第5話 蛇使いの魔女
外へと向かい、広々とした平野へと移動した。戦いたいのか、ウォームが頻りに尻尾をブンブンと振り回している。
かく言うツバキも、掌に自身の拳をぶつけながら戦意を高めている。
家から離れた場所まで移動し、二人が構え始めるとヴィリーから実践訓練も兼ねて指南していくと告げられた。
全く戦闘経験は無いが、自分自身の講習ではなくツバキの戦闘スキルを見てみたいとの事だった。
「先ず初めに、主であるテイマーの力は使わずにモンスター同士の決闘とします。しかし、何らかの形でサポートする恰好は良しとします」
「サポートって言われても……」
「では、始め!」
「え、ちょっと!?」
合図とともにウォームが両腕を地面にめり込ませ、尋常じゃない力で何かを引き摺り出す。
轟音と共に地響きが鳴り響き、ウォームの体を優に超える岩石が掘り起こされる。それを軽々持ち上げ、ツバキに向けて投擲する。
『うぅおぉぉりゃぁぁぁっ!!』
『バカ力がっ……!』
そのタイミングでウォームは目では追えないほど俊敏に動き、ツバキの背中を目掛けワンパンで地面に叩きつけた。
致命傷となったその一撃は、息が出来ない程の衝撃となった。徐々に巨石が迫る中、まだ立てない様子のツバキ。
俺は見ていられず、瞬時に回復魔法を施した。
回復したお陰でツバキはその場を離れ、九死に一生を得た。
『ケイア、ありがとう……』
「大丈夫、ツバキ?!」
『よそ見してただけ、全然大丈夫……』
「へぇ……。回復が使えるんだ」
ヴィリーさんは関心の目で見つめてきたが、それどころではない俺は兎に角危険だけは避けようと模索する。
回復はしたとはいえ、一撃の威力が強くて動きが鈍くなり始めていた。膠着状態が続き、両者ともに動こうとしない。
その光景を見続け、何かないかと考えているとウォームの尻尾がツバキの背中まで迫っている。
俺は無意識に心の中で避けろと叫んでいた。
『くっ……!』
『クソ、避けんなっ!!』
「おぉ~、すごい。教えてないのに」
また同じようにヴィリーさんは関心の目で俺を捉えていた。
この人は何を考えているのか全く分からない。
俺はキレ気味にそれを無視し、目線を二人に移すとウォームが体勢を大きく体を逸らし始め、先程と同じように拳を地面に叩きつけた。
二人が立っている地面が割れ、ツバキは大きく体勢を崩した。焦りながらも上空に飛べば打開できると思い、ジャンプする。
だが、脚に上手く力が入らずに小さく動く事しか出来ない。
すると、割れた地面を突き破りながらウォームが現れ、面食らったツバキはもろに彼女の頭突きをくらってしまった。
数メートル飛ばされ、転がりながらその場で力尽きてしまった。
俺はツバキに駆け寄り、回復を施した。だが、一向に起き上がる気配が無い為、焦ってしまう。
「大丈夫、気絶してるだけだから。念の為、アタシも回復させとくわね」
『アタイの勝ちー!』
勝ち誇った顔でウォームは拳を高々と空に向けている。そんな彼女にヴィリーさんは、頭にチョップを食らわせて自制しろと怒鳴った。
「アンタは手加減って事を覚えなさい!」
『そんな事言ったって、勝負にならないし力が入りすぎんだよ……』
その会話を聞いて、俺はある事に気付いた。何故ヴィリーさんはモンスターと会話が出来ているのか疑問に思い、理由を尋ねてみた。
「アタシは独自に編み出した翻訳魔法で、普通は本で生態を調べるんだけど……。めんどくさいから作っちゃった♪」
あまり魔法の知識がある訳では無いが、魔術は作れるものなのかと首を傾げながら思った。
すると、ツバキが起き上がり体を起こす。俺は気遣いながらサポートし、背中を擦った。
そしてヴィリーさんから先程の俺の行動について、詳しく説明される。
「ケイア君、魔法使えたんだね」
「はい、小さい頃から……」
「それともう一つ。アタシが教えてない契約者同士の意思疎通も完璧に出来てた。これは主人であるケイア君がサポートしてあげる役目で、ツバキちゃんが攻撃に晒されている時に俯瞰で見ている君が念みたいに送ると、さっきみたいになる。ケイア君はテイマーとしての素質が備わってる」
「そう、ですか……」
必死だった上の行動で、テイマーとしての素質と言われてもいまいちピンとこない。
ヴィリーさんと暫く会話の後、ウォームが近づき、頭を撫で回してきた。先程まで狂戦士の面影はなく、無邪気に笑いながら問いかけてきた。
『お前の名前は?』
「ケイア……です」
『ケイアか、アタイはムー。頑張れよっ!』』
そう問いかけ、満足したのかヴィリーさんの家の方に帰って行った。名前は教えてもらったから分かるのだが……。
