第14話 黒の修道女
転生者は聞いた事はあるが、何故リアム王はこれに対して好意的では無いのか疑問だ。確かに転生されてくる者が、いい人ばかりとは限らない。
強い力を宿した転生者を、こちらの勝手な都合でこの世界に飛ばすのだから、いい気はしないだろう。
そしてリアム王は、もう一つ危惧している事がある。
「こちらの世界情勢のバランスが、著しく低下する恐れがある。このオリバー皇国で稀少価値が高い物と言えば、国の支えとなる食料自給率の高さだ。国民が安寧と繁栄が齎されている現状に、更なる希少価値の高い物を提示されれば国交に問題が生じる」
リアム王は付け加えてオリバー皇国と他の国の名前を並べ、世界情勢の話をする。
先ずこの世界は、一つの大きな大陸にいくつもの国が存在している。中でもオリバー皇国は大陸のど真ん中にある為、他の国に攻められる可能性がある。
それを防ぐ為に同盟国となっているのが、オートマトンの依頼で訪れ、ドワーフが多く住むメタルヴェルク。
そしてもう一つの同盟国は、シュネー王国。北東に位置し、氷属性のモンスターが統治している。
極寒の地な故に、通常の人間、モンスターの永住は不可能となっている。
これらはオリバー皇国と友好的な関係を維持している。ここからは対立、または永久中立国の紹介が成された。
その中の一つとして対立しているのは、現在転生による儀式を執り行おうとしているデューネ帝国。
砂漠化したアネクメが周辺に近い為、作物が育ちにくい。その助け船として、一時期オリバー皇国が国交を結んで支援をしていた。
オリバー皇国は食料提供、デューネ帝国は火山が点在している為、宝石の宝庫となっている事から装飾品として輸出している。
だが、その装飾品や嗜好品として用いられる宝石がオリバー皇国に提供される品物の品質が悪いとなり、利益相反とみなして断交となった。
そして中立国となるのが、オリバー皇国から北側に位置するヴァッサーファル。ここは水棲亜人が生息し、水の資源が豊かで魚などの資源を各国に流通させている。
海や湖と言った水源に海底神殿が複数存在しており、そこは水棲亜人たちの信仰の対象であり聖域でもある。
嘗てその場所を人間に穢された事でオリバー皇国や、デューネ帝国の人族が多数暮らす人々を間接的に嫌っている。今では歴史が流れ、人間に対して嫌悪する者はあまり多くは無いが一定数はいる。
もう一つの中立国は、オリバー皇国から東側に位置するバアムクライヒ。ここは国というより精霊が統治している為、自然のまま生活を送っている。植物、昆虫、魔獣、鳥人、爬虫類、スライムと言ったモンスターが多数生息する。
これが今の世界の現状で、均衡が保たれている。
そしてそこに伏魔十二妖星による結界が各国に展開された事により、デューネ帝国の皇帝は早とちりをして転生者を召喚する事に至った。
早急に対処しなければいけない結界問題に加えて、転生者による国の問題が大きくのしかかってきたという訳だ。
この問題について、先程の四人組が話に加わる。口火を切ったのは、リーダー格であるアンドが始める。
「なら、皇帝に話を付ければいいだろ?」
「簡単に言うけど、帝国領土までどのくらいの距離があると思ってるの? ましてや、結界が張られてるこの状況で抜け出す事も出来ないし、いつ敵が攻めてくるか分からないから、人員も割ける訳もない」
「だがよエルフリーデ、その発生装置さえ見付ければ何とかなるんだろ?」
「簡単に言うけど、人口が数十万人住んでる国なのよ!? 見付けるのだって困難だし……それに抜け出せたとしても、誰が帝国まで行くのよ……」
今会話していたのは誰なのか、ヴィリーさんに聞いてみる。
金髪の男が人族である、アンド・ベイリー。獅子英傑という二つ名を持ち、大剣使いの黄金ランク冒険者。
そして銀髪の綺麗な女性が、エルフリーデ・クライン。閃光に瞬く凶弾と言われ、魔道具使いの女狙撃手。同じく黄金ランク。
