第20話 転生の儀



 男はゆっくりモンスターに近付き、構えもせずに歩き出す。だが、その佇まいから全く隙を感じない。


 モンスターはぶつかった岩から立ち上がり、先程と同じように一気に距離を詰めようとする。


 男の目の前まで迫り、モンスターは掴み掛ろうとする。


 だが、男は未だに静かに歩き続ける。俺はやられると思い、一瞬身構えるとモンスターは何かに攻撃を受けているのか、徐々に後退して行く。


 よく見ると、男の右腕が


 あまりに速すぎて、肉眼では捉えられない。高速で撃たれた拳の為、巨漢のモンスターにも拘らず、宙に浮き始める。




「……」


『ウゥッ、ガッ……!?』




 モンスターは必死に体を動かしているが、浮いている為に身動きが出来ないまま足掻いている。


 そして男は、そのモンスターを吹き飛ばして怪物が吹き飛んだ下に男は走り出す。あれだけの速さで吹き飛んだモンスターに追い付き、飛び蹴りをお見舞いする。




空円脚くうえんきゃくっ! でええええいっ!!」


『アァ……?!』




 空中で円を描くよう水平に蹴り、モンスターの腰がグニャリと曲がった。木々が壁となり、どんどん大木が折れていく。


 強すぎる、その一言に尽きる。


 人間の限界を超えるような速さ、瞬発力、体の柔軟性。本当に人間かどうか疑いたくなる程、その人物から目が離せなかった。


 そんな眼差しを向けていると、あの怪物が再び起き上がろうとしている。


 本当に体が金属で出来ているのか、腰が大きく折れ曲がり、バランスが取れなくなっている。


 そんなモンスターに、男は再び歩きながら近づく。決着はついているように見えるが、バランスが取れずに藻掻いているモンスターの腹に右手を当てて力を籠める。




「……火背拳かはいけんっ!」




 それと同時に右足を前に踏み込み、地面にめり込む。手を添えた部分は何も起こらず、代わりにモンスターの背中から長い火柱が立った。


 それが全身に回ったのか、怪物の周りに炎が渦を巻き始める。


 モンスターはそのまま動かなくなり、倒れると灰のように消えていった。俺は言葉を失い、終始男の姿を追っていた。


 そして赤髪の男は、俺の方に近付いて優しい声色で尋ねる。




「怪我はないか?」


「だ、大丈夫です……。あの、ありがとうございます。それで、名前を窺ってもよろしいですか?」


「ホムラ・エンジュ。お前達は……冒険者か。最近、オリバー近郊で見た事のないモンスターを目にする事が増えた。この場を通る時は、警戒して進んだ方がいい」


「ホムラさんは、何故こんな森の中に?」


「俺はこの森の小屋で一人で暮らしている。六十年以上にもなるか……長く暮らしていると、時間を忘れる」


「あの……ホムラさんって、何歳ですか?」


「七十を超えたくらいだろう。正確な年数は、忘れたが……」


「人間の方であってます……?」


「人間だが、何かおかしいか?」




 最初見た時は、四十代だと思っていた。


 それが聞いてみると、七十を超えているから驚きだ。尚且つ、あの身のこなし。普通の人間では有り得ない。


 そんな失礼な事を考えていると、ホムラさんが突然、俺の動きについて話しだした。




「お前は誰に鍛錬を受けている?」


「えぇと……オリバー皇国の、デュラハンの教官です」


「フェヒターの部下か……。アイツも、立派になったな」


「お知合いですか?」


「昔、頼みこまれて稽古を付けた事がある。今や立派に、何万の兵を従える団長になっているとは聞く。それに、お前の身のこなしを見ていれば上手くそれが伝わってくる」




 感慨に耽っているのか、ホムラさんは木漏れ日から遠い空を眺めている。まさか、フェヒターさんがホムラさんの稽古をつけてもらっていたとは驚きだ。


 それを聞いて、俺はある事が沸々と湧き上がってくる。


 


