第9話 ドワーフの王



 メタルヴェルク出発の翌日。向かう前に報告だけしようと、ベーアさんのお店を目指す。


 朝早く来すぎたが、彼女はお店の窓を拭いたり掃き掃除をしていた。挨拶を交わしながら、今日メタルヴェルクに向かう事を伝える。


 そして彼女は昨日言い忘れていた事があると語る。


 それは彼女に姉がいるらしく、という。彼女は黄金ランクの冒険者で、自分の体系より遥かに大きいハンマーを扱う


 彼女は仲間達と旅をしている為、もし会う事があれば協力してくれるかもしれないと告げられた。


 そしてベーアさんとはそこで別れ、今回の旅も馬車での移動となる。


 何度も顔を合わせる為、ケンタウロスのお兄さんと必然的に仲良くなる。三日間共に過ごす仲間として、今後も仲良くやって行きたい。


 今回はヴィリーさんたちが同伴する訳では無い為、後ろは凄く快適。いつもはムーやリスの体積でギュウギュウに詰められる。


 ただ、今回は一人での単独任務となる為、あの時のサイクロプスに襲われればどうなるかは分からない。


 兎に角、長い旅での戦闘はなるべく避ける事を心掛ける。


 準備が整い、いよいよ出発。


 北西に向かって馬車を走らせ、森へと入り俺達はゆっくり過ごす。あまり三人で話す事も無かった為、ツバキとホテプに故郷はあるのか聞いてみた。




『アタシは基本的に、オーガの村で暮らしてたね。結構平和的に暮らしてたけど、人間の盗賊とアタシ達の角が秘薬になるのか、それを狙って密猟者の恰好の的……。そのお陰で家族はバラバラ……』




