第7話 砂の神殿
明くる日、アネクメでのサンドワーム討伐の準備を行う。
まだ装備も付けていない為、薄い普段着を着用して外に出る。そこにはヴィリーさんが馬車の手配をしてくれた為、いつでも出発できる。
ヴィリーさんの今日のお供は、ムーらしく他の二人はお留守番する形。早速荷台に乗り込み、ギュウギュウになりながら出発する。
遠い旅になる為、食料は道沿いの小さい町で調達することとなる。
皇国を抜け、南に進んでデューネ帝国を目指す。
ヴィリーさん曰く、デューネ帝国には二日ほどかかるらしい。その間に危険なモンスターと出くわす事もある為、ある指輪を託された。
神威の指輪を渡され、それを小指に嵌める。これは何でも、神秘的な物らしく所有者を守護してくれる代物。
こんな大事なものを渡して大丈夫なのか聞くが、自分には効果が無いらしい。
旅先の商人から買い取った物で、守護すると言っても明確には分からないらしい。そんな物を初心者に渡すのはどうかと思うが、御守り程度にとどめておこう。
何だかんだ二日が過ぎ、森の先には辺り一面、砂漠地帯。そこは切り取られたように全く木々は存在しない。
ここからは馬車は使えない為、そこで待機してもらう事に。
俺達はヴィリーさんの後に続き、歩き始めた。すると、どこかで見たような感覚を覚える。デジャヴだろうと振り払い、二人に付いて行く。
この様な場所に踏み入れた事が無かった為、砂を踏む感覚が心地よかった。商人たちが使う貿易ルートを辿り、サンドワームが出現するエリアを見つける。
暫く歩き続けると森のような日影が無い為、日差しがどんどん暑くなる。
慣れない環境に四苦八苦していると、所々に遺跡の残骸が散乱している。以前ハイリゲさんが言っていた、国の痕跡なのか。
見た事の無い文字が残骸に描かれ、風化により朽ち果てているのが殆ど。
先に進むと、遠くの方で大砲のような音が聞こえる。ゆっくり気配を消しながら進むと、サンドワームが砂を泳いでいる。
商人たちが使う貿易ルートを縦横無尽に動き回り、普通の人であれば進む事は出来ない。
今のところは二匹しかいないが、まだ砂の中に潜んでいるかもしれない。それにしても、あのサンドワームは建物以上に大きい。無数の牙に蒼い瞳が太陽に照らされている。
それを警戒しつつ、ヴィリーさんと二手に分かれて攻撃をする。身の危険があれば、その場から撤退しても構わないと言われた為、無理はしない。
サンドワームの外皮は強固で、鉄製の武器では傷を付けることが出来ない。だが、サンドワームにも弱点がある。それが口の中の舌。
潜る際に口を大きく開ける為、その瞬間を狙って舌を引き抜けば絶命する。
準備が整い、視認されるまで近付いてヴィリーさんが光の魔法をかける。サンドワームは視力も弱い為、強い光に抵抗がある。
そのタイミングでサンドワームたちが、一斉に砂に潜ろうとする。その機を逃さず、ツバキとムーは走り出し、舌に手を掛ける。
『だあぁぁぁぁぁっ!!』
『うぅらあぁぁぁっ!!』
サンドワームは嫌がりながら引っ張るが、二人の力には及ばず、舌が引き抜かれる。サンドワームは同時に倒れ、痙攣しながら息絶えた。
誰も怪我をしていない事にまず一安心し、ヴィリーさんがモンスターの素材を剥ぎ取れば、装備や武器が作れる。
ヴィリーさんにナイフを手渡され、皮の部分と無数にある牙を採取した。瞳の部分はお金になるらしく、ギルドで換金してもらうように取っておく。
剥ぎ取りを続けていると、何やら地面が揺れ始めた。地震とも思ったが、音がドンドン近づいてきている。
俺の後ろから轟音が鳴り響き、後ろを振り返ると先程よりも大きなサンドワームが出現した。
「ウンゲワームッ!!」
ヴィリーさんそう叫び、長く生きたサンドワームの呼称らしい。瞳が赤く、今にも飲み込まれそうな巨大な見た目。
俺はツバキに担ぎ上げられながら逃げ、直ちにその場を離脱。
担がれながら後ろのウンゲワームを見ると、凄まじい勢いで迫ってくる。俺達は叫び声をあげながら逃げ、助けを求める。
「助けてぇぇぇぇ!?」
『助けてぇぇぇぇ!?』
もうダメだと思い掛けた時、ムーがウンゲワームに腹パンを食らわせてモンスターが怯む。
何度も何度も同じパンチを食らわせ、ウンゲワームが断末魔を上げている。
いくらドラゴン以上に力が強いとはいえ、幾らなんでも異常だった。そして最後はアッパーをお見舞いして、舌を引き抜いた。
魔人進化がこれ程までに強い事を思い知らされた。
俺が胸を撫で下ろしていると、ツバキが肩を叩きながらある場所に指をさしていた。
