第16話 焰鬼の覚醒



「ホテ……プ……」




 俺はその場で膝を突き、砂に手を叩きつけた。何度も、何度も。


 夢では分かっていたはずなのに、何も気付く事が出来なかった。自分の仲間が強者である故に、驕っていたのかもしれない。


 俺が項垂れている間も、ツバキとホテプは戦っている。俺も動かなければ死を待つだけだが、脚が動かない。


 それを察して、アルゲが徐々に近付いてくる。鉤爪をカチカチ鳴らしながら、狂気の視線を向けてくる。




『アッハッハッ! 心配せずとも、あの世でアナタを待ってます。仲良く逝かせてあげますよっ! ペンダントも手に入れた事ですしねっ!』




 眼の前まで、黒い翼を広げたアルゲが迫ってくる。俺は空を仰ぎ、瞳を閉じた。


 死に対する恐怖もあったが、ホテプの下に逝けるのであれば、自然と心は落ち着き始める。


 そして鉤爪が頭上に迫り、死を覚悟した瞬間、メニカがアクセルモードでアルゲの腕を止める。




『マスターッ! 立ッテクダサイ!』


「いいんだ……メニカ。お前達だけでも逃げて――」


『マスターハ……ナゼ私ヲ仲間ニ引キ入レ、救ッテクレタノデスカ?』




 それはその場の気まぐれで、仲間が欲しかった。それに、あの場所でずっと居るのはと感じるのは普通だ。


 俺は素直に心の中で思ったが、口には出さなかった。そして、メニカは続けて話し始める。




『私ガホテプサンニ破壊サレルト理解シテ、引キ入レテクレタノデハナイノデスカ?』


「買い被り過ぎだよ……ただ、仲間が欲しかっただけかもしれない。家族の穴を埋める為に……」


『……デスガ、私ハ機械デ感情ハ持チ合ワセテイマセンガ……救ッテ頂イタハ……出来マスッ! ダカラ、逃ゲテクダサイ!』


「――っ」




 メニカはアルゲの攻撃を退け、盾になってくれた。アルゲの猛攻は激しく、メニカは手が出せない。


 アクセルモードの為、主要パーツが脚部に集中しているのが原因で上半身は徐々に傷付き始める。


 ツバキもスピカの相手をしている為、手を出せる状況ではない。


 メニカに勇気づけられた俺は脚を動かして、その場から離れる。


 後ろを向いて走り出そうとした時、手薄のアルデが斧を水平に構えて斬り掛かろうとしていた。




『終わりだ』




 メニカの行為を無駄にする訳にはいかないと体を逸らそうとするが、相手の攻撃が速い為、避けられない。


 諦めかけていた瞬間、具体的に表現できないが、その場の空気が一瞬変わった。


 そして、途轍も無いツバキの怒号が飛ぶ。




『やめろぉぉぉおおおっ!!』




 その言葉と共に、全員がツバキの方向を向く。


 ツバキは蒼白い焔を全身に纏い、その気迫に押されてスピカは離れる。その凄まじい声量に、アルゲとアルデは手を止めてツバキを凝視する。


 ツバキは焔を纏い、姿勢を低くとる。




『ふんっ!!』




 脚に力を込めたツバキは、一歩踏み出すと既にアルデの至近距離まで迫る。


 ツバキはゆっくり拳を後ろに下げ、アルデに正拳突きを放つ。腹に一撃をくらったアルデの背中に衝撃波が広がり、波及するように砂の地形も変わる。




『がっ……?!』




 ツバキの拳が放つ威力により、アルデは後方へと吹き飛ぶ。ツバキの方に向き直すと、正拳突きを放った右腕の焔が無くなっている。


 そして、露わになった右腕は以前の腕となものへと変化していた。筋量が増え、明らかに太い。


 次にツバキは標的を変え、アルゲに向かって回転しながら踵落としをお見舞いする。アルゲは冷静に自身の爪を突き立て、ツバキの脚を串刺しにしようとする。




