第3話 オーガと契約



 ケンタウロスに騎乗して数十分。また失いかもしれないと言う絶望感から、気力を失いかけていた。


 それに同情してか、乗っている彼が話しかける。




「少年。決して君を無秩序に、牢獄などに送ったりはしない。それは保証しよう。だが、君の素性も定かではないのは確かだ。君とオーガは、どんな関係なんだ?」


「……」


「すまない、不躾だったな。不明確な人物に、素性を聞かれても好い気はしないだろう。改めて自己紹介をしよう。私はの第一師団の任に就いている。少年の名は……?」


「ケイア……」


「それではケイア、何故君はオーガと行動を共に?」


「村が襲われて、行き場の無い俺を連れて行ってくれたんだ……。ドラゴンに襲われて……」


「ドラゴン……。そうか……そこもか」




 フェヒターさんはその言葉を最後に暫くの間、唸り続けた。長い間の沈黙から、フェヒターさんはもう一度質問をする。




「それで君は、家族を失ったのか……?」


「…………」


「そうか……。安心したまえ、少なくとも皇国では災害に応じた区画を用意している。。そこであれば、ある程度の生活は保証できる。だから、あのオーガと暮らすより――」


「ツバキと一緒がいいですっ!! ……ツバキは、もう家族みたいなものです」


「そうなのか……。であれば、契約をしてない事にも合点がいくな。だが、すまない。あのオーガが、無事に帰せるかは分からない。それでも私なりに、尽力しよう」




 その言葉を聞いて、少しでも希望が持てるのであれば有難い。


 そして俺は、初めて彼の顔を見た気がする。銀色の長髪、容姿端麗でいくつか分からない。何も飾られていない銀色の甲冑は所々傷ついているが、綺麗に手入れを施されている事だけは分かる。



 言い方は失礼だが、この身なりの人物であれば何らかの助力が得られるだろう。兎に角、ツバキがすぐに死んでしまう事は無い。と、思う。


 そうこうしている内に、オリバー皇国が見えてきた。丘から見下ろすその展望は、白い湖を彷彿とさせるような白い城壁。


 そして城門の近くまで接近し、門の前では検閲所が設けられている。国家が不適当と判断し、精査する場所。


 俺達の順番が回り、オリバーには来た事が無い為、少し緊張する。だが、そんな事も拍子抜けするほど早く通された。




「わぁ…………」




 街道が真っ直ぐ続き、レンガが綺麗に並べられている。その遠目には噴水が流れ、住民の憩いの場となっていた。


 圧巻の景色に気圧され、眺めているとフェヒターさんがこれから行く場所を教えてくれた。




「今からケイア君が向かう場所は行政機関の一つ、。簡略に居保統きょほとうと呼んでいる。」


「所謂、居住関係の事務処理を行う場所ですか?」


「察しがいい。この国での住民登録が行われていない者は不法移民族とみなし、罰則を受けて国家の法によって裁かれる。我が国独自の体系で、入国する際はギルドで発行されるギルドカードが無ければ入れない」