ヴィリーさんは付け加えて、他の二人を紹介してくれた。
赤髪のドワーフの女性は、ドーリス・フロイト。雷撃を呼ぶ小兵と謳われ、重武器が得意。
それに聞き覚えのある名前だと思ったのは間違いではなく、彼女はバールト王の娘であり、ベーアさんのお姉さんだ。以前、ご息女であれば軽率な行動は控えると言ったが、必要なさそうな感じがする。
もう一人の髪の長い男か女か分からない人は、ヤネス・センガー。鳴り響く勝利の歌声と称され、その美声で様々な種族を救ってきた。
ちなみに彼は男らしい。
この四人組は、華の鉄格子というチーム名で黄金ランクの冒険者。何故、華の鉄格子と呼ばれているかはヤネスさん以外、愛想が無い事から周りが付けた名前らしい。
ある程度ヴィリーさんに耳打ちされながら紹介してもらい、結界を壊した後に誰がデューネ帝国に行くかという議論はまだ終わっていなかった。
そこで一瞬静まり返り、みんなが俺の方を向く。いいカモが居ると思ったのか、各師団長メンバーも俺にデューネ帝国に向かうよう説得してくる。
「私からもお願いします。第一師団長として、良きご検討を」
「フェヒター殿と同じく、拙者からも御願いします! 険しい道のりなのは重々承知していますが、我々もこの国を離れる訳にはいきませんので……」
『副隊長の言う通りや! せやから坊主、頼んだで!』
各師団長に説得されながら、自分でもやるしかないのかと思いながら聞いていた。
それを尻目に、すごく睨んでくる女性がいる。以前、デモンさんが話してくれていた第三師団長ハルト・トルディーナさん。
軽装の鎧に赤髪の綺麗な女性で、かなりの長身。脚には仕込み刀を施した武器が付けられ、腰にも双剣のようなものもあり、背中には白い長弓を背負っている。
俺は彼女に何かしたかと思うくらい、目の敵にされているように感じる。取り敢えず、デューネ帝国に行く事は決定となり、次の課題に移る。
兎に角、国を出ない事には話が進まない為、この結界を作っている発生装置を各自捜査する事になった。
オリバー皇国の偵察兵に俺を含むツバキ達の他、ヴィリーさんの使い魔も同行して外壁伝いに捜索するよう指示された。
結界の境界線に辿り着き、ヴィリーさんはもう一度バリアに触れる。中からでもすり抜ける事は出来るが、住民に健康被害が及んでいるのと、もし見つけることが出来なければ国ごと移転させるほかない。
だが、そんな労力は無い為、何としても見付けなければならない。
そして俺は時計回りで、ヴィリーさんは反時計回りで怪しい物がないか調査する。そこで、ツバキが何か気掛かりな事があると話し始める。
『なぁ、ケイア。何であの偵察兵、この結界が発生装置だって言い切れると思う?』
「どういうこと?」
『そんなの現物を見なきゃ、分かる訳ないだろ? その機械の仕業じゃなくて、魔法で障壁を作る事だって出来るはずだろ? 他の国も同じ状況なのに、対処できた事例がまだ無いまま何であそこまで言い切れるんだ?』
「確かにそうだけど……」
ツバキの推理は確かにそうだ。
その偵察兵が何処で調べてその情報を入手したのかは、正直分からない。各国に結界が展開されたとは言ってたけど、どこまで本当の話なのか。
そんな疑問を抱きながら周りを探索する。暫く歩き続けて行くと、前の方から誰かが走る音が聞こえる。
それは城内で話していた、偵察兵だった。
「ケイアさん! こちらでしたか……。すぐ側に、発生装置なるものが確認できました! 一緒に付いて来てください」
俺は先程のツバキの言葉を聞いて、内心警戒していた。果たして、この人は人間なのか。
ツバキ自身も疑念は晴れず、俺の前に立つ。ホテプとメニカも少し身構えながら偵察兵を凝視し、いつでも攻撃できる体制に移る。
だが、偵察兵はそのまま走り出して行き、俺達は慌てて後を付ける。
男を追い掛け、広い通りに出る。そして男の側には、紫に光る装置が確認できる。すると、男は微笑しながらこちらを見る。
