第17話 命名



 オリバー皇国に戻った俺達は、リアム王に伏魔十二妖星によって交渉手段が断たれ、失敗した事を告げる。


 リアム王は玉座に深く座りながら、肩を落とす。このまま転生者を召喚する事になれば、国とのバランスが崩れ、我々の国境付近でに発展しかねない。


 オリバー皇国には師団規模の軍隊を配備できるとはいえ、転生者の力には敵わない。何故かと言えば、俺達の範疇を越える技を幾つ保有しているか分からないからだ。



 そのデューネ帝国が転生者を足掛かりに、他国への進軍を許し、伏魔十二妖星の板挟みとなればオリバー皇国は滅ぶ可能性は大いにある。


 その為、メタルヴェルクとシュネー王国との密な連携が必要になる。




「どうしたのものか……。二つの同盟国に書状を送らねばならんが、我が国と同じ状況なのであれば、下手には動けん。中立国のヴァッサーファルとバアムクライヒに要請をしても、色好い返事は……」




 リアム王は小さく呟きながら、頭を掻きまわす。


 それだけ重大な任務だったことに、俺は王に謝罪をする。




「すいません、リアム王……。俺がもっと上手く出来てれば……」


「ケイアのせいではない。議論の中で、軽率な発言を止められなかった我に非がある。君の仲間を失わせてしまった……すまない」




 リアム王は王冠を取り出し、頭を深く下げる。


 俺は直ぐにやめるように促すが、リアム王は暫く頭を上げなかった。そして、暫くリアム王を交えてヴィリーさんと師団長同士が今後の方針を決める話が成される。


 その中で、デューネ帝国の動向を最優先に探る事。


 もう一つは、伏魔十二妖星による被害拡大抑止と緻密な報告を綿密に行う。


 いつ何時、国に不可思議なモンスターが攻めてくるか分からない。相手の次の行動が読めないのが、一番国民の恐怖である。


 リアム王から会議の終わりを告げられ、俺達は謁見の間を後にする。その際、ヴィリーさんと師団長の面々が外まで見送ってくれた。




「ケイア殿……今回の件、本当に残念に思います。重い責務を押し付けたような形になってしまって……」


「国が手薄になるのは当然避けたいですから、フェヒターさんが謝る必要はありませんよ。それにホテプも、立派に……」




 俺はホテプが消えた姿を想像した時、勝手に涙が溢れてくる。その姿を見て、スザクさんは俺の背中を優しく擦ってくれた。


 すると、後ろから怒号が飛んでくる。


 振り返ると、あの時にデューネ帝国に向かうか、向かわないかという議論の中で鋭い目付きで睨んできたさんだ。




「情けない男だな。本当にスザクを救った男なのか? まるで子供だな……親の顔が見たいものだ」


「子供……」


「ハルト殿! いくらアナタでも、恩人に対してその態度は不敬です。それに、ケイア殿の家族は……」




 透かさずスザクさんが俺を庇い、彼女を睨み返す。それをお構いなしに、ハルトさんは続けて話し始める。




「親が早逝するのは、別に珍しい事ではない……この世の中で生きていく上ではな。スザクも理解している通り、我々も軍人として生を全うしている。どれだけ同胞が血を流し、戦場で散っているか……お前も理解できるだろ」


「拙者たちの戦友もそうですが、それ以上に血の繫がりというのはっ――」


「それはの話だろ。失ったもの同士、埋まらない溝を埋め合うのはやめろ。お前の探している妹は当の昔に死んでいる」


「ハルトッ! やめなさい……」


「……すいません、フェヒター隊長。それでは私は、護衛任務に戻ります」




 ハルトさんは俺の横を通り、真っ直ぐ歩いて行った。彼女が離れてからフェヒターさんは、素早く俺の前に立ち、頭を下げて謝罪をする。




「部下の無礼を許して下さい、ケイア殿。本来あの子も、あそこまで言う事は無いのですが……」


「いえ……」




 俺はハルトさんの気迫に気圧された為、返事を上手く返すことが出来なかった。子供だったから家族も守れず、ホテプもこの世を去った。そんな事が頭の中で巡り、罪悪感が募る。



