第19話 修行の末に赤髪の男
ハルスさんとの模擬戦となり、俺達はお互いに距離を取り、訓練兵の合図を待つ。
俺は拳を構え、臨戦態勢で構えるとハルスさんは確認の為に聞いてくる。
『貴様は素手での戦闘をするようだな。こちらは迷わず、大剣を使わせてもらうぞ!』
「えっ!? 明らかに不利なんじゃ――」
『バカか貴様はっ! 戦場にルールなど存在せんっ! 貴様が隙を見せた時、相手は待ってくれるのか? そんな甘えた脳みそでは、誰も守る事など出来んぞっ!!」
「――っ!」
ハルスさんから言われた言葉で、俺はまた再認識する。仲間が増えた事で、守る者も多くなる。
弱音ばかり吐いても、何も始まらない。
俺が戦う相手は、そんな甘い敵じゃない。俺はもう一度、拳に力を入れてハルスさんを見据える。
『ふん……いい眼だ。では、準備はいいかっ!!』
「はい! ハルスさん!!」
『教官と呼べっ! クソったれどもっ、コインを投げろ!!』
ハルスさんが訓練兵に合図を送り、コインが弾かれて高く宙を舞う。
コインが下に落ちるまで、俺は拳と脚に魔力を溜める。その場は静まり返り、その瞬間だけ音が遮断されたようだった。
そしてコインが地面に落ち、金属音が響き渡る。俺は素早く動いて、相手を撹乱しようとハルスさん目掛けて駆け出す。
だが、一歩目を踏み出した時、ハルスさんは自身の体内から出した霧に隠れてしまった。
辺りは白い濃霧に覆われ、周りに居た訓練兵も見えない。当然、ハルスさんの姿も見えない。
そして反響するように、ハルスさんの声が響いてくる。
『魔力があるにも関わらず、霧のタネも明かせないとは。宝の持ち腐れだな』
どの方向からも聞こえるその声は、幻覚の作用もあるのではと錯覚する。どんどん焦る俺は、兎に角、音を頼りに戦うしかない。
感覚を研ぎ澄ませ、微音も逃さぬように。
そして後ろから風切り音が聞こえ、風圧が押し寄せてくる。頭に迫る気配を察知し、俺はその場でしゃがみ込む。
何とか避ける事が出来、俺は数歩離れてハルスさんに向き直る。
ハルスさんの体勢が前のめりだった為、本気であの大剣を振り抜いた事が分かる。
間違いなく、避けられなかったら死んでいた。避けられなかったら、どうするつもりだったんだ。
『ほぅ……役立たずなりにも考える脳みそがあるようだな』
「殺す気ですか!? 模擬戦で教えてくれるんじゃないんですか?!」
『話を聞いていたのかっ! 今回の模擬戦では貴様のクセを知る事だ! 弱音を吐く余裕があるなら、先ず貴様は死なない事だけを考えろ!!』
ハルスさんは大剣を後ろに構え、鎧を鳴らしながら走り出してくる。
明らかに重量のある甲冑にも拘らず、目の前まで距離が迫ってくる。ハルスさんは大剣を水平に斬り込み、先程よりも振るう速度が遅い。
俺はそれを利用して懐に飛び込み、魔力を付与した拳で叩き込む。
だが、潜り込む直前にハルスさんの手が俺の前に翳されている。それに気付いた俺は、直ぐに回避行動に移ろうとしたが遅かった。
『ダークネス・ミラージュ』
「がっ……!?」
頭に手が添えられただけなのに、視界がグルグル回る。周りがボヤケ、物がいくつも点在して見える。
動けない俺を、ハルスさんは俺の胸ぐらを掴んでくる。足元が地面と離れ、高く持ち上げらていく。
そのまま力尽くで地面に放り投げられ、全身傷だらけになる。その姿を見ていたツバキは、俺の身を案じて声を荒らげる。
『ケイアッ!?』
俺の頭はまだグラグラしているような感覚に襲われているが、ツバキのお陰で何とか立ち上がる事が出来た。
ツバキの方を見ると、明らかにハルスさんを睨んでいる。
それを見たハルスさんは、ツバキに言い放つ。
