第4話 魔女の家



「ヴィリー……お前はこんな所で何をしてる」


「うぇ~……。あれ、フェヒターじゃない? アンタこそ何でいるのよ」


「私は――。はぁ……私は、この方の道案内をしている」


「そうなの……。見かけ無い顔ね」




 彼女は細目で俺を見つめ、品定めするように凝視する。彼女の風貌は魔女のような格好に、紫の衣を身に纏っている。髪色はオレンジにショート、体つきは残念……。


 居心地が悪いと感じつつ、どうする事も出来ない俺は彼女が飽きるのを待った。すると、彼女は視線を隣に居るツバキに移した。


 少し驚いた表情を見せたが、直ぐに元通りに。そして彼女はフェヒターさんに向き直り、声が明るくなる。




「珍しいわね、オーガなんて連れて。アンタが捕まえてあげたの~?」


「私が捕まえたのではない。ケイア殿がモンスターの言語を介することが出来るのだ」


「ほぇ~、そんな事できるのね。だから彼が自力で捕まえられるのね……」


「それで相談なんだが。まだ決めている訳では無いが、ケイア殿にテイマーについてもう少し掘り下げて話してくれないか?」


「いくらで?」


「性悪魔女にくれてやる金などない」


「えぇ~!?」




 この会話だけでも、二人はとても仲がいいのが分かる。誠実で規律に厳しいフェヒターさんに対して、放浪癖から自由人と分かる彼女。


 喧嘩にならないのは、彼女の性格によるものだろう。ここまでフェヒターさんの強い口調に、怒るどころか楽しんでるような……。




「ねぇ、君の名前は?」


「は、はい。ケイアです……」


「ケイア君、いい名前だね。いつから話せるようになったの?」


「生まれた時から……ですかね」




 俺が言い終えると、彼女はまた顎に当てながらニヤニヤし始めてこちらを見る。そして彼女は、何か思い出したように手を叩きながら告げた。




「ねぇ、ケイア君。もしテイマーに興味があるなら、アタシの家に来ない? そこだったら、モンスターについて色々教えられるし。テイマーになるかならないかは、その後決めてもらえばいいし」


「そうですね……。ツバキはどうしたい?」


『ケイアが行くならいいけど、明日にしないか?』


「じゃあ、それでお願いします。ヴィクトリアさん」


「ヴィリーでいいわよ。それじゃあ、何処の宿に泊まるか教えてくれる?」




 ヴィリーさんとの約束も交わし、そのまま彼女はお店を出て行った。そして俺達も食事が終わり、フェヒターさんに奢ってもらい店を後にする。


 今晩はフェヒターさんに勧められた宿に泊まる事となった。当然待ち合わせの為に、ヴィリーさんにもお店の名前を教えておいた。


 果実の森から歩いて数分。


 あっと言う間に目的の宿屋に着く。フェヒターさんが看板を掌で指し示しながら、紹介してくれた。


 、と書かれた看板。


 フェヒターさん曰く、ここのにはワーウルフ、グリズリー、ワーシープの女性が働いている。その彼女達が経営兼、看板娘を務めているそうだ。


 その可愛らしい容姿から顧客に人気を博し、評判もお値段もお手頃価格。


 フェヒターさんに先にと店内に勧められ、中に入ると黒みがかった木造に明るく照らされた店内。蠟燭には綺麗なガラスが施され、火災防止と店内の雰囲気を柔らかくしてくれているように感じた。



 それからフェヒターさんから銅、銀、金貨を袋で手渡された。そしてお礼を言いながら、フェヒターさんは宿でお別れ。


 見渡していると、体の後ろから柔らかい毛皮の感触がする。


 その正体は、少し大きい茶色のグリズリーの店員さんだ。グリズリーの姿は全身ほぼ毛で覆われているが、おへその部分だけ人と同じ肌が露出している。


 そして彼女は眠ったまま俺に抱き着き、体格の差から抜け出すことが出来ない。




『ん~……』


「あの~……。起きてくれませんか?」


『ごめんなさ~い。ウチのちゃんが~……』




 そう言いながら引き剥がしてくれたのは、白いワーシープの子。


 小柄で百七十センチの俺より身長が低く、メイド服を着用している。おっとりした雰囲気で見た目同様、フワフワして柔らかそう。グリズリーさんと同様に、おへそだけ人の肌をしている。