 その後は一人で何とか生き延び、当時暮らしていた村に戻ったそうだが、焼け跡で壊滅していたそうだ。


 最初に出会った時も、迷信を信じた盗賊たちに襲われて血を流している所を俺とイアが見つけた。


 同族とは逢えず仕舞いだが、デモンさんとの出会い、驚きを隠せなかったそうだ。


 幼い頃から探していたそうだが、彼女と逢えたことは相当嬉しかった事だろう。


 ホテプに関しては知らないことだらけ。何故あの棺で眠っていたのか、本人にも記憶が曖昧らしい。


 ただ、憶えているのはアネクメがとても大事な場所であること。他にも隠している事はあると思うが、嫌な事を思い出させるより過剰な詮索はやめておこう。




『あの場所は私にとって、かけがえの無い居場所。多くの人がここに集って、信仰していたのは間違いない……』




 以前のハイリゲさんが教えてくれた文献と似ている。


 そうすると、ホテプはアネクメ当時の生き残りになる。それであれば、棺に入れられているのも納得。


 ただ彼女は、あれだけ大事に保管されているのを見ると、特別であるのは間違いない。


 そしてホテプには俺の話をした事が無かった為、自分の家族はこの世にはもう居ない事を伝えた。


 それを聞いた彼女は静かに啜り泣き、俺の手を握ってくれた。




『主……。主の家族が居なくても、私はアナタのお母さん……』


『どさくさに紛れて何言ってんだっ、お前に母親が務まるか!』


『ツバキよりはお母さん出来る……』


『何だとテメェ……』


「少しは離れてもらっていいですか、二人共?」




 また喧嘩を始め、ホテプは俺に身を寄せながらツバキを挑発する。本気で殴り掛かろうとするツバキを宥め、座らせる。


 両者ともに落ち着きを取り戻すと、馬車が急に止まった。


 外を覗くと、血塗れのが通路に佇んでいる。何かあったのかもしれないと思い、俺達は降りて確認しようと近づく。


 だが、どこか様子が可笑しく感じ、ホテプが離れるように要求する。足を止めた瞬間、モンスターはフラフラと走り出す。


 俺は咄嗟に魔法を拳に籠め、掴み掛る腕を抑えた。


 まじかで確認すると、ミノタウロスの目の焦点が合っておらず、涎が垂れている。それを見て俺は、あの時のと酷似している事に気付く。


 彼は明らかに苦しんでいるように見え、兎に角何とかして止めようと考える。俺のパンチは殺傷能力が無いが、気絶させる事は出来る。


 行動不能に持ち込み、それから回復を施せば治るかもしれない。


 体格差はあるが、サイクロプスほどでは無い為、ツバキとホテプには補助として他に敵がいないか索敵をお願いした。


 ミノタウロスは暴れ始め、拘束を解こうとする為、一度その場から離れる。お互い素手の状態で、本気の取っ組み合いは避けたい。


 満身創痍の状態であれば、そこまで強くは無い。


 俺は素早く足元を狙い、よろめかせてから頭を狙う。




「はっ!」


『うぐっ……!?』




 動きが鈍かった事もあり、すんなり成功した。そのお陰で、あまり傷付ける事なく終わり、ミノタウロスに回復魔法をかける。


 偵察していた二人が戻り、誰も居なかった為、一安心。


 数分後に彼が目覚め、何故血塗れだったか事情を聞いた。彼はオリバーに住んでいる住人らしく、林業を生業にしているそうだ。


 いつものように作業をしていると、背中に悪寒が走った為、振り向いたらに襲われたそうだ。


 それから彼は記憶を失い、俺達に助けられた。


 その黒い何かを詳しく聞きたかったが、それ以上は何も出てこなかった。取り敢えず森を抜けるまで見送り、オリバー皇国に帰って行った。


 大きく時間を取られた為、俺達は少し急ぎながらメタルヴェルクへ駆けた。





 それからは何事も無く日にちは過ぎ、メタルヴェルクの城門へと辿り着いた。


 城門は山岳と隣接して作られており、とても大きく強固で頑丈な見た目をしている。近づいて行くと、門の前ではドワーフの兵隊による身辺調査が行われている。


 長い列の調査が進められ、俺達の番になる。


 危険物を所持していないかの確認と、訪問の理由を尋ねられた。そこでオートマトンの件を言うと、彼らは畏まったように素早く中に入れる。


 国内に入ると、至る所から煙が立ち上り、独特の匂いが立ち込めている。


 先ずは何処に行くべきかケンタウロスのお兄さんに聞くと、ドワーフの王がいる王都に向かうのが早いと言われ、そこに向かう事に。


 王都は少し高い場所にあり、居住区と商業施設を抜けて行かなければならない。真っ直ぐ道を進めば辿り着くが、あまりの勾配にケンタウロスのお兄さんも息が上がっている。



 流石に歩いて行った方が早いと感じ、その場で休んでもらうよう指示をして俺達だけで歩く事にした。


 これだけの山城であれば、敵が攻めてくる際に疲弊した状態で戦いが有利になる。だが、それはアンデッドや飛鳥するモンスター以外の話である。


 俺達も四苦八苦しながら登り、また大きな門の前に立つ。


 そこには同じようにドワーフの兵士が待ち構えている。身辺調査で警備していたドワーフとは違い、重装備に大盾を備えている。


 見るからに突破は不可能に思える程、威圧感を感じる。


 早速彼らに話しかけ、オートマトンの依頼について交渉を申し出た。それを聞いた彼らは怪訝な顔を見せ、情報元を探ってきた。


 ドワーフのベーアさんの紹介で来た事を告げると、表情が一変してあっさり開門。


 不思議に思いながら門を潜り抜けて入ると、ドワーフの装飾らしいものが沢山飾られている。


 庭園には豪華な噴水、均一に整えられた木々。城内にはお宝のように様々な武器が飾られている。