『使い魔が強いだけでは、必ずどこかで自分を過信し、驕り始める。少年を弱者に駆り立てているのが、自分である事に気付くのだな……オーガ』
『それを守るのが使い魔の役目だろっ……アタシが強くなれば済む話だ』
『詭弁……論ずるに値しない答えだ。それがどこまで人を堕落させる? 自覚もせずに言葉に甘え、自分で納得すればそれでいい』
『くっ、うるせぇ……』
二人が会話をしている隙に、俺はフラフラになりながらもハルスさんの背後に拳を入れる。
それを見越していたのか、その拳はハルスさんには当たらない。
『敵の不意を突きたければ、音を消せ! いつまでもそのヨチヨチ歩きでは、殺されるのは貴様だぞっ!』
俺は千鳥足になりながら脚に力を入れる。
少しでも混乱状態が治るように、自分に回復魔法を施す。そのお陰か、幾分かまともになる。
俺が頭を振る動作をすると、ハルスさんが自分のクセについて解説する。
『貴様は自分のリーチを埋める為に、敵の懐に入ろうとする。その戦略に間違いはない。だが、目眩ましも無しに特攻すれば、知恵の付いた筋肉ダルマに掴まれれば……貴様は頭を鷲掴みにされた時点で死んでいる』
そう言われてみれば、いつも戦いの中で飛び込んで行くクセがある。
キュクロープと戦う際も、牽制もせずにリーチを埋める為に突撃する事の方が多い。以前、メニカと戦ったときも同様に。
それを念頭に入れ、どうやって怯ませてからパンチを繰り出すか考える。
『戦闘での初歩的なスキルは教えるが、どう相手を戦闘不能に持ち込めるかは自分で考えろ! この戦場を使い、答えを導き出せ!!』
ハルスさんに言われた通り思考するが、この場に身を隠す物も無ければ、ただの砂が広がるのみ。
それを考えた時、俺はある事に気付く。
魔力を脚に重点的に集め、速さで撹乱しようと作戦を立てる。
俺は姿勢を低く保ち、脚に魔力を集中させる。そして、ジグザグに駆け抜けて大剣の攻撃が定まらないように動く。
『趣向を変えて突っ込むだけでは、何も変わらんぞっ!!』
大剣を水平に構え、俺は迷わず突進する。
そして俺は、魔力を脚に重点を置きすぎたのか、かなり接近した状態で体勢を崩す。
『距離を詰めるのに注視しすぎたな! 次を考慮できん奴に、勝利は無いぞ!!』
掛かった。
俺は最初から、動きで撹乱するつもりはなかった。ワザと転べば、相手の不意を突けると考えたからだ。
案の定、ハルスさんの大剣は軌道を変えて上段に切り替わる。ハルスさんの体が大きく開き、上部がガラ空きとなる。
それを見逃さず、俺は腹に拳を叩き込む。
「くらえっ!!」
『……』
そこそこのダメージを与えられたと思ったが、ハルスさんは呻き声を上げることはない。
当然、俺が腕への魔力を込めるのが甘かったからだ。次に攻撃がくると身構えていたが、ハルスさんは俺の頭に手を添える。
『弱者だと侮り、こんな猫騙しに引っ掛かるとは……このハルス、まだまだ鍛錬が足らんな』
「え……?」
『明日もここに来ると良い。自分の身も守れるように、いつでも稽古をつけてやる。今日の所は終わりにしよう』
「あ、ありがとうございます!」
俺はその場でお辞儀をし、何か認められたような気がした。
ハルスさんは、ついでといった感じで振り向き、ツバキとメニカに声を掛ける。
『そこのオーガも稽古をつけてやる。貴様も少年を一層、守りたいのであればな。そこのオートマトンは……不要か』
そこから数ヶ月、ハルスさんとの修行の日々か始まる。
モンスターと対面した際の体術、魔力放出と消費の抑え方。
それに付随して、回復魔法の強化も行った。助けたい、守りたいという事ばかりではなく、自分が倒れては意味がない。
その部分を教わり、着実に強くなっている事を沸々と感じる。
そしてツバキも、接近戦が得意な事もあって兵士の人達と訓練して色々ありながら、切磋琢磨して力を付けていった。