 彼女が引っ張ってくれたお陰で難を逃れ、手を握られながら自己紹介をする。




『私はワーシープのです~』


「俺はケイアと言います。あの、今日ここで泊まらせて頂きたいんですけど……」


『わかりました~。今、お部屋の確認をしてきますね~』




 彼女は簿帳の確認に受付へと戻る。その間、ツバキと喋りながら待つ事にした。


 少し経つと、階段から青毛のワーウルフが下りてきた。彼女も同様に、おへその部分が露出している。俺を見るや否や、口角を上げて近寄ってくる。


 その口元からは、白く尖った牙がチラチラと見える。




『いいねぇ……。こんな図体のデカいオーガを連れてるとはアンタ、手練れだね?』


「いや、偶々仲良くなって……」


『偶々!? どういう事だよ!』


『ウルフ近い』


『うるせえな……オレはコイツと話してんだ。ていうかお前、人語喋れねえのか?』


『はいは~い確認できま……ちょっとちゃん、お客様に何してるの?!』




 ワーさんのお陰でその場は収まり、案内された部屋に入っていく。


 二階に移動しながら、ワーさんは先程の事について謝罪してきた。ハウさんは声が大きく勘違いされがちだが、気が良くて誰にでも分け隔てなく接する。


 グリさんも夜になると寝る事が増えて業務が行えない事が多いが、誰にでも抱き着く癖がある。これもあってリピーターのお客さんが訪れる要因でもある。


 兎に角、彼女達は悪気があってしているのではない、と弁明される。


 俺はそこまで気にしていなかったが、ツバキの方は納得がいってない様子。ベッドに腰掛けながら悪態をつく。




『礼儀知らずだなアイツは……。ズカズカ詰め寄りやがってっ……』


「でも、雰囲気のいい店でよかったね」


『アタシみたいなやつでも、お店で休めるのはありがたいな』


「そうだね。取り敢えず、明日ヴィリーさんと会う約束だから早めに寝よう」




 そしてそのまま明かりを消し、今日あった出来事を思い返しながら眠りに就いた。























 今日も夢を見た。


 知り合ったばかりのヴィリーさんと共に、砂漠を歩いている。彼女の隣には、恐らく使役している蛇のようなモンスターだった。


 だが、本で読んだ見た目と相違がある。


 全身の殆どが蛇特有の艶のある鱗ではなく、限りなく人間に近い見た目をしている。ドラゴンにも見える見た目。


 奥に進むにつれ、砂に埋もれた建造物や神殿の一部が見える。嘗てそこには、文明があったような痕跡がある。


 そして目的に着いたのか、さらに大きな神殿が現れて暗い中へと入っていった。中には黄金に輝く財宝が、所々に散らばっている。


 それを見ながら進んで行き、迷路のように様々な扉が並んでいる。


 歩いて行くと、一際大きな扉が開かれており、誰が使う扉なのか分からない。


 恐る恐る入ると、が目に入る。


 気になった俺は、その棺に手かけて開ける。そこには―――。


























 


