、住民を養えるほどの国力が無く、まともな政治を行うことが出来なかった。
そこにドラゴンの襲来に遭い、危機的状況に陥ってしまう。寄せ集めの兵で戦いを挑み、訓練を受けていた指揮官がドラゴンの牙で一瞬でいなされる。
そこで何の訓練も受けていないリアムが指揮を執り、それが功を奏してドラゴンを退ける事に成功した。
それから出世していくリアムは、当時の師団長に任命されて皇族に進言し、内政や外交に大きく貢献する。その結果、リアムが皇族の下に国をまとめる役目として政治統制が敷かれていった。
そのお陰で種族の隔たりを無くし、商人が行き交う貿易の場に発展していった。
国も大きくなり、移住してくる者が増えていった。元々、国に名前が無かった為、国益を大いに支えたリアムの名前からとり、オリバー皇国となった。
皇族には神の血を引いているとはいえ、他民族との交流も深かった事もあり、その血脈は薄くなり始めている。
それにより、本来持っている自然に関与できる力が失われている為か、イネヂュは祝福を施すことが出来ない。
ヴィリーさんの説明が終わると、イネヂュはリアム王を見据えて助言する。
「リアム……迷うのなら、行きなさい。アナタの意志に、従いなさい。助けられる命があれば、手を差し伸べるものではないですか?」
「ですが、兵の皆が我の情に流されるのは……王の身であれば、合理的に――」
リアム王が続けて喋ろうとした時、フェヒターさんがそれを遮る。
「リアム王……王の総意は兵の総意。アナタが国を想う心に、私達は応えたいのです。国の発展を願い、民に暮しを与え安寧を齎す。この時を待っていたのです……恩義に報いる、この日の為に」
「フェヒター……わかった。第二師団と第三師団が編隊を組み、デューネ帝国に囚われている住民、あらゆる者達の救出作戦を開始する。ケイアよ、師団長に付き従うなら同行を許そう。今度は、死ぬんじゃないぞ……」
俺は跪いて頭を下げ、ツバキとメニカも追随して同じ行動を取る。
そこで俺は、首を上げてリアム王にお願いを乞う。
「リアム王、少しだけ時間をください。二日間だけ、お願いします……」
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