 この人の下で修業すれば、もっとたくさんの命を守れる。そう確信した俺は、何も考えずに弟子入りを申し出る。




「あの、ホムラさん……修行をつけてもらう事って可能でしょうか?」


「それは、弟子になりたいという意味か?」


「はい!」


「何故、弟子入りを願う?」


「俺には……守りたい仲間が居るからです。一人も、欠けさせない為に……」


「……そこのオーガとオートマトンか。俺が弟子を取るのは、何年振りだろうな……」




 その口振りから、ホムラさんは弟子入りを認めてくれた。そのままホムラさんは背中を向け、森に歩き出して行く。


 俺はその後を追い、ゆっくり付いて行く。


 暫く無言のまま歩き続け、遠目に木造で出来た小屋が現れる。小屋に辿り着くと、ホムラさんは俺に向き直り、もう一度説く。




「俺の修行は、火水の如く辛く険しい道のり。若しくは死ぬことさえあり得るかもしれない。最初に付いて来られなければ、容赦なく置いて行く。それを聞いても、まだ俺の弟子になるか?」


「……はい!」


「では、明日の朝にここに来い。鍛錬はそれから始める。今日はゆっくり休むといい」


「わかりました!」




 約束を取り付け、明朝から鍛錬スタートだ。


 取り敢えず今は、討伐依頼のあった報告をする為に居保統を目指す。そして帰りの道中、ツバキにある事を聞かれる。




『なぁ、ケイア。もしかして、アタシらも修行に付き合えとか言わないよな……』


「ツバキ達はそのまま、ハルスさん達と稽古してくるといいよ。暫くは、そっちの練習には行けそうにないし」


『ソチラニ行カレルノデアレバ、私ハマスターニ同行シマス。私ハ彼ヲ、信用シテイル訳デハ無イノデ』


「悪い人では無いと思うけど、メニカがそうしたいならいいよ」


『気を付けろよ、ケイア。死にそうになったら、いつでも帰って来い』




 俺はツバキの問いに、頷きながら応える。


 話しながら向かい、あっと言う間に居保統に到着してキュクロープの討伐成功と、新たに出現したモンスターについて共有する。


 そして、今更ながらこれまでの一件でようやくランクが上がる。青金あおがねから赤金あかがねのアクセサリーと移り変わり、ようやく仕事に見合った評価をしてもらえた。



 俺は涙しながら感涙していると、受付のワーキャットさんは引いていた。それを尻目に、俺達は三姉妹の宿にいつものようにお世話になり、夜を過ごす。


 

























 久しぶりに夢を見た。


 俺とツバキとメニカ、三人で何かを見上げている夢。それは重厚で銀色の鎧兜とマントを纏い、太陽に照らされた両刃の剣を持つ謎の人物。


 その鎧から放たれる威圧感に、不思議と怖いと言う感情は無かった。


 何故か、という感情だけが残る。


 高い所から俺達を見下ろすその姿は、今はかっこよく映っていた。その鎧を着た人物は、高笑いをしながらシェーデルやキュクロープ、見た事のないモンスターに斬りかかっている。