『これ、何だ……』
その先には砂漠の神殿のような遺跡が建てられている。
またしても、同じ景色を目の当たりにしたような感覚に襲われる。だが、気のせいだと同じように頭を振り、遺跡に目を向ける。
その遺跡はかなり大きく、何故見つけられなかったのか不思議でならない。後からヴィリーさんも駆け付け、彼女も見た事は無いと言っていた。
この遺跡を見るや否や、彼女は顎に手を当てながら考えている。すると、突然彼女は中に入ろうと告げてきた。
こんな不気味で、一寸先は闇に覆われている遺跡に入りたくなどない。
あんな戦闘の後に、また凶悪なモンスターと出くわすのはリスクが大きい。だが、彼女は断りながらまたここに二日もかけてくるのは、もっとめんどくさいと言い切り、明かりの魔法を付けながら潜入していく。
俺とツバキは渋々と中に入る事にした。
進んで行くと何年以上放棄されているのか分からない程、中には何もない。
だが、至る所に壁画のようなものが描かれている。確かに文献の通り、以前までは人類が移り住み、文明の形跡が見受けられる。
先へと行き、壁画を眺めながら進むと扉を発見する。
何か明かりのようなものが漏れ出している為、その中を開けると宝石の山々が連なっている。
ムーがキラキラした物に興味を示し、財宝に飛び掛かる。それをヴィリーさんに止められ、俺達は他の場所を散策する。
俺にはこの場所が分かる。
あの夢と同じだと思い、どんどん奥へと進んで行く。
そして目の前に、一際大きな扉を見つけた。これも夢で見たものと同じ、そしてこの先にあるのは――。
太陽に照らされた棺が目に入る。
立て続けに起きる現象に、俺は戸惑う。それを気にしてか、ツバキが俺の背中を擦る。大丈夫だと声を掛け、祭壇にある棺に近付く。
棺は石で作られており、とても簡素だ。
急いで作られたのか、王を祭るのには少し質素だと思った。俺は棺に手を掛け、恐る恐る開ける。
中には包帯を巻かれた女性が眠っている。
とても死んでいるとは思えないほど保存状態が良く、綺麗な女性が眠っているようにしか思えない。
青みがかった黒髪で、短いショートボブが太陽に照らされて綺麗だった。
ツバキも覗き込み、彼女が言うにはアンデッド系のモンスターに該当する。暫く眺めていると、突然アンデッドの目が開く。
驚いた俺達は、叫びながら後退る。
それを聞きつけて、ヴィリーさんたちが広間に駆け付ける。棺の彼女は覚束ない足取りで中から這い出ると、ゆらゆらと近づいてくる。
だが、彼女は体をあちこち触りながら何かを探している。
『な、い……。ない……』
無いという言葉を口にした為、彼女は人語を喋れるようだ。何を探しているのか聞くと、どうやら大切にしている首飾りが無いと嘆いていた。
時計に宝石が組み込まれた首飾りだと言うが、この広い遺跡で探すのは難しい。その時、ムーが宝物庫で燥いでいた際に見つけた物を提示する。
彼女の言っていた通り、時計のペンダントに青空に浮かぶ雲のような模様の宝石。それを渡すと、彼女はペンダントを抱き締めるように喜び、この石の詳細を聞いた。
石が埋め込まれている蒼い宝石は、ブルーペクトライト。
石言葉は安らぎ 愛 平和、という意味が込められている。再び彼女は時計を見つめながら柔らかい表情を見せ、俺はまた既視感を覚える。
俺は彼女と逢った事があるような感覚に陥る。
そして彼女は御礼を兼ねて、仲間に入れてくれないかと懇願する。断る理由も無い為、彼女を仲間へと引き入れ、遺跡から出る事にした。
歩きながら彼女に、どうしてあの場所で眠っていたのか聞き出す。だが、その時の記憶は曖昧で何も思い出せない様子。
ただ、自分の名前は憶えているそうだ。
ホテプ、それが彼女の名前。
出口を目指して歩き始めて彼女の方を横目で見ると、スレンダー体形である為、包帯が解れ始めていた。
俺は透かさず彼女に自分の羽織っていた服を渡す。すると、彼女は少し衣類を嗅ぎながら微笑んだ。
『あったかい……』
綻んだ彼女を横目に、出口へと到達した。
しかし、彼女は一度立ち止まり、少し俯きながら告げる。この遺跡の中を荒らさないでくれと嘆願した。
だが、未確認の遺跡を調査する名目もある為、ギルドに報告をしなければとヴィリーさんは説得する。
それでもなお、すごい剣幕で懇願するホテプに気圧されたヴィリーさんは上手く口を合わせる事になり、報告を取りやめた。
話が纏まり、先程狩ったサンドワームたちの素材を持ち帰る準備を進める。ウンゲワームの希少部位である赤い瞳も回収し、皮も剥ぎ取り、馬車へと向かう。
