第18話 バッフ村の御礼
また夢を見た。
砂漠の大地に佇む一匹の一角獣だった。その生き物には見覚えがある。
メタルヴェルクの鉱山の研究施設で出会ったキメラだ。身体の大体は一角獣で、背中には龍の羽と山羊の頭。尻尾には細長い蛇が蠢いている。
俺はそれを遠目で眺めていた。
そしてキメラは上空を見上げ、轟くように嘶く。その姿を見て俺は、興奮が治まらなかった。
白い毛並みが太陽に輝き、山羊の頭も蛇の頭も呼応するように天高く、空気と大地が揺れているように感じた。
俺は呆然と見つめ、徐々に暗闇に包まれていく。
そして俺は目が覚め、次の朝を迎えた。俺がゆっくり目を開けると、ツバキは先に起きている。
俺が目を覚ましたことで、ツバキは朝日に照らされながら微笑みを投げかけてきた。慈愛に満ちた聖母のような顔で。
『おはよ、ケイア』
「おはよう」
挨拶を交わすと、ドアがノックされてワーさんが朝食の準備が出来た事を告げる。付け加えるように、ワーさんは急いで降りてきて欲しいと急かされる。
俺達は支度を済ませ、下の階へと降りていく。階段を下りていくと、早朝にもかかわらず沢山の声が響いている。
よく見ると、そこにはラミア族が玄関前で佇んでいる。
下に降り、ワーさんは俺に耳打ちしながら事情を話す。
『何でも、ケイアさんに御礼がしたいとの事で来られたそうです』
「俺にですか……?」
そして、女性のラミアが前に出ると、どこか見覚えのある顔だと気付く。それは以前、バッフ村が襲われていると居保統の受付に懇願していた女性だ。
彼女は両手にラミア族の特産品である蛇皮を用いた装飾品を抱えていた。
『私、バッフ村のアミといいます。あの……ケイアさん、私達の村を救って頂きありがとうございます。憶えているか分かりませんが、あの時、受付で飛び込んできたラミア族の者です。ここへは、受付のワーキャットさんにお聞しました』
「えぇ、憶えていますよ。その後、村はどうですか?」
『はい、アナタが村のラミアに回復を施してくれたお陰で私達の村は救われました。これはほんの御礼です、どうぞお納めください』
渡された二つの品は、ラミア族が脱皮をした薄皮の服飾。もう一つは、彼女と同じ色をした紅い一欠けらの鱗。首飾りになっており、光に翳すと宝石のような輝きを放っている。
手渡された後、彼女は二品の説明をしてくれた。
『私達の皮は緩衝材としても優秀で、摩擦が少ない商品となっている為、相手の攻撃に対してある程度防ぐ事は出来ると思います。も、もう一つの方は……私の鱗をお渡ししました……。バッフ村の川の水で磨いているので、くすんだ色では無いと思うのですが……』
「とっても綺麗な色です! 一番気に入りました!」
『ほ、本当ですか!? ありがとうございます……』
彼女は指をくねらせながら、尻尾が大きく動いている。喜ぶと感情が体に出るタイプなのか。
そんな事を想いながら考えていると、後ろの男性のラミアが口を挟む。
『兄さん、俺達ラミア族は想い人に自分の鱗を渡す習慣があるんだ。縁起のいい代物なんだが、コイツ……アンタに惚れて――』
『や、やめてください!? ケイアさんにご迷惑です……』
彼女はみるみる顔が赤くなり、手で自分の顔を隠してしまった。先程より激しく揺れる尻尾に俺は、不覚にも可愛いと思った。
時間は過ぎ、玄関先でラミア族は一礼をしてスザクさんにもよろしく伝えて欲しいと言う旨を告げ、一同は帰って行く。
俺は手渡された品物を眺めていると、後ろから頭を撫でられる。
後ろを向くと、ツバキが笑顔で答える。
『ケイアは全然弱くなんかない。失った奴はデカいが、救った命もある。ケイアは、立派な男だよ』
「ありがと……」
ツバキに励まされ、次の目標が出来た。
取り敢えず朝食を済ませ、今日の目的地に向かう。俺達は城に歩いて向かい、フェヒターさんに逢いに行く。
何も教えていない二人は何故、城に向かうのか分からない為、メニカが質問してくる。
『マスター、今日ノ予定ハドウナサルツモリデスカ? ソチラハオリバー城ノ方角デスガ』
「重要な任務から外された今、自分に何が足りないか。それを探しに行く」
『探しに行くって……誰かに会うのか?』
「そう」
ツバキ達は首を傾げながら、俺の後ろを歩く。
城に辿り着き、俺はフェヒターさんを探す。この場所も広い為、近くの近衛兵に聞いてみる。
その人が言うには、団長室で書類作成をしていると聞かされる。詳しく教えてもらうと、大広間を通り過ぎて団長室が各部屋存在する。
そこにフェヒターさんが居ると教えてもらい、城へと入っていく。大広間を抜け、目的の団長室であろう場所に辿り着く。
着いたのは良いが、三部屋ある為にどれがフェヒターさんの仕事部屋なのか分からない。
取り敢えず、一番手前が偉い人の部屋だと決め打ちし、入る。すぐ横でメニカが注意喚起をしてくれているのを無視して。
「フェヒターさん居ますか?」
『マスター、扉ニ表示サレテイルノガ各師団長ヲ表シテイル為、一番奥ガ――』
説明の途中で扉を全開に開ける。
日当たりのいい部屋の先に、明らかに違うシルエットが存在する。女性、しかも裸の状態。
「――っ!?」
「あぁ……ハルトさんの部屋でしたか」
「閉めろバカ者っ!!」
悲鳴とも取れる声で、ハルトさんは部屋の書物を投げ込み、俺の顔面に直撃する。俺は直ぐに扉を閉め、壁の向こうで謝罪をする。