『そのまま振り下ろせば、アナタの脚はズタズタですよ!』


『ぬぅぅぅっ!!』


『か、硬い!?』




 脚に爪は通らず、アルゲの腕は蹴りの勢いで地面に叩きつけられる。伏したアルゲに、もう一度蹴りをお見舞いし、吹き飛ばされる。


 砂埃が舞い、俺は一時その場で顔を伏せた。


 そしてもう一度見上げると、以前のようなツバキの姿をしていない。黒髪は長く変化し、一本角は以前より大きくなり、素顔は人間に近付いたように見えるが、まだオーガとしての名残がある。



 体格も変わり、前よりも筋肉も増えている。何より特徴的なのが、以前装備で与えたウンゲワームの手甲と足甲が体としている。


 その為、前腕と脹脛の部分に棘のようなものが見受けられる。あとは前々から付けている、胸の晒し布が破けそうになっている。


 この変化を見て、これがヴィリーさんが言っていたなのだろう。


 そして突然、スピカが突然不敵に笑い始めた。




『これは、アンタ達の仲間かしら?』


「すいません、ケイアさん……捕まっちゃいました……」




 突然戦闘に発展した為、ディプさんの存在に気付いていなかった。ディプさんはスピカにより、空中で腕を拘束されている。


 迂闊に手が出せない為、俺とメニカは身動きが取れなかった。そんな中、ツバキだけはゆっくりスピカの方に近づいて行く。




『止まりなさい! 少しでも動いたら、コイツの頭を割るわよ』


「ひぃぃぃ?! こ、殺さないで下さい!?」




 脅されたツバキはその場で止まり、暫くスピカの方を見上げていた。すると、ツバキの脚に焔が纏わり付き、状態を低く保つ。


 次の瞬間、ツバキは焔の噴射を利用してスピカの下へと飛んだ。




『なっ!?』


『性悪女がぁぁぁぁっ!!』


『く……そっ……』




 ツバキは勢いのままスピカの顎を蹴り上げ、更に頭上へと飛ばされる。


 スピカの手元を離れたディプさんを抱え、ツバキはゆっくり降りてくる。




「あ、ありがとうございます……。今回復しますね」


『ありがと……』




 ディプさんはツバキに回復した後、メニカにも回復を施そうとしたが、機械である為か、修復は出来なかった。


 取り敢えず、俺達はこの好機を利用し、逃げようとしたがメニカの損傷が激しい為、逃避行動は困難となった。


 そうこうしている内に三人が起き上がり、怒りを募らせているのが遠めでも分かる。アルゲは以前、オリバー皇国でも発現させていた魔法を使う。




『たった一度の蹴りでっ……生きて帰れると思うなよっ! ヘレ・ハイリヒトゥーム地獄聖域。スピカっ! アナタもを出しなさい!』


『はぁ……アタシの大事な髪の毛なのに……。ふぅ……ヴァーンズィン・メートゥヒェン狂気の少女




 アルゲが召喚したのは、オリバーに出現した髑髏のシェーデルとサイクロプスのキュクロープ。


 スピカが髪の毛から召喚したのは、何と黒い修道服を着たパラディ―スだった。スピカの金髪から作られたとは到底思えない見た目と、あのモンスターは彼女が生み出したものだと思い、驚愕する。



 それも束の間、周りには大量に召喚されたモンスターで埋め尽くされていく。ホテプも居ない中、メニカの機体もボロボロで戦えるのはツバキ一人だ。


 ただ、そんなツバキは真っ直ぐ敵を見据え、全く怯む様子はない。


 今、進化を遂げたツバキであれば、少しでも奇跡が見い出せるかもしない。そして、ツバキはその場を捉えられない程の速さで駆け抜け、次々と自身の拳と蹴りでモンスターを薙ぎ倒していく。