 そして再び見送られながら、俺達は三姉妹の宿を目指す。

























「はぁ……どうしたものか……」




 ケイア君を見送った後、フェヒターは自分の額に手を翳しながら唸っていた。アタシは、彼が唸っている理由を茶化しながら聞く。




「どうしたの? 頭でも痛い?」


「違う……ケイア殿の事だ。気負い過ぎれば、自分に押し潰される。その経験のせいで、未熟な精神が培われていく……変な気を起こさなければいいが」


「その時は、ケイア君の仲間が何とかしてくれると思うけど」


「ヴィリー。すまないが、ケイア殿の事を頼まれてはくれないか?」




 いつも以上に真剣なフェヒターの顔を見て、アタシは引き受ける事にした。言われなくてもそのつもりだったが、彼に頼まれるのも馴れっこだ。




「言われなくても、そのつもり。フェヒタ~、これで貸し一つね」


「あぁ、どこかで返すさ」


「はぁ……面白くない返し。アンタのその真っ直ぐな所、嫌いじゃないけど。それじゃ、取り敢えず街でもブラブラしますか」




 アタシは歩き出しながら手を振り、ケイア君の様子を窺いながら今日は近くで寝泊まりする事にした。



























 宿に着いた俺達は、ツバキが食事がしたいと言い出した為、先に済ませる事にした。


 店内に入ると、ワーさんとグリさんとハウさんが出迎えてくれた。そして、体長ともに姿形も変わってしまったツバキを見て驚いている。




『わ~……ツバキさん、大きくなりましたね~』


『グリより、ずっと大きい』


『一日で何があったんだよ……』




 というようなやり取りを終え、食事が用意される。


 食事をしている最中、俺はあまり食欲が出ない。残すのも勿体ないと思ったが、食べ物が喉を通らない。


 そこでツバキが、自分の好きな肉を差し出してくれる。




『食べないと大きくならないぞ』


「でも食欲が――」


『明日、動けなくなるぞ?』




 ツバキはそう言いながら、俺の皿に肉を置く。これは彼女なりの気遣いだと思い、無理矢理に胃袋に詰めていった。


 食事を済ませてから暫くベッドで過ごし、ホテプの居ない夜を過ごしていた。そんな俺を気遣って、ツバキは頻りに声を掛けてくれる。




『なぁ、ケイア。寂しくないか? 今日くらい、一緒に寝るか?』


「ううん、大丈夫……ありがとう」


『そうか……。何かあったら、いつでも言えよ? あんなデカ女の事なんか気にすんな。それに、ホテプの事も……』


「うん……」




 その間もツバキは俺の事を気にし、何度も声を掛けてくれた。気を遣わせない為に、俺は一先ず外に出る事にする。


 すると、ツバキは優しい口調で尋ねてくる。




『出かけるのか? アタシも一緒に――』


「大丈夫だからっ! あっ……」




 俺は思わず語気が強くなり、ツバキの哀しい表情が映る。俺は思わず部屋を飛び出し、心の中で謝りながら走り出した。




『マスター?』




 メニカの呼び声に目もくれず、闇雲に夜の街を走り出し、息が切れている事も忘れていた。


 体力の限界を迎えた俺が辿り着いた場所は、昨日の夜にホテプと話した噴水だ。俺は流れ出る噴水の水面を見つめ、自分の顔を見る。


 酷い顔だ。


 恐らく、ホテプを失った時もこんな顔だったかもしれない。


 俺はそれを払拭する為に、水に顔を浸ける。何秒間か水に顔を埋め、息を殺す。すると、背中を誰かに捕まれて無理矢理引っ張り出される。




「何してるのっ……」


「ヴィリーさん……?」




 背中から手を離し、首を掴んできたのはヴィリーさんだった。何故ここに居るのか尋ねようとする前に、彼女は強く叱責する。




「アナタの最後の選択が自殺なんて、お母さん悲しむわよっ……」


「いや、俺はそんなこと考えて――」


「出会ったばかりで、こんなお別れ……悲しすぎるじゃないっ」


「そんなこと考えてませんから!?」




 ヴィリーさんの誤解を解く為、噴水のベンチに腰掛ける。