ふと、彼女の姿に見覚えがあるような気がする。最近、どこかであったような。
頭を捻りながら考えるが、モヤがかかって何も思い出せない。次第に何を思い出そうとしているのか分からなくなり、ヴィリーさんから家路に帰ると告げられ、足早に向かう。
そして穴だらけの家へと戻り、先に帰っていたムーが家屋の修繕を行っている。休憩がてら、お茶を入れるから部屋へと招かれた。
室内に入ると、知らないモンスターが優雅に蜷局を巻いて髪を梳かしている。
もう一人は髪がひとりでにウネウネと動き、会話をしている。
『終わったー?』
『あら~お帰りなさい♪』
「何処に行ってたの? 朝から居なかったら心配したじゃない……。ケイア君、紹介するわ。青髪の子がバジリスクのリス。紫髪の子はメデューサのメイサ」
最初に語り掛けたのがリスは、青髪ボブヘア。死を齎す魔眼を持っている為、常に魔具を装着して魔力を制御している。鱗は深い水色で、とても魅力的で艶美な姿。
もう一人のメイサは、紫髪でロングで鱗は薄い紫。先程自分の髪の毛に話していたのは、毛先が小さな蛇になっていた為。彼女は常に目を閉じ、小蛇を頼りに視界を見渡している。開眼させてしまうと、無差別に生きている者を石化させてしまう能力がある。
この三体がヴィリーさんの使役しているモンスター。上半身だけを見れば絶世の美女だが、下半身は鱗特有で艶のある蛇そのもの。
暫く眺めていると、先程まで蜷局を巻いていたリスがこちらに近付いてきた。
「な、何でしょうか……?」
『ふ~ん……。君、名前は?』
「ケイアです……」
『ケイアね、よろしく』
『よろしく~、ケイアく~ん』
恐る恐る自己紹介すると、もう一人のメイサが抱き着いてきた。
色んな意味で規格外にデカい。
胸に圧迫され、息が出来なかったが、リスが無理矢理引き剥がしてくれたお陰で難を逃れることが出来た。
リスは結構、カラッとした性格で落ち着いた印象がある。メイサは物腰柔らかで抱き着いてきた事もあり、母性豊かな性格らしい。
ヴィリーさん曰く、メイサは誰に対しても体を許すらしい。自分のパーソナルスペースが明確では無い為、勘違いされがちだそうだ。
彼女達に揶揄われていると、先程の表情とは打って変わって外を見つめ始める。
その後、かなり大きな音が家屋に鳴り響き、地面が揺れた。音源が近かった為、全員外へと飛び出すと、ムーがモンスターと戦っている。
モンスターに目をやると、見た事の無い獣が二足で立っている。
『お嬢ー!! お客さんだぜー!!』
ムーが叫びながら三体の謎のモンスターと戦っていた。
見る事も憚られるような、その醜悪な化け物はサイクロプスの見た目をしているが、目の部分が無い。
やたらニヤニヤと口角を上げながら笑い、体長はツバキと同じ程で二メートル以上ある。緑の毛で覆われたその肢体は、とても筋肉質で威圧感を感じる。
ムーが三体を相手にし、残りの三体がこちらにノロノロと向かってきた。
「ケイア君は下がっててっ! リスッ!!」
『はいはい』
ヴィリーさんの号令と共にリスが壁になり、装着していた魔具を取り外した。そして一気にその場の空気が変わり、リスが静かに言葉にする。
『
言葉を発した瞬間、二体の化物はその場に倒れた。そして取り逃がした化け物が真っ直ぐ俺の方に向かって走る。
驚きの余り、俺は動けずにいるとメイサが優しく尻尾で巻きつけてくれて避ける事が出来た。
彼女は瞳を開き、辺りが眩しく光る。
『
俺が目を開くと、眼前には石化した化け物が固まっていた。
俺は安堵し、胸を撫で下ろしているとメイサが優しく微笑み返してくれた。ムーの方はまだ片付いておらず、早く終わらせろとヤジを飛ばすヴィリーさんたち。
最後の一体になり絞め殺そうとしたが、上手く躱されてしまい、先程と同じように化け物が俺を目掛けて突進してくる。
安心しきっていた為、また動けず立ち竦んでしまった。
だが、今度はツバキが化物の後ろに回り、回し蹴りをお見舞いして首が高く飛ぶ。
危機一髪で助かり、俺はツバキに御礼をする。
「ありがとう、ツバキ。怪我は無い?」
『そっちこそ』
「いやー、やっぱり強いね。ケイア君のオーガ。でも、何でケイア君ばっかり狙うのかな……?」
ヴィリーさんは腕を組みながら模索する。暫く考え込むが、分からないと言った表情で切り替えた。
『…………』
「ん? 今何か……」
「ヴィリーさん、どうかしました?」
ヴィリーさんは丘の森の方を凝視しながら固まってしまった。だが、気のせいだったのか何でも無いと返答される。