メニカは、そもそも戦闘方法が異なる為、教わることが無い。それでも仲間と付き合いながら、相手のダメージ指数を測って協力していた。
その合間に、自分の実力を試す為に討伐依頼を熟しながらお金を稼いでいる。
ハルスさんの修行から半年が経過し、その合間を縫って依頼を熟していたある日。
いつものようにオリバー皇国の周辺で、未確認のモンスター討伐の依頼をしていた。
受付のワーキャットさんが言うには、目の無いサイクロプスの目撃情報が入ったこと。
つまり、キュクロープだ。
キュクロープが出没したことで、オリバー皇国に入国する商人を無差別に襲撃されている事が問題となっている。
この問題を解決する為に、ツバキとメニカも同行して討伐に向かっていた。
その道中、ツバキは親しくなった兵士の間で、伏魔十二妖星の動向について気になる事を話す。
『組手してるリザードマンに聞いたんだけど、十二妖星の動きがどうも鈍いらしいんだ。偵察兵によれば、アップグルントに何度も出入りしてるらしいぞ』
オリバー皇国から西にあるアップグルントとは、あらゆる生物が寄り付かない死の土地。何故そのような土地になったのか、その根拠は分からないが、意図的に作物を植えても実がならず枯れる。
雨が降ろうと土壌を悪化させ、沼のような状態に変化させる。
その為、アンデットと言ったモンスターが多く存在し、よっぽどの理由が無ければ誰も近寄らない場所。
加えてツバキは、デューネ帝国についても思う所があるらしい。
『あと、転生者を召喚しようとしてる国も、何か半年前から動きがないらしいんだ。おかしくないか?』
デューネ帝国が伏魔十二妖星による、妨害行為を受けているのなら召喚に時間が掛かっているなら分かる。
俺達が住んでいる、オリバー皇国と同じように結界を破るのに手こずっている可能性は十分あり得る。
だが、その半年を経過しても動きがみられないのはよく分からない。
兎に角、今はキュクロープが出没する道を目指し歩き続ける。暫く歩き続け、目撃情報があった場所まで辿り着いた。
「恐らく、ここが商人が襲われる場所だと思うから、ツバキもメニカも十分気を付けて」
『おうっ! 進化して体を鍛えたアタシに、敵なんかいねえ!』
『了解デス、マスター。……左辺ニ熱源反応アリ。恐ラク、キュクロープニ間違イアリマセン』
メニカの言葉通り、林の奥から草木を掻き分けるような音が森に響く。ガサガサと音を立てて近付いてきたのは、気味の悪い笑顔を浮かべたキュクロープだ。
もっと多いと予測していたが、近付いてきたのは一体だけ。
他も隠れていると憶測を立てながら、ツバキとメニカに周りを警戒してもらいつつ、俺はハルスさんとの半年間の修行の成果を試す。
先ずは注意を逸らす為に、ダミーの魔法を出す。
「出てこい、俺のドール」
俺が召喚したのは、自分そっくりの分身。のっぺらぼうのように、顔には何もない状態。
ある程度自立して動いてくれる為、多少の時間稼ぎにも使える。だが、少しでも知恵のある敵であれば、本物と見分けられて自分が真っ先に攻撃される可能性はある。
それも試しで、キュクロープには理性や知性があるかどうかを見定める。
分身が攻撃し始めると、キュクロープも応戦し始める。やはり、奴には知性が無い事が分かる。
対峙した時も、動く標的しか狙わない為、本能で動いている。分身に気を取られている間に、俺は徐々に近づいて行く。
魔力を右手に溜め、キュクロープの腹部目掛けて叩き込む。
「おぅらぁぁ!」
一撃に籠めた拳は、キュクロープを貫き、波動のように敵の背中を突き抜けていく。そのままキュクロープは倒れ、起き上がる事は無かった。