 気が治まらないのか、ヴィリーさんは口早に先程の行為を捲し立てる。




「ホテプちゃんも、そんな事望んでない。残される人の事も考えなさい!」


「あれはただ……自分の泣き顔を消す為に水に浸けてただけで、死ぬことなんて考えてません……」


「えっ……本当に?」


「はい……」


 安堵したヴィリーさんは、早とちりした事を謝る。何でも落ち込んでいた俺を心配して、後を付けていたらしい。


 それから、何故ハルトさんが俺にあれだけ冷たい態度を取っていたか教えてくれた。




「あの子はね、少し前に婚約相手が決まってたんだけど、相手から破棄されたのよ」


「何でですか?」


「まぁ、彼女の貞操観念にもいけない理由もあるんだけど」




 ハルトさんは婚約する前の期間中、執拗にその男性から性行為を迫られていたらしい。だが、ハルトさんは結婚するまでしない事を条件としていた。


 痺れを切らした男性は婚約を破棄し、ハルトさんの結婚は叶わなかった。


 そしてその翌日、ハルトさんが街を巡回中にその男性を見つけた。よく見ると隣に、が腕を組みながら楽しげに話しているのを目撃。


 それに激怒したハルトさんは我を忘れ、自身が持つ長弓を男性に向けて放とうとした。職務に同行していた兵士が止めた為、その場に血煙が飛ぶ事は無かった。




「男も悪いけど、ハルトもちょっと堅いところあるのよねぇ……。だから、悪いのは両方ね」


「そうだったんですか……」


「これでハルトは、男嫌いになったって訳……分かった? 恐らく、睨んでた理由も、それじゃないかしら」




 そんな理由があるとは知らなかった。


 それであれば、男性に嫌悪感を抱くのも納得だ。これで俺が睨まれていた原因が分かって、少し頭がスッキリする。


 暫く会話も無いまま、俺は月を見ながらホテプの事を考えていた。そしてそれを察したかのように、ヴィリーさんが真剣な眼差しで俺を見つめて話し始める。




「ケイア君。以前、私が戦争孤児を教会に保護した話、憶えてる? 冒険者だった頃に、ケイア君みたいに都市や町を凶暴なモンスターの被害に遭って家族を亡くした孤児を教会に預けたって話」


「はい……」


「それでその内の半分を私が引き取って私の名前をあげるの、レイリーって。それでね、ケイア君。名前には不思議な力が宿るの……だからアタシも例に倣って無事に帰ってくるように、健康で幸せに暮らせるように名前を授けるの。ホテプちゃんは残念だったけど、君にも……死んで欲しくないから。私の名前……受け取ってくれる?」


「わかりました」


「ありがとう……。今日から君は、ケイア・レイリー……。何があっても、守ってくれる」




 そう告げたヴィリーさんの頬には、一粒の涙が流れている。恐らくだが、ヴィリーさんが引き取った子供の中に命を落とした人が居るのだと感じた。


 名前を授かった事で、彼の所を悲しませるような事はしないと、心の中で誓う。


 二人で向き合っていると、遠くの方からツバキとメニカの声が聞こえる。


 ヴィリーさんは微笑みながら、ツバキ達が居る方に促す。




「ほら! 元気になったら、早く二人の下に行きなさい!」


「はい! ありがとうございます!」




 駆け出しながらお礼を言い、俺は二人の下に駆け寄った。ツバキはずっと心配していたのか、顔の周りが涙と鼻水でグシャグシャだ。


 ツバキは泣き崩れながら俺の脚を掴み、衣服を鼻水だらけにする。




『ゲイア~……どごいっでだんだよ~……』


「ごめん、ツバキ」


『マスター……モウ大丈夫デスカ?」


「うん、平気。さぁ、宿に帰ろ」




 今日は色んな出来事があり、色んな人に心配をかけた一日になった。


 ホテプが亡くなって、何もかも失ったと、その時は感じた。でも、この二人の顔を見て残して死ぬ気はない。


 それに、ヴィリーさんからも名前も貰い、何があってもこの場所に帰らなければいけない。


 それを心の中で唱えながら宿に帰り、眠りに就いた。






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