 大剣にダガー、双剣にランス。ハンマーに長弓、魔法の杖に様々な防具。どれも最高の一振りと言える芸術品で、見ているだけで飽きない。


 その場で呆けていると、中からドワーフの侍女の方が近付いてくる。




「我がメタルヴェルクの城にようこそ御出で下さいました。バールト様が御待ちです」




 侍女の後ろを付いて行き、奥へと進む。このメタルヴェルクのドワーフは、ベーアさんが特別可愛いと思ったが他の人達も小さくて愛らしい。


 その後ろ姿を見つめていると、ツバキに頭をどつかれた。


 頭を擦りながら進んで行くと、他の部屋とは違う豪華な扉が現れる。侍女が扉を開け、前に進む。


 中には見た事も無い宝石が、研磨されていない状態で飾られている。俺にはそれが魅力的に見え、思わず息が漏れ出す。


 それに気を取られていると、野太い咳払いが聞こえる。


 俺は慌てて前を見ると、階段の上の玉座に座るドワーフがいる。頭は坊主だが、長い赤髭を蓄えている。衣服は質素で茶色であるが、動きやすそうで利便性に富んでいる。




「私がである。我が国の依頼、申し出に感謝する。我が娘から聞き及んだそうだな」


「娘……?」


「私の娘、ドーリスとベーアは我が子供だ」




 ベーアさんが偉い人だとは気づかなかった。


 そのお姉さんも王族のご息女であれば、軽率な行動は控えるべきだろう。最初の話で動転したが、オートマトンの依頼について詳細を確認する。


 この内部調査の一件は喫緊の課題で、最近の出来事らしい。


 現在も膠着状態が続き、内部に侵入する事は不可能。最終的に国の結論は、山ごと爆破した後に起動するオートマトンを始末する予定となっていた。


 だが、王であるバールト王は山が隣接するこの山岳地帯で、爆破を試みれば山崩れによる国の損害に影響する。


 それであれば冒険者を募り、強き者の手腕に任せる方が被害を最小限に留められる、と結論付けた。


 しかし、想定外としてこれほど早く支援してもらえるとは思わぬ誤算と語った。


 それを聞いて俺は、まだ最底辺の青金ランクというのは口が裂けても言えない。今更だが、この依頼の重要性がここの来てやっとわかった。


 引き下がる訳にもいかず、事件の発端となった鉱山に向かう事にした。鉱山への道は城外を進み、この場所より高い位置にある。


 そこがドワーフの採掘場で、何でも彼らが汗水流してツルハシを振るっている訳では無い。彼らも機会を用いて操作し、燃料はで動かしている。


 そして彼らの仕事場に到着し、案内役のドワーフは道の突き当りに不思議な扉が存在する。それが例の入り口に繋がる。


 案内役は三人分明かりを手渡し、その場を立ち去る。そして俺達は、いよいよ穴の中に入っていく。


 照らしながら進み、慎重に歩んで行くと見た事の無い造りの扉を見つける。これが言っていた扉だと確信し、隙間を抜ける。


 まだ入り口付近にはオートマトンはおらず、少しずつ進んで行く。


 歩いて行くと少し明るい場所に辿り着く。


 そこにはベーアさんが言っていた通り、見た事の無いモンスターがガラス状の筒に液体と共に入れられている。


 歪に作られたものや、無理に縫合して違うモンスターを完成させたものもある。人工的に作られ、道具と言ったものもモンスターとして具現化される事もある。


 こういった実験的に作られたモンスターをと呼称し、道具や自然から生まれたモンスターをという。


 魔法によって生み出されたモンスターも、自然生物という定義もあるが、曖昧である為、不明確な点が多い。


 この実験室を離れ、さらに奥に進んで行く。


 所々に瓦礫の山、ひび割れた床が見受けられる。そこが抜けて穴が見えている箇所もあり、落ちないように気を付けたい。


 そう思った矢先、踏み込んだ場所が緩く、床が抜けてしまった。俺だけが下に落ち、二人は体を案じて呼び掛ける。


 俺は心配させないように声掛けをし、お尻を擦る。


 周りを見渡すと、先ずかに光る部分を発見する。




「なんか光が……」




 その光に吸い寄せられ、扉の隙間を覗く。


 何やら倉庫のような部屋で、瓶の入れ物が多数見える。よく見えなかった為、扉に手を掛けようとした時、中から物音が聞こえる。


 もう一度覗くと、中で何かが蠢いている。


 気付かれないように覗くが、ガラスの破片を踏んだことにより、それに悟られる。




『誰……?』




 共通語をかえさない言葉がきた事で、モンスターである事が分かる。意思疎通が出来れば、危険なモンスターでは無いと思い、扉をゆっくり開けた。


 明かりに照らされたモンスターは悍ましく、そして哀しい生き物だった。


 主体である形は一角獣で、背中に龍の羽と山羊の頭が縫合され、尻尾には蛇が蠢いている。これが所謂キメラと呼ばれているモンスター。


 不相応に縫い付けられ、それぞれが意思を持っているように動いている。


 性別を判別する事は出来ないが、見るからに困っている様子だった。キメラは俺に、食べ物は無いかと聞いてくる。


 非常食用にパンを持参している為、それを差し出す。


 それを見たキメラはパンに飛び付き、瞬く間に食べ終えた。キメラはもっとないのかと要求してくるが、これ以上は持参していない。


 落ち込んだ様子のキメラは馬などに見られる、前掻きををする。この仕草がどことなく可愛く見え、キメラの頭を撫でようとした瞬間、二人の声が聞こえてくる。


 それを聞いてか、キメラは警戒して何処かへ行ってしまった。


 二人と合流し、大丈夫だったことを告げ、あのキメラがどこから来たのか気になる。


 それとも、この場所で生まれたのか……。


 




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