すると、何やらムーが耳を動かし始めてみんなを制止させる。
何やらまた、地面が揺れ始めて俺達は身構える。砂から出て来たのは、まだ仕留めていないサンドワームが這い出てきた。
俺達が戦いに備えて構えていると、ホテプが何やら呪文を唱え始める。
『火よ水よ、我が名に応えて』
彼女が手を前に翳すと、火と水が円を描くように回り始める。飛翔した魔法は交じり合い、蒸気となってモンスターを襲う。
サンドワームはその魔法をくらうと蒸し焼き状態となり、焼け爛れて倒れる。
あまりの凄さに俺は、ホテプの頭を撫でる。突拍子もない事をした為、驚いた彼女は顔を逸らして顔を赤くしていた。
ホテプは魔法が使えるのかと聞くと、彼女曰く、魔法ではなく祝詞だと言う。
「祝詞って、祈りとか……?」
『そう。でも、私の場合は――』
「二人共、危ないからサッサと帰るわよー!」
ヴィリーさんに呼ばれ、ホテプの話は分からず仕舞いだが、早々に此処から脱出した方がいいと考え、馬車の方へと急いだ。
一行はアネクメを早々に離脱し、討伐依頼のを報告を済ませる為に帰還する。
元来た場所を戻り、二日かけてオリバー皇国へと戻った。そのまま馬車を使い、教会へとハイリゲさんの下に向かう。
そして討伐した証拠として、サンドワームの瞳や外皮を見せて報酬を貰う。
これでデューネ帝国との通商を行うことが出来、安全を確保できた。それから教会を後にし、ギルドに向かいサンドワームの瞳を換金してもらう。
ついでに、ホテプとの血判契約も済ませて主従関係を結んだ。
それを済ませると、ヴィリーさんから腕のいい鍛冶師を紹介され、ある店に向かう。
鍛冶屋を営んでいるのが女性のドワーフらしく、彼女のアレンジで装備や数々の名刀を作り出すそうだ。
教会からは遠くなく、繁華街近くで営んでいる。
馬車はここで降り、歩いて向かう事にした。
歩いて数十分、鍛冶屋に辿り着き、ヴィリーさんがドアを開ける。そこには小柄らで、顔中煤だらけのドワーフがいる。
「いらっしゃいま――。あぁ、ヴィリーさん。お久しぶりです」
「久しぶり。ベーア、この子に装備を作って欲しいんだけど」
「あら、初めまして」
彼女はベーア・フロイト。茶髪で短い髪、小柄ではあるが体つきはダイナマイト。頭には目を保護する為のゴーグルを付けている。
早速、彼女に今回入手したサンドワームとウンゲワームの素材を見せた。
あまり入手できる代物では無いのか、瞳をキラキラさせながら早くにも作業に取り組み始めた。
どういうデザインにしたいかと聞かれたが、俺は身を守れればそれでいいと応え、重そうなハンマーで作業に取り掛かる。
暫く経過し、装備はあっと言う間に完成した。
工程を見る限り、見た事も無い鉱石を使って外皮と組み合わせて作っていた為、相当装備品は高いと思われる。
だが、ヴィリーさんと知り合いである事から、格安で取引してくれるとの事。
装備は全体的にゴツゴツした仕上がりとなり、見た目に反して軽い。体中を保護してくれ、普通の打撃であれば傷はつけられない。
余った素材でツバキとホテプの装備を作れるか商談すると、快く返事を貰い、作業を進めていく。
ツバキの装備は素手での戦闘が多い為、拳を守るための手甲と足甲を施してもらった。ウンゲワームの硬い部分を重点的に使い、茶色の革製の手袋に見える。
そしてホテプの方は、背中に外皮を薄く引き伸ばしたベールを作ってもらった。炎に対しての耐久が高く、普通の魔法では効かない。
俺はベーアさんに御礼を言い、彼女はまた珍しい素材があればウチに来てくれと念を押された。
ここでヴィリーさんと別れ、同じ宿へと戻る。歩いて向かっているのだが、ホテプが頻りに俺の腕に絡みついてくる。
全身包帯姿の為、俺が変態プレイをさせているような印象を付けられかねない。俺も腕を組まれるのは悪い気はしないが、隣のツバキがずっと睨んでいる。
『おい、ミイラ女。ケイアが歩きにくいだろ! 離れろ!』
『雛鳥が最初に目にしたものを親鳥と認識するのと同じ。好きになるのは当然……』
『何訳の分かんねぇこと言ってんだっ!』
「喧嘩しないでくれ……」
それからも暫く、二人は言い合いを始めて帰る羽目になった。これからこの二人が、コンビを組んで戦えるのか不安だ。
明日は取り敢えず、ギルドで簡単な任務を熟して慣れていく事に専念しようと考える。まだ慣れない環境で、ある程度の知識を積んでいきたい。
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