以前までであれば、少し魔力を込めるだけで疲れていたが、今はそんな事は無い。
俺が倒している間にキュクロープが現れたらしく、ツバキとメニカが応戦している。やはり、周りを警戒していて正解だった。
今のキュクロープでは、進化したツバキの相手にもならないらしく、軽い蹴りで決着がつく。
メニカも相手の分析をしているのか、自身のパイルバンカーで粉々に粉砕する。
合計で五体ほど出現し、森からは草木を掻き分ける音は聞こえなくなった。俺は二人に手を振りながら声を掛ける。
「ツバキとメニカは終わった?」
『おう! ケイアも終わった――。ケイアっ! 後ろっ!?』
「へっ?」
ツバキが叫ぶと同時に、俺も咄嗟に後ろを振り返る。
そこには、金属で出来たような屈強な体がある。そこまでは人間そのものに見えるが、首より上は縦に割れた口がある。
その異様なまでに大きく、歯並びのいい光景に気持ち悪さが一層際立つ。
そいつは口を大きく開け、俺の頭に嚙みつこうとしている。咄嗟に体が動き、離れるように後ろに退避する。
カチン、という音と共に間一髪避ける事が出来た。あんなものに噛みつかれたらひとたまりもない。
俺は二人の下に駆け寄り、あの異様な怪物に向き直る。あの時、何故音も無く近づいて来れたのか不思議でならない。
威嚇しているのか、歯をカチンカチンと歯音を立てている。そのモンスターは歯音を立てながら、こちらに近付いてくる。
さっきは不意を突かれたが、俺はモンスター目掛けて走り出す。
今度は右脚に魔力を込め、その力を利用して距離を一気に縮める。その飛んだ勢いで、右脚を回転させながら蹴り込む。
「でええいっ!」
蹴りは腹部に命中し、確実にダメージは与えられた。だが、そのモンスターは効いていないのかピクリとも動かない。
寧ろ、首をこちらに動かして見下ろしているような仕草を見せる。
その動作と攻撃が効いていない事に俺は驚き、体が一瞬動かなかった。そして、モンスターは腕を振り上げて殴るような仕草を見せる。
俺は必死に体を動かし、何とかその場を離れることが出来た。
「何だ、あのモンスター……」
明らかに自然界で出来た体ではない。
金属のように見えた体は、本当に岩か何かに蹴った感触があった。しかも、あの異様な頭。あれはこの世のものでは無いと、ハッキリわかる。
頭が口だけというのは、何処で相手を認識しているのか分からない。
色々、頭の中で考えていると、ツバキが三人で協力して戦おうと申し出る。
『もしかしたら、キュクロープだけじゃなくて……コイツにも商人たちはやられたんじゃないか?』
「かもしれない……。でも、見た目に反して単純な攻撃しかしてこないから、そこまで難しい相手じゃないと思う。いつも通り戦えば、勝てない相手じゃ――」
そう話している最中、そのモンスターは一瞬で距離を詰めてくる。そして、ツバキの方を目掛けて噛みついてくる。
ツバキを押し退けようとするが、巨体の彼女を動かすにはとてもじゃないが無理だった。
ツバキも相手が近づいている事に気付いておらず、このままで嚙み殺されてしまう。
この時、俺は思った。だからあの時、近付いてくる事に気付けなかったのだ。
もうツバキの首に寸前まで近付き、また大事な人を失うと、思い始めた。
その時、俺の耳元を何かが通った。
あまりの速さに目が追いつけず、横を見るとモンスターは吹き飛んでいる。そして後ろから、砂利を擦る音が聞こえる。
そこには、四十代ほどの赤髪の男性が立っている。変わった服を着こなし、一般の男性より少し髪が長い。オリバー皇国では見た事が無い。
その男性はモンスターに近付いて行き、通った声で呟く。
「俺がやる」
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