 そんな夢を眺め、徐々に視界が白くなり始める。



























 朝を迎え、今日見た夢を朧気ながら思い返す。


 ただただ、変な夢。


 変な夢ではあるが、自分的には嫌な夢ではない。悲しい感情も生まれなければ、怒りも湧いてこない。


 寧ろ、不思議な思いと面白い。この二つが、心の中に残っている。そんな事より、ホムラさんの下に急ぐ為に支度を済ませる。


 朝とはいえ、太陽はまだ登り切っていない。ツバキはまだ鼾をかきながら、ベッドに横たわっている。


 その姿に、俺はクスリと笑う。


 階段を下り、玄関を出るとメニカはいつものように見張りをしている。相変わらず、勤勉だ。




「おはよ、メニカ」


『オハヨウゴザイマス、マスター。天候ハ快晴ニヨリ、過ゴシヤスイ一日トナリマス。ソレデハ、行キマショウ』




 ホムラさんが住む森までメニカと向かい、軽く喋りながら歩く。日がまだ射さない為、森の中はまだ暗闇の中。


 足下に気を付けながら進み、昨日来た道を辿る。


 そして小屋が見え始め、ホムラさんはもう起きている。薪をくべ、火を熾しながら待っていた。


 何から始めるのかワクワクしながらホムラさんの前に起ち、返事を待っていると溜め池の水を持ってきて欲しいと言われた。


 断る理由も無い為、俺は渡された水桶を手に持って向かう。


 指示された場所に向かうと、綺麗な草木に覆われた溜め池が見える。徐々に明るくなってきていた為、透き通るような水質をしている。


 急いで汲み、ホムラさんの下へと向かう。


 水をホムラさんに手渡し、ヤカンに注ぎ入れるとお湯を沸かす。ある程度沸騰すると、お茶を取り出して俺に手渡す。




「少しでも体を温めておけ」




 茶碗を手に取り、チビチビと飲む。


 落ち着きと安らぎを感じながら、少しずつ堪能する。飲み終わると、ホムラさんは修業を始めると言い、俺も準備に入る。


 ホムラさん自身が会得している拳法の特徴を、事細かく教えてくれた。




「俺が教えるのは火の心と水の心。この相反する特性を調和させ、活かして拳に乗せる。これを火水拳かすいけんと呼ぶ」


「火水拳……」


「昨日見せた技も、火水拳の一つ。あのように炎を掌から出して見せたが、俺には魔力は無い」


「どうやって出してるんですか?」


「魔力は自然からのエネルギーにより発現するが、この技に関しては体から流れる生命を感じ取る事が最重要となる。最初は指先だけでも感じ取れれば、合格だ。こればかりは、感覚で捉えるしか方法はない。先ずは瞑想し、自分の鼓動を感じるところから始める」