「す、すみません!? 何も見てませんので……裸も見てません!!」
「外で大声で叫ぶなっ!!」
更に怒鳴られながら、その場を離れて一人で落ち込む。ツバキもメニカも呆れた表情で、こっちを見ている。
『何してんだお前……』
『フェヒター隊長ノ部屋ハ一番奥デス。マスター、種族問ワズニ人ノ話ハ最後マデ聞キマショウ』
「はい……」
二人に冷たい視線を向けられながら、フェヒターさんの居る扉をノックする。
返事が返ってきたのを確認し、俺達は中に入る。そこには山のような資料に埋もれながら、机上でペンを走らせているフェヒターさんが居た。
フェヒターさんは微笑みながら迎え入れ、問いかけてくる。
「先程、ハルトが悲鳴を上げていたようですが、何かあったのですか?」
「いえ、あの……部屋を間違えまして……」
その旨を伝えると、成る程と言ったように眉を顰める。
そして、フェヒターさんが俺に向き直ると、真剣な眼差しで俺を見据える。
「ケイア殿。気分の方は、大丈夫ですか?」
「……大丈夫ですけど?」
「そうですか……良かった」
フェヒターさんは、どういう意図で聞いたのか、よく分からないが何も無い事を伝える。
そのまま彼は立ち上がり、訪ねてきた理由を問う。
「それで、今日はどういったご要件でしょうか?」
「……強くなる為には、どうすればいいでしょうか」
「どうして、そう思ったのでしょうか……」
「守られるだけの存在に、なりたくないからです」
俺はその言葉を吐き出し、フェヒターさんを真っ直ぐ見つめる。
彼もそれに応えるように、俺の瞳を見つめる。数秒間、時間が流れ、フェヒターさんが口を開く。
「アナタはテイマーです。そこまでご自身を鍛えずとも、新たにモンスターを使役するのが利口だと思いますが」
「言っている事は分かります。でも、仲間が傷付くのはこれ以上見たくありません……」
「……そうですか」
先程まで、力んでいた表情が綻び、彼は優しく微笑んだ。そして、フェヒターさんは付いてくるように扉に誘導し、城の外に出る。
付いて行くと、城の後ろ側に歩いて行く。
徐々に進むと、様々な怒号が飛び交っているのが聞こえる。そこはとても開けた場所になっており、人間に亜人種と獣人種が武器を振るい、訓練をしている。
どの人達も真剣に打ち込み、少し呆気にとられた。
その光景を眺めていると、フェヒターさんは俺に声を掛ける。
「テイマーという職業に、肉体訓練は必要ないと言う方もいらっしゃいます。ですが、モンスターが死ぬ際に自分にその順番が回ってきます。そのような訓練も施さない未熟者に、果たして戦場に起つ資格があるのでしょうか」
「……」
「ケイア殿は、どんなテイマーになりたいのでしょうか?」
「自分の知る限り、人を救いたいです……。母さんやイア、ホテプのような犠牲を出さない為に」
「……分かりました。では、訓練をつける方をご紹介します。生憎、私は多忙な身の上、参観する事は叶いませんから。ハルス!」
フェヒターさんが叫んだ先を見ると、首の無い紅黒の鎧が居る。首の部分から緑色の炎が昇り、首無し剣士が持っている大剣はとても紅く輝いている。
その鎧はこちらに近付き、何処から声を発しているのか分からない程、声量がデカい。
『団長っ! 何でありましょうかっ!!』
「忙しいところすまない。ケイア殿、紹介します。この者は教官のハルス、デュラハンの剣士です」
「初めまして、ケイアです」
『よろしく少年っ!』
この至近距離でもデカい声で叫ばれる為、鼓膜が破れそうだ。それに察してくれたのか、フェヒターさんは声量を抑えるように促す。
そして、フェヒターさんがハルスさんに事情を話す。
「実は、ケイア殿に少し稽古をつけて欲しいのだが……」
『稽古というのは、具体的に剣術でありますか?』
「彼は剣での指南ではなく、モンスターに対しての抵抗力。つまり、異形種との体術訓練。アナタは、素手の戦闘が主ですよね」
問いかけられた俺はその場で頷き、早速訓練に混ぜてもらう事になった。先ずは、ハルスさんと練習風景を一緒に見学する事になった。
皆、種族の特性を活かし、相手を翻弄させて実戦を想定して訓練をしている。
そして、怠けている訓練兵に対してはハルスさんが罵声を浴びせ、緊張感を出している。
『貴様っ! 先駆けて戦場で死にたいのかっ! それとも……この居城に足を踏み入れぬよう、貴様の骨を砕いてもいいんだぞっ!!』
「すいません!?」
『すいません!?』
ハルスさんの喝が入り、訓練兵の人達は再び剣術の鍛錬に戻る。
正直、声の圧に圧倒されて言う事を聞かざるを得ない。これを見て、より一層マジメに訓練に臨むようにしよう。
眺めてから一時間が経過し、ハルスさんから申し出が下される。
『ある程度、要領は掴めただろう。先ずは貴様を知る為に、戦闘でのクセを見せてもらう。このハルスと、模擬戦を行う!』
「もうハルスさんと模擬戦ですか!?」
『当たり前だっ! 戦わねば、得るものも得られんだろうっ!!』
「やるしかないのか……」
他に訓練している兵隊さんに避けてもらい、俺とハルスさんは中央の広場で模擬戦を行う事となった。
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