 そこで目が覚め、何ともモヤモヤする終わり方。


 丁度、太陽が昇り始めた時間。ツバキはまだ寝息をたてながら寝ている。起き上がりながらカーテンを開け、今日の夢を振り返りながら窓辺の椅子に座る。


 あの砂漠には見覚えがある。


 以前、何度も見た夢の場所と酷似している。


 蒼い炎に包まれる彼女と同じ場所。何故場所が同じなのか、どうしてあの砂漠での出来事が多いのか。


 考えても仕方ないと立ち上がり、少しずつ日光に照らされて部屋に徐々に差し込んでくる。


 それに応じて、ツバキが欠伸をしながら目覚める。




『ふぁ~……。ケイア、起きるのが早いね』


「ちょっとね……」


『親のことか……?』


「少し違うけど、気にしないで」




 取り繕って微笑み返したが、ツバキは怪訝な顔をしながら俯いてしまった。


 気を遣わせたと思い、宿の広場に向かおうとツバキに呼び掛ける。この宿は朝食付きで銀貨三枚。


 ツバキも気を紛らすように背伸びをし、下の階へと向かった。


 階段を降りる最中、朝食のいい匂いが店内に広がっている。下にはグリさんがテーブルに料理を並べていた。




『おはよう。誰……?』


「あの、昨日抱き着いてきましたよね?」


『寝てたから分からない』


「あぁ、そうですか……」


『用意できたから、順番に食べて』




 促されるままテーブル座り、ツバキと共に朝食を食べた。朝ご飯のラインナップは、魚の丸焼き。他には野菜の盛り合わせ、果実の飲み物。


 お腹にも優しい食べ物で、健康的にもいい。


 俺は美味しく食事が進むが、ツバキは眉間に皺を寄せながら食べていた。彼女は肉は肉でも、魚肉はあまり好んで食べないようだ。


 俺は数分で食べ終わり、ジュースを飲みながらツバキを眺めながら待つ。


 その光景を微笑ましく見つめていると、店の玄関が勢いよく開く。




「ケイア君、いる?」




 昨日聞いたばかりの声が店中に響き、俺は軽く会釈をする。ツバキは我慢しながら魚に齧り付く。




「昨日振りね。このお店はどう?」


「いいお店だと思います。今後も利用するかもしれません」


「早速なんだけど、食べ終わったらアタシの家に行こ」




 ツバキが食べ終わり、足早にヴィリーさんの家へと向かった。彼女はここの居住者ではなく、オリバー皇国から少し離れた場所に家屋を構えている。


 彼女は特別待遇で家を外に移しているらしい。


 許されている理由としては、彼女はギルドの中でも数十人しかいない黄金ランクに到達している人物。


 城門を抜け、彼女の家に着いた。


 森に近い場所に構え、見た目は平屋の一軒家。蔦が屋根まで到達しているが、綺麗に剪定されている。


 彼女の家に入ると謎の肉を頬張るモンスターがいる。


 赤い髪にショートヘアで硬質な鱗に身を包んでいるに見える。だが、根本的に違うのは見た目で人間の顔を擁している。


 身体の殆どは鱗で守られており、お腹と乳房が露わになっていた。頭にも角のようなものも散見出来る為、にも見える。




『お嬢、お帰り!』


……またごはん食べてるでしょ!? いくら食べるつもりよ……」


「あのヴィリーさん、この方は……」


「アタシが使役してるのムー。ラミア族と似てるけど、ドラゴンの下位種族みたいなものね」




 それを聞いて、説明を求めようとすると俺達は透かさず奥の部屋へと通される。


 中はヴィリーさんの私室らしく、本棚と薬草の匂いが漂っている。ここは実験を行う場所で、よく缶詰めになる事が多い。


 彼女は咳ばらいをしながら俺達に向き直り、自分のモンスターについて詳しく説明してくれた。




「先ず、アタシが使役しているモンスターはちょっと特殊で進化した姿なの」


「進化……?」


「進化には三種類あって――」




 ヴィリーさん曰く、進化には三種類ある。


 三大進化


 《通常進化》

 戦闘である一定の経験値を得ることでモンスターの能力が向上することを指す。


 《人為的進化》

 人の手によってアイテムなどを用いて行われることを指す。


 《魔人進化》

 詳細は未だ不明だが、ある条件を満たすことによってモンスターが人間の姿に近い進化を遂げ、魔人となったモンスターはドラゴンをも凌駕する。




 この三つが進化条件で、ヴィリーさんが所持しているモンスターは三番目の魔人進化に該当する。


 一人目が、蛇の王バジリスク。

 名前はリス。


 二人目が、ドラゴンの化身ウォーム。

 名前はムー。


 三人目が、蛇の怪物メデューサ。

 名前はメイサ。


 この三体が総戦力で、このモンスターを駆使して戦う。魔人進化した経緯は自分にもわかっておらず、伝説級のモンスターのバジリスクはとある森で卵を拾い、孵らせたらその姿だったらしい。



 他はバジリスクによって捕まえて使役したそうだ。


 そしてこの世界でのモンスターは、野生でもいる。その殆どは顔が獣で、ヴィリーさんが所持しているような



 なので、テイマーという職業はモンスターの進化を手助けする意味では有効な手段の一つ。


 以前、フェヒターさんに教えてもらった時に懐くまで時間が掛かかると言っていた。進化するにも時間を要するのであれば、人気が出ないのも納得できる。


 そしてもう一つに、同じ種族に属しているモンスターでも過酷な環境変化によって亜種が生まれたり、非常に珍しい稀少種と呼ばれる個体も存在する。


 大まかな説明は終わり、部屋を一旦出ようとした時、ヴィリーさんの私室のドアが壊れた。


 敵かと思い身構えると、先程まで肉を頬張っていたウォームが拳を構えて笑っていた。




「ムー、アンタまた扉壊して!? これで何回目よ……」


『お嬢、そんな事よりそのオーガと戦ってもいいか? アタイより弱いと思うけど、そいつと戦ってみたい!!』




 ヴィリーさんの気も知らず、彼女は尻尾を床にバンバン叩きながら興奮しているようだった。


 ウォームは基本的に思考能力が低く、単純な行動しかとれない。


 ヴィリーさんが止めようとしても、一度決めた事は曲げない性質で一つの事に突進していく。


 俺もヴィリーさんも困っている最中、ツバキに目をやると思いがけないことを彼女は口にする。




『戦えばいいの?』


『オウッ! アタイと勝負しろ!!』


「いいの、ツバキ?」


『こう言う奴は、言い出したら止まらない。外に出ろ』


『おおっしゃぁぁっ!!』




 彼女は雄叫びと共に部屋の壁をぶち破り、外に破竹の勢いで飛び出した。家には大穴が開き、辺りには木片が散らばっている。




「ムゥゥゥゥ……」




 その度ヴィリーさんが膝を崩し、泣き叫ぶ。この光景は度々あるのだろうと考え、心中お察しします。


 そしてここから、俺とツバキとの共同の戦闘訓練が始まる。


 



 

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