「はい!」




 ホムラさんに連れられ、俺達は開けた場所に連れて行かれる。そこには、草花が生い茂る広場が現れた。


 丁度朝日が昇り始め、日差しに照らされた花が一層輝いてい見える。


 そこでホムラさんが胡坐をかいて座り、ゆっくりと呼吸する。それを見て、俺も例に倣って胡坐をかきながら静かに呼吸する。


 静かな時間が流れ、暫くの間は集中することは出来たが、時が経つにつれて周りの音が気になり始める。


 朝の陽気な時間に、多くの動物たちの泣き声が聞こえてくる度、顔が微かに動いてしまう。


 その度にホムラさんから、集中するように叱られる。




「五感を遮断しろ……感情を乱されるな」


「はいっ……」




 メニカも心配するように切り株に座りながら見守る。


 少しでもいい所を見せようと、今度は反応を示さぬように集中する。そうしている内に体の力が抜けて行き、余分なものが取り払われている感覚がある。


 すると、俺の体に動物が寄り始めて鳥が止まる。少し目を開けようとした時、一瞬で動物たちは居なくなっていく


 その様子を感じたのか、ホムラさんは目を閉じながら説明する。




「今の感覚を忘れるな。技を出す際に、今の呼吸が大事になる。一つの事に集中すれば、必ず会得できる」




 これを半日続け、多少の感覚は養えたとは思う。


 次に行く前に昼食の時間になった為、ご飯を食べる事になった。献立は野菜類が多く、白米に漬物に野菜のお浸しと味噌汁。


 どこか落ち着くラインナップになっている。


 俺が食べていると、ホムラさんが話しかけてくる。




「辛くはないか?」


「いいえ。寧ろ、早く覚えたくてウズウズしてます!」


「そうか……」




 何かを確認したホムラさんは、優しい声色に変わる。直ぐに表情は戻り、味噌汁を啜る。


 俺は食事を全て平らげ、お腹を擦る。質素な見た目だが、とても美味しかった。


 次の工程に移り、ホムラさんに暫く付いて行く。すると、自分の体より大きな大甕おおがめが置かれている。


 それも一つだけではなく、沢山その場に置かれている。


 ホムラさんはその大甕に近付き、手を添える。少し掌をくの字に曲げ、軽く押すような動作で大甕に当てる。


 そして大甕は手を添えた反対に穴が開き、容器から濁流のように水が溢れ出す。




「今はこのくらい出来れば上出来だ。壺の反対側に穴が開けば、最初の試練は合格となる」


「わかりました」


「瞑想した感覚を思い出しながら打てば、必ずできる」




 俺は早速、大甕に向かって構える。あの時、火背拳を放ったのと同じように壺に当てる。


 だが、自分の手に痛みが返ってくるばかり。何度か繰り返し、見よう見まねで実践するが、一向に穴が開かない。


 あぐねいていると、ホムラさんはこの技の難解な部分を説いた。




「空の壺なら威力も伝わりやすいが、水の抵抗でその力も弱まる。だが、この仕組みは人体とよく似ている。これをクリアできれば、生き物は内臓を損傷させて動きを止めることが出来る。中まで金属で出来た怪物には、効くかどうかわからんが」