「早くもバレたか……何とも聡い奴がいたものだ」
「お前は、誰だ?」
「名乗ってどうする? お前を密かに殺す計画が、これで台無しだ。俺としては、静かに逝かせてやりたかったが……おいっ!」
男が叫ぶと、奥から静かに黒いものが近づいてくる。
それは、修道女のような恰好をした普通の女性。目を隠し、肌の色が黒く、聖書を持ちながらボロボロの衣服にただならぬ雰囲気を感じる。
彼女は常に聖書をめくりながら、何かをブツブツ呟いている。そして男は、その異形な存在に指示を出して立ち去ろうとする。
「パラディ―ス、重点的に男を狙え! 他のモンスターは適当にあしらえ」
『畏まりました。……私の名は、パラディ―ス。アナタたちを、昇天させる者です』
男は走り出し、追い掛けようとするが立ち塞がれてしまう。パラディ―スは静かに何かを読み上げ、攻撃してくる。
『汝に
『うっ……がっ……!』
『何デスカ、コレハ……?!』
パラディ―スが唱えると、ホテプとメニカが突然苦しみ始めた。だが何故、俺とツバキには効いていないのか。それともワザと。
何の魔法なのか分からない為、不用意に手を出すことが出来ない。兎に角、今はツバキと俺で対処するしかない。
二人はずっと頭を押さえながら、悶絶している。
魔法を解く術を考えながら、先ずツバキが飛び込み、俺も連携しながら殴りにかかる。
『ううぅぅおおぉぉぉらあぁぁっ!!』
『あぁ、何と憐れな……』
『なっ!? 止められたっ?!』
ツバキの拳は、細腕のパラディ―スに止められる。普通なら吹き飛ばされるはずが、パラディ―スは終始涼しい顔をしている。
俺も続けて拳に魔法を付与させ、腹を狙う。
「だぁぁっ!!」
『多くの犠牲がアナタを悩ませます。その拳を下ろし、魂と共に元いた場所に帰りなさい。
攻撃が当たる寸前、足下が突然ドロドロとした黒い液体へと変わり、沼のような状態になる。
身動きが取りづらく、俺とツバキは徐々に体が呑み込まれていく。藻掻けば藻掻く程、吸い込まれるように沈んでいく。
そして突然、ツバキが俺の襟をつかみ、地上に引き上げてくれた。
『うがぁぁああっ!!』
「うわっ! ツバキ?!」
『ケイア……助けを呼――』
何かを言い終わる前に、ツバキは黒い液体に飲み込まれた。
俺は自分の不甲斐無さに、拳を地面に叩きつける。立ち上がると、パラディ―スは無表情で十字を切る。
『己が闇に吞み込まれ、憐れな火種を救いましたか……。これもまた、あの方の糧になるでしょう』
「お前……」
こいつらに感情が欠如しているのは分かった。
勝手な言い分で、俺達を陥れたこいつらが兎に角、許せない。俺は怒りに任せて、パラディ―スに殴り掛かる。
だが、そんな攻撃が効く訳もなく、全ていなされてしまう。
『感情に身に任せるなど、愚の骨頂。だから人間は、脆弱なのです』
今の俺には、こいつの言葉が入ってこない。ただ、ツバキを失ったこの状況に、冷静になどいられる筈が無い。
こいつにだけは、負けたくない。
しかし、攻撃は全て躱され続け、パラディ―スは新たな呪文を唱え始める。
『これでお別れとなります。
パラディ―スが持っている本が光り始め、空中に魔法陣が展開される。それが光線になり、俺の目の前に迫ってくる。
『光を遮る闇穴よ……くっ、虚無の世界へと誘えっ。宵の八荒っ!』
その直前に黒いものが現れ、光を吸収していく。何とかホテプのお陰で、難を逃れる事は出来た。
ホテプは力を振り絞ったのか、心配になるほど汗をかいていた。
最初の術がまだ続いているのか、ホテプもメニカも未だに頭を押さえている。この状況に俺は冷静になり、今いる仲間を守る事に集中する。
再び構えると、パラディ―スは面白くないと言った表情を浮かべる。
『クラーゲンは効いている筈ですが、もう動けないようですね。それでは、私の光の抱擁で天国への階段を駆け上がりましょう』