色々あった為、俺達はヴィリーさんに宿まで送って貰る事になった。
また同じ化け物が現れるか分からない。
俺とツバキは宿に入り、少し休んでから街の探索をしようと約束した。
一先ずケイア君を宿に送り、アタシはもう一度あの獣が何なのか調べる為に家に戻った。
戻ると三人は化物の方をジッと観察している。
戻った事を報告し、リスに意見を求めた。
「リス、これなんだと思う?」
『全然分かんない。こんな気持ち悪いモンスターがいるなら、嫌でも覚えてるよ』
アタシも書物を読み漁る時に、こんな化物は見た事が無い。突然変異で新種が生まれる事はあるけど、これ程嫌悪感を抱くモンスターはそう居ない。
これは国に任せた方が無難と判断し、リアムに頼み込むか……。
そもそも目元が無いモンスターなど、生物的に成り立たない。
形状が軟体であるスライムなら、触角を使って周囲の判断が可能だ。だが、こいつは鼻の部分も欠落している。
考えても仕方ない、取り敢えずリアムの所で調査しても貰う。
調べてもらう為に、石化したモンスターを運ぶためにムーを連れて城へ向かう。
城へと辿り着き、リアムの謁見を申し込んだ。
暫く待合室で待機し、暇を持て余しているとフェヒターがいる。警備中なのか、二人の兵士を従えて歩いている。
アタシは暇だったので、フェヒターに話し相手になってもらおうと声を掛ける。
「おーい、フェヒター!」
「ヴィリーか。オリバー城に来るとは珍しいな」
「ちょっと訳ありでね~。あ、フェヒターもリアムに逢ってよ。警備ばかりじゃ暇でしょ?」
「リアム様だ! 何度言ったら分かるのだ、お前は……」
叱られながらも彼も付いてくるとの事だったので、一緒に謁見の間へと行く事となった。
手配が出来たのか、メイドのハーピーが案内してくれることに。可愛い男のハーピーを見つめ、何故自分の使い魔は女なのか嘆いた。
城内を進み、一際大きい扉の間に通される。門番をしている二体のトロールが扉を開け、中へと進んで行く。
相変わらず広々とした造り。
何千人かは収容できる部屋を進み、奥にはリアムがいる。玉座に座り、相変わらずの目力の強さ。壮年で所々に白髪が見え始めている。
アタシは彼の前に跪き、首を垂れる。
「ヴィクトリア。汝が望む言葉は何か?」
「拝顔の栄をうけ、御教授頂きたい儀がございます」
「堅苦しいのは無しにしよう、ヴィクトリア。して、何用かな?」
「リアムに知らせておきたい事があって、来たんだけど……」
「せめて様を付けろっ!」
「よいよい、フェヒター。旧友の頼みだ」
アタシは先程の事について、簡潔に述べた。
新種のサイクロプスが出た事、モンスターとして少し類似点が少ない事。この点について、リアムがどんな見解を持っているか、率直に聞きたい。彼はアタシ以上に知識に貪欲な面がある。彼ならば、何かしら知っているかもしれない。
そして石化した化け物をリアムに見せ、詳細を聞いた。
だが、彼は唸りながら分からないと即答した。リアムも知らないとなれば、危険性が増してくる。
生態が分からない以上、行動範囲も読めない。そして何を基準に襲うのかも分からない。
「ヴィクトリア、このモンスターと戦った感想ないか?」
「アタシの使い魔が強すぎるのもあるけど、友人の連れていたモンスターにも簡単にやられてたから、そんなに強くない可能性が……」
「友人とは誰のことだ?」
「ケイア君って言う子なんだけど、オーガにも簡単に倒されてたから……。あっ――」
そう言えばあの化け物、執拗にケイア君を狙ってた。それも何か関係があるのかな? でも、何の関係性が……。
「一つ気になる事があって。あの化け物、必要以上にケイア君を狙っていたような」
「その少年との因果関係は?」
「分からない……」
「ならば、我が城に召集を掛けよう。話はそれからだ」
話は決まり、ケイア君を招いてから決定する事となった。
そして横に控えていたフェヒターは、眉間に皺を寄せながらあの化け物について話した。
「何故あそこまで口角が吊り上がっている……。まるで、何かを楽しんでいるようにしか思えない……」
「楽しんでる、ねぇ……」
一先ず、石化したモンスターは城で管理すると言われ、置いていく事となった。
アタシが持ってても気味が悪いだけだし、いい厄介払いになる。後はこの事について、ケイア君にも話を付けなければならない。
何か悪い予感なのか、この前のドラゴン襲撃も気になる。山から動く事の無いドラゴンが、何故。
あと、あの丘に居た気配は一体……。
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