 アンタこの前、それで倒してただろ。


 そんな心の声を大にして、嘆いた。それを聞いた後は、ひたすらに打ち込み続ける。それが何か月も続き、心が折れかける。


 それでもやり直し続け、瞑想で集中力を養う。


 そしてある時、大甕に向かって火背拳を放った。僅かだが、手に何かが伝わる感覚が分かる。


 そのままもう一度、火背拳を放つ。


 すると、大甕の中にある水が音を立てて揺れる。これは紛れもなく成功だ。その様子を見ていたメニカも、俺に拍手を送る。




『マスター、ヤリマシタネ。コレヲ体ニ覚え込マセレバ、キット完成シマス』


「ありがとう、メニカ。ずっと付き合ってくれて」



























 長い鍛錬の末、喜びを体で表現するマスター。


 私も、我が事のように嬉しく感じる。数か月も壺に手を打ち込み、痛みを堪えて諦めなかった。


 そしてその数日、遂に大甕に穴を穿つことが出来た。例え小さい穴だとしても、修行の成果が出ていた事。


 それを実感できたのか、マスターは私の下に来て手を握りながら喜んだ。




「メニカ! 見てた?! 割れたよ!!」


『ハイ、見テマシタ。頑張リマシタネ、マスター』




 マスターはホムラさんに報告する為に、小屋の方に駆けていった。その喜ぶ姿を見て、私自身も喜びに溢れて


 でも何故、心が温かくなる感覚があるのだろう。私はのはずなのに。


 私は疑問を抱きながら、マスターの帰りを待った。



























 俺はホムラさんを大甕の下に呼び出し、割れた部分を見せた。




「見て下さい! ホムラさん! 割れました!!」


「この数か月、よく頑張った。本当に……」




 ホムラさんは優しい眼差しを向けながら、俺の頭に手を置く。


 弟子として恥ずかしくない姿を見せることが出来て、俺は胸を撫で下ろす。次は練度を上げる為に、技を研ぎ澄ましていく。


 感覚を掴んだ後は簡単なもので、大甕に容易く穴を開ける事が可能となった。


 そしてホムラさんから、暫く休息するよう命令される。一日も休まずに体を動かしていた為、あちこち痛い事に気付く。


 ずっと集中していた事もあって、それに気付けていなかったのだと思う。


 今日は何をしようかと一人部屋で考える。ツバキは城での訓練に没頭し、メニカは相変わらず三姉妹の宿で待機。


 そんな中、部屋の扉がノックされる。


 誰かと思い、ドアを開けるとスザクさんがそこに立っている。




「スザクさん? ここに来るなんて珍しいですね。どうかしました?」


「いえ、あの……。オリバー城にお顔を見せられないので、どうしているのかと……」


「あぁ……。少し、とある人に修行をつけてもらっていたので」


「そ、そうなのですか……。でしたら、今はお暇なのでしょうか……?」


「ん? はい、そうですけど……」




 どこかスザクさんの様子がよそよそしく感じる。手を何回もグーやパーにしてみたり、手汗を拭くような動作を繰り返している。


 俺は取り敢えず、訪ねた理由を述べる。




「それで……俺に何か用ですか?」


「……あ、あの! ケイア殿っ!」


「は、はいっ……」


「せ、拙者と……逢引き! して頂けないでしょうか!!」




 突然のデート宣言に驚き、俺は声が出せなかった。


 そんな俺を見て、アワアワし始めるスザクさん。俺は直ぐに、暇だと言う旨を伝えてデートを承認する。


 すると、スザクさんは嬉しそうに手で口を隠し、その場で地団駄を踏む。言ってくれれば、いつでも大丈夫なのに。




「で、では! 早速街に出かけましょう!」




 スザクさんは余程嬉しいのか、先に玄関の方に走り出して行った。俺も後を追うように外に出て、一緒に出掛けようとする。


 だが、そこでメニカに止められて何処に行くのか聞かれる。




『マスター。何処カニ行カレルノデアレバ、私モ同行シマス』


「大丈夫、今回はスザクさんと出掛けるから」


「そ、そうです! 拙者はケイア殿と二人きりで出かけてきますので、心配は無用です」


『マスターガ仰ルノデアレバ、私ハコノママ待機シテイマス。ドウゾ、楽シンデキテ下サイ』




 メニカに見送られながら街を二人で散策する。


 今まで、ゆっくりオリバー皇国を見て回る事はしてこなかったと改めて実感する。最初の頃、フェヒターさんからの事を思い出した。


 まだ行った事が無い為、俺はスザクさんに道案内をお願いする。だが、スザクさんは良い顔をせず、嫌そうに答えた。




「いいですけど……折角の逢引きで、避難自治区ですか……?」


「分かってるんですけど、そこをなんとか! まだ、行った事が無いんで」


「はぁ……わかりました。ですが、見てもあまり面白い物じゃないですよ?」




 そう言われながら、俺はスザクさんの後を付いて行く。


 この国の構造として、スザクさんから説明される。国の区画は四分割されており、一番上にオリバー城。右上に居住区、右下から門の中央にかけてが商業区があり、居保統と教会もそこに存在する。



 左上に国の資源である、農業区。そしてその左下に避難民自治区が区分されている。


 俺が泊まっている宿からそう遠くない為、避難自治区には直ぐ辿り着いた。


 そこは、簡易的な建物が並んでいる。建物との間隔は均一に決められ、そこでは種族関係なく子供たちが遊びまわっている。




「避難自治区は、少し居住区と比べると簡易的な造りをしていますが、雨風を防げて寒さは凌げると思います。食料も国から支給されるようになっていますが、住民からの不満を買わないように一緒に畑を耕作して、そこから自立し、他で暮らす種族もいれば、ここでの生活を気に入って住む方もいます」