パラディ―スは魔法の玉を両手に溜め始め、どうすれば打開できるか探った。魔法で付与した拳が効かなければ、別の手段をとるしかない。
そして俺はパラディ―スについて、ある事に気付いた。
パラディ―スが扱う魔法の種類は分からないが、闇属性に起因するものが多い。その為、俺は回復魔法の扱いに慣れている事もあり、拳にそれを付与しようと考えた。
これしかないと考え、俺は一か八か回復魔法を拳に転用する。
『何度試しても同じです。アナタの心が変わらなければ、蹄跡は進みません』
油断しているパラディ―スに駆け出し、同じように腹に目掛けて繰り出す。案の定、拳は止められて一瞬時が流れる。そして――。
『がぁぁっ!? 手が……手がっ、焼けるようにっ?!』
予想は的中。パラディ―スは右手を抑えながら悶え、書物を落としてしまう。右手は回復攻撃によるダメージが蓄積しているのか、煙が出ている。
暫くすると収まり、冷静になり始めたと思いきや、先程までとは打って変わって狼狽え始める。
『わ、私の……私の聖書は何処……? 何も見えない……私の大切な、せいしょぉぉぉぉぉっ!!』
突然パラディ―スは叫びだし、地面に頭を打ち付け始めた。その異様な光景に、俺はただ恐怖するしかなかった。
そしてすごい速さで俺の目の前に接近し、首を絞め始める。
『返せっ!! 私のっ、聖書ぉぉっ!!』
「がっ……はっ……!」
『主っ……!』
『マスターッ!』
次第に俺の意識は遠退き始め、視界が徐々に暗くなる。このままで俺は、ホテプもメニカも救えず死ぬのか。
意識が途切れる瞬間、轟音と共に首から手が離れ、視界が次第に開いていく。
俺は吸えなかった分、大きく呼吸をする。上手く呼吸が出来ない為、咳き込みながら周りの状況を確認する。
顔を上げると、目の前には見知った紫帽子のヴィリーさんと使い魔のリス達。ムーは威嚇しながら尻尾を鳴らし、メイサは優しく俺の背中を擦ってくれた。
「よくもアタシの可愛い弟子に、酷いことしてくれたわね。その借り、高く付くわよっ!」
『返せぇぇぇぇっ!!』
理性を失ったのか、パラディ―スは咆哮しながらヴィリーさんに突撃していく。それを余所に、ヴィリーさんは静かに魔法を唱える。
「ライトニング」
『ああぁぁっ!? 痛いっ……痛いっ!』
ヴィリーさんの指先から稲妻が走り、パラディ―スに直撃する。
煩悶するパラディ―スを眺めていると、顎の一部が剥がれ落ちる。そこから無数の髪の毛が出現し、人ではない事が分かった。
また奇声を上げながら立ち尽くしていると、ムーが透かさず尻尾で薙ぎ払い、パラディ―スは吹き飛ぶ。
そして吹き飛んだ場所に丁度、聖書が置かれていた為、パラディ―スは嬉しそうに聖書を抱きながら寝転がる。
『がっ……あぁ……私の、聖書……』
動きが止まった為、ヴィリーさんは最後苦しまぬように魔法をぶつける。
「フレイム・インフェルノ」
腕を水平に斬るように動かし、パラディ―スに炎が直撃する。その斬られた断面から炎が出ていき、体は一瞬で燃え上がる。
敵とはいえ、何とも物悲しい最期だろうか。
そしてパラディ―スが死んだことにより、先程までの黒い液体が消えてツバキが出てくる。
俺は慌てて彼女に駆け寄り、息があるかどうか確かめる。胸が上下に動いていた為、生存確認は出来た。
念の為、回復を施して呼吸を安定させる。
その横にヴィリーさんがしゃがみ込み、俺の肩に手を置く。
「遅くなって、ごめん……」
「いえ、謝らないで下さい。こうしてツバキも助かりましたし」
俺はもう一度ヴィリーさんに御礼を言い、発生装置に向かう。ヴィリーさんは先程と同じ魔法をかけ、発生装置は壊れて結界が解かれた。
またいつものような青空が見え、何とか国の存亡は回避する事は出来た。
ツバキはメニカに運んでもらい、リアム王に結界が解けた事を報告しに行く。
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