『いくらでもかかってこいやぁぁぁぁぁっ!』




 ツバキが拳から放つ焔により、モンスターは消し炭になっていく。


 だが、次第にツバキにも疲れが見えてくる。進化した一因もあるのだろうが、力の制御もあまり出来ていない。


 敵は減りつつあるが、消費した分をまた召喚する為、持久戦へと持ち込まれている。




『まさに多勢に無勢。いくら一人が強くても、力は限られますからね』


『はぁ……はぁ……くそったれ……』


『さぁ、私のしもべたちよ……オーガの肉を喰いちぎりなさい! それでは、さような――』









 上から女性の声が響き、見上げると刀を持った何かが回転しながら降下してくる。そしてそれは、アルゲ目掛けて凄まじい音が鳴り響く。


 アルゲはそれを辛うじて受け止め、斬り込んだ女性は俺の下に降り立つ。


 その人は、東洋の装備に髪を後ろに結う後ろ姿。さんだった。スザクさんはアルゲに怒りの視線を注ぎ、如何にもご立腹なのはわかる。




「……」


『凄い一撃でした。流石、瑰麗の剣豪と呼ばれた程の事はあります』




 アルゲは彼女に対して嘲笑する。


 それを見たスザクさんは更に眼光が鋭くなり、いつもの丁寧な口調とは裏腹に、ドスの利いた声に変化する。




「貴様っ! 愛しのケイア殿を傷付けた罪、死を以て償え!」


「え……?」


「あっ!? ケイア殿、これは……いや……何でもないです……」




 俺はスザクさんの言葉に驚いていると、彼女は取り乱したように自身の髪を弄り始めた。この状況で可愛いと思うのは不謹慎ではあるが、可愛い。


 そんなやり取りも意に返さず、アルゲは挑発するようにスザクさんに言い放つ。




『猛獣に見えても、心は乙女そのものですね』


「拙者の前では口を噤め。次は切先が貴様の喉笛を切り裂くっ……」


『やはり、心も獰猛ですね。ですが、これだけのモンスターを相手に、アナタだけで戦えますか?』


「拙者が一人で牙城に踏み入ると思うか?」




 スザクさんが片側の口角を上げると、雷の音が聞こえる。


 空は晴れている筈なのに、ドンドン音が近づいてくる。これには以前、聞き覚えがある。あの時助けてもらった人物の。




霹靂神流はたかみりゅう――疾雷ッ!』




 デモンさんだ。


 彼女は居合の構えから太刀を水平に抜き、眼前の敵を電撃で薙ぎ払った。囲まれる程の敵を一瞬で屠り、デモンさんは涼し気に太刀を鞘に仕舞う。




『バカなっ!? 私の僕を、あんな一瞬でっ……!』


『疾雷、耳を掩うに及ばず。形勢逆転やな! 山羊頭の戦力も、対したもんや無いな~』


『くっ……。ですが、まだまだ召喚する余地は私達にはあります。こちらはじっくり時間を掛ければいいだけ』




 アルゲの言う通り、あの三人の後ろには魔法陣が展開され、大勢のモンスターの群れが出来上がっている。


 これは本体である、アルゲとスピカを先に倒す必要がある。


 だが、この二人であれば倒せると確信していたが、スザクさんとデモンさんは負傷した俺達を抱え始め、戦場から離れる。




「スザクさん!? 何で戦わないんですか!?」


「戦力に差があり過ぎます。いずれは敵の波に押され、挟撃をくらえば帰れる保証はありません」


『助けてもらってるんやから、文句は後や。それに、このロボ守りながら戦う方がキツイて……担ぐのも重いし……。このオーガも形変わってるし、一人おらへんし』




 俺達はアルゲたちの笑い声を背に、砂漠から脱出した。ホテプを失い、仇を討つ事さえ叶わぬまま。


 そして、デューネ帝国の転生者召喚の阻止交渉を成し遂げることが出来ず、俺はスザクさんに担がれながら、自分の無力さに落胆する。




 

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