 スザクさんから説明を受け、少し安心した。避難自治区という名前の為、もっと劣悪な環境を想像していた。だが、その反対で大人も子供も普通の暮らしが出来ている。



 一安心した後、避難自治区を出て今度は何処に行こうかという話になった。俺がふと衣服に触れた時、硬いものが手に当たる。


 ポケットからそれを取り出し、すっかり忘れていた。


 メタルヴェルクから褒章として貰った、金に輝く鉱石。それを興味あり気に、スザクさんが覗き込む。




「ケイア殿、これは……?」


「褒章として貰った物なんですけど、これが俺を守ってくれたんです。これが無かったら、俺は今頃……母さんやイアみたいになってました」




 その話をすると、スザクさんは悲しい表情を浮かべる。俺も気まずくなった為、別の話題に切り替える。




「この鉱石、どうしたらいいですかね?」


「鍛冶屋のベーアさんに加工してもらうのはどうでしょう? きっと強力な武器になると思いますよ」




 言われた通り、俺達はベーアさんの鍛冶屋に急ぐ。


 久しぶりの訪問の為、少し緊張しながら入店する。そこには、眼鏡をかけて武器の損傷具合をチェックしているベーアさんの姿があった。


 俺達が挨拶すると、そこで気付いたらしく元気な声で応える。




「いらっしゃいませ! ……アンタは確か、ヴィリーさんとこの……。それともう一人は……スザクさんか! 第二師団長さんが、こんな所まで。いつもの刀研ぎですか?」


「いいえ。少しベーアさんに、見てもらいたいものがケイア殿から」




 俺はベーアさんの下に、メタルヴェルクで貰った鉱石を見せる。ベーアさんは虫眼鏡のレンズに切り替え、瞳をクリクリ動かしている。


 ある程度観察してベーアさんが向き直る。




「これ、アタシの故郷で採れる稀少鉱石だね」


「はい。これを、アナタのお父様から頂きました。それで質問なんですけど、この鉱石に身を護る効果とかあるんですかね?」


「そんなの聞いた事ないけど、アタシが目にした鉱石と少し違うようだけどね。もっとくすんだ金色で、こんな明度が高いのは初めて見たね」




 俺が貰ったのは特別良いものだという事なのか、ベーアさんはそう説明する。もう少し調べたいとベーアさんから言われ、その鉱石を預ける事になった。


 ベーアさんに鉱石を預けた後、スザクさんはある場所がお気に入りだと言い、そこを案内される。


 商業区に街を一望できる塔があると言われ、一緒に見て欲しいと言われた。


 目的地に辿り着くと、木造の優しい色をした高い塔が聳え立っている。中には何もなく、ただ螺旋階段があるのみ。


 それをゆっくり上がり、頂上へと到達する。心地いい風が吹き抜け、街並みが綺麗に並んでいる。


 俺もこの光景を見て、確かに気に入るのも分かる。


 そんな風に思いながら、俺はスザクさんの横顔を見る。長く結った髪が風に棚引く。その姿に、不覚にも綺麗だと感じて鼓動が少し早くなる。


 そんな彼女は、ゆっくりと口を開く。




「拙者はよく、落ち込んだ時や何かを決意表明する時によく登ります。落ち着くんです、この街の景観が。この平穏なひと時がいつまでも続くように……がいつでも帰ってこられるように、守りたいと思えるこの国が」




 俺はそこで、ふとあの時の事を思い出す。ハルトさんに言われていた、


 スザクさんの事はよく知らないが、妹が居た事に驚く。


 戸惑ったが、俺は踏み込んでその話を切りこんでみる。




「スザクさん、あの……ハルトさんが言ってた妹さんって?」


「……拙者の妹は七つ違いの、可愛い妹です」



























 拙者の家族は父上、母上と妹のタスキ・クワミズの四人で暮らしていた。何処にでもいるような家族構成、そんな一般的な家庭に異分子が居る。


 それが父親である、シュウ・クワミズ。


 拙者たちを脅かす、危険因子。


 母上は常に奴の虐待を受け、拙者はその男から稽古と表した蹂躙。男は剣術の達人である為、右に出る者は居ない程だった。


 やりたくもない剣術に付き合わされ、奴のストレスの捌け口となっていた。気に入らなければ、実の娘が傷だらけになろうと、口が裂けて血だらけになろうと関係ない。



 そんな娘を見兼ねて、母上は庇う。それが気に入らない男は、顔を床に叩き付けて母上を犯す。


 強くなかった拙者は、どうする事も出来なかった。後に妹が生まれ、その幼子が毒牙に晒される事もあった。


 それを危惧した拙者は、男の技を盗んで剣術を磨く事にした。顔に青黒い痣が出来ても、指の骨が折れても。何度も奴の木刀に食らいついた。


 それから数年が経ち、度重なる虐待により母上は帰らぬ人となった。


 食べる物も無くなり、衰弱していく姉妹二人。それによる捌け口を探す男は、実の娘までに手を掛けようとする。


 恐怖に駆られた拙者は、今まで男に叩き込まれた剣術を駆使して体の貞操を守る。


 だが、大の大人には敵わず、地面に倒れ込んだ。今にも覆い被さろうとした男に、拙者は木刀を反射的に突き立てる。


 それが男の喉を突き破り、赤黒い液体が地面に広がる。


 男は自らの血で溺れ、ゴポゴポと音を立てて


 それから拙者たち姉妹は、当てもなく森を彷徨いながら別の町を目指していた。そんな時、夜の深い森に入って行くとゴブリンの群れと出くわす。


 拙者たちは武器を持たずに逃げた為、戦う手段がない。その場から必死に逃げ、兎に角、山から下りる事だけを考えた。


 疲れもあったのか、タスキの脚に疲れが見え始めて転んでしまう。拙者は恐怖に駆られながらも、妹を守るために木の棒を手に持ち、戦った。


 何匹か倒す事は出来たが、疲弊しきった上に群れの数は減る事は無い。敵の数が少ない間を搔い潜って、再びタスキの手を握り走り出す。


 走り出したはいいものの、妹は木の根に足を取られて盛大に転んでしまう。


 もう、流石にダメだと思った時に遠くからが聞こえてくる。松明の明かりも見えた為、助かると心の中で叫んだ。


 馬車が到着し、中から男達が飛び降りてくる。


 その勢いのまま、男達はゴブリンを持っていた剣や弓で倒していく。ゴブリンは分が悪いと判断したのか、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


 そこで拙者は、男達に助けを求めた。


 だが、男達は何も言わずに拙者たちを馬車に無理やり乗せようとする。拙者は必死に抵抗し、男の手を引き剥がした。


 すぐに妹の下に駆け寄ろうとすると、タスキは既に馬車に連れ込まれている。タスキのお姉ちゃんという言葉だけが森の中で木霊し、連れて行かれてしまった。


 拙者はその馬車を追い掛けたが、それも叶わずに妹を乗せた馬車は小さくなっていく。



























「これが、拙者たちの家族の話。そして、拙者が妹を探す理由です。恐らくあの馬車は、デューネ帝国の奴隷商によるものだと今は思います。この目で妹の姿を見るまでは、拙者は探し続けます」




 スザクさんの過去を聞き、心が強く締め付けられた。何か言葉を掛けたいが、いい言葉が見つからない。


 俺が言い澱んでいると、スザクさんは続けて話しだす。




「それに、拙者はケイア殿に深く感謝しているのです」


「俺に、ですか……?」


「あの時、バッフ村で身を挺して守ってくださいました。人間不信で、男にも近寄りたくなかった拙者に……。初めて……好きになりました、男性というアナタを」


「……」




 俺が困惑していると、教会の鐘の音が響く。真っ直ぐ、スザクさんは俺の瞳を覗き込む。


 俺は気恥ずかしくなり、目線を逸らす。


 そんな俺を見て可笑しかったのか、スザクさんはクスリと笑う。歯痒い場面に、俺は頭を掻きながら誤魔化す。


 そして突然、塔の螺旋階段を駆け上がる音が聞こえる。足音の正体は、オリバー皇国の斥候だった。




「各師団長に二つご報告が……」


「何だ」


「たった今、偵察部隊からの報告でデューネ帝国が伏魔十二妖星により、陥落したとの情報が入りました」


「デューネ帝国が……陥落?」


「二つは転生の儀が執り行われ、成功したとの情報です。ですが、それに少し異変が生じたようです」





 

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