「へぇ……」


「先程も行ったが、もしあの盗賊がオリバーでの住民登録が成されていれば、君も例外なく処罰される。まぁ、その線は薄いと思うが……」




 長い説明の中、俺がこの国に入れない理由がようやくわかった気がする。


 それにしても、この国は人間だけではなく獣人や亜人、人型を模したモンスターが多数見受けられる。


 ここが大きく発展を遂げているのは、法治国家であると同時に安全に商人が交流の場を受けられるのが魅力の一つだろう。


 そして先程から鐘の音が鳴り響いている。近辺に教会があるのが確認でき、宗教にも寛容な国であるのが分かる。


 そうこうしている内に、居住者保護統制館と思わしき場所に到着し、俺とフェヒターさんは館内へと入った。


 入館してすぐ、様々な窓口が設けられている。


 恐らくここでもギルド登録が行えると見て取れる。見てわかるのはそれ程度で、他は住民の相談窓口のような役割を担っているのだろう。


 フェヒターは受付嬢と話し、男達からはぎ取ったギルドカードを提示していた。彼女は確認した上で、一度礼を済ませてから後ろへと下がる。


 もう一度戻ってくると、簿帳のような物と照らし合わせながら確認していた。


 確認し終わったのか、フェヒターさんはこちらに歩いてくる。




「照合した結果、同じ名前が登録されている事が分かった」


「……」


「だが、この者は居住者更新が数年も切れている事が分かった為、ケイア君とあのオーガは無罪放免。転じて、疑う余地は無いと判断した。数々の無礼、御許し頂きたい……」


「よ、よかった……」


「謝罪の意を込めて、私個人の償いをさせてもらえないでしょうか?」


「はぁ……」




 言われるがまま付いて行き、先程目にしたギルド登録の受付前に通された。何でもフェヒターさんが、ギルド登録と署名にかかるお金の肩代わりをしたいと申し出た。



 金貨一枚で登録できるのだが、その額でも大金。商人に教えてもらった時の換算でいけば。


 金貨一枚=銀貨十枚

 銀貨一枚=銅貨十枚

 銅貨一枚=鉄貨十枚


 断ろうとしたが、私の顔を立ててくれと頼まれたので、有難く頂くことにした。喜ぶのも束の間で、俺は思い出したようにツバキの事を聞いた。




「あぁ、オーガなら心配いりません。関所で私の護衛達が守っていますので。あ、良い事を思いつきました」




 また思いついたようにフェヒターさんは手招きをし、違う窓口に案内する。


 それは魔獣との契約の署名だった。


 それも済ませておかなければ、他の国々での入国も難しくなる。ならばと言わんばかりに、フェヒターさんは契約を済ませようとツバキを呼び込んだ。


 本来、契約が済んでいないモンスターを国に入れるのは規則違反だが特例で通す事となり、この場で行う事となった。


 また再開で来た事を喜び、お互い抱き締め合った。




「ツバキ……」


『ケイア……。あぁ、よかった……』


「では、ケイア殿。血判契約の儀を」




 そして受付嬢から特殊な紙を貰い、お互いの名前とお互いの血判で契約が成立する。互いに短剣で指に切り込みを入れ、判を押した。


 すると紙は紅く染まり、俺達の契約は完了した。


 お互い肩の荷が下りたのか、溜息を吐きつつフェヒターさんから今後の動向を聞かれる。




「ギルド登録が済めば、様々な任務を受注することが出来ます。ケイア殿はまだランクが低いので、採取から始められた方が良いかと思います。ランクは低い順に――」




 ランク


 青金あおがね 黒金くろがね 赤金あかがね 白金しろがね 黄金こがねの順番になる。




「地道に信頼を築けば、赤金までは容易くいかれると思います。それで、これからはどうするのですか?」


「まだ何も……」


「御困りでしたら、是非私を頼りにオリバー城までお越しください。何かと御力になれると思います」


「助かります、何から何まで」




 これから懇意に接する人物が増え、色々動きやすいと思いながら仲良くさせてもらおう。すると、ツバキが俺の肩をつついてきた。




『なぁ、ケイア。そろそろ飯にしないか?』


「そうだね。仕事は明日からにして、今夜は森で寝ようか」




 そんな会話を繰り広げていると、フェヒターさんが慌てたように先程の話を聞いてきた。




「ケイア殿は、モンスターと会話が出来るのですか?!」


「そうですけど……何か?」


「ウチにも同じ種族で話せる者は居ますが……モンスターは人語を覚える必要があるのです。理性が働かない魔獣となると難しいです。ですので、それはご自身の特殊能力となります。聞いた事はありませんが……。そうだ!」




 フェヒターさん思いついたように、手を鳴らしながら興奮気味に語り始めた。




「その能力を活かして、になられるのはどうでしょう?」


「テイマーですか?」


「テイマーは主に、散策時に気に入ったモンスターを状態異常で捕まえ、使役させる。ですが、懐くまでの時間が多大な時間を要するので人気はあまり無いのです。ただ、ケイア殿であれば言語を介する事が可能なので適職だと思います」


「へぇ~」




 あまり実感が湧かないが、その選択肢もありだ。自分の個性を活かせるのであれば、これ以上の職業は無い。


 考えながら顎に手を当てていると、フェヒターさんが袋を取り出して俺の間に差し出してきた。




「これは?」


「僅かばかりの御礼です。この資金で今日の宿泊を検討されては如何ですか? それから、今晩の食事も私が奢らせて下さい」




 まさに至れり尽くせり。日が傾いてきた事もあり、俺達は誘わるがままフェヒターさん行きつけのお店へと向かった。


 暫く建物の景観を眺めながら歩いて数十分、この国がどれだけ広いかが分かる。


 お店が立ち並ぶ場所から一向に抜けない。それだけこの場所が活気で賑わっている証拠。


 そしてフェヒターさんが立ち止まり、看板を指さしながら紹介する。


 


 名前は爽やかで清涼感のある店名だが、お酒と食欲をそそる匂いが溢れる。名前に似つかわしくない程、野性的な匂いが漂っている。


 店内に入ると、さらに料理の匂いが辺り一面に広がった。ここまで何も食べていなかった為、今ならどんなものでも食べれそうだ。


 丸いテーブルに腰掛け、メニュー表を開く。


 ここで何故、店名が果実の森なのかようやく分かった。お酒の種類の殆どが、果実酒で構成されているからだ。


 取り敢えずお酒は飲まないとして、一番人気のメニューを注文する事にした。


 そしてツバキは、この店で大きな肉料理を注文してフェヒターさんは野菜スープを頼んだ。




「すいません、お金だけじゃなく料理までご馳走して頂いて……」


「ケイア殿が気に病む事ではないです。それに、少し聞きたい事がございまして」


「はい、何ですか?」


「村が襲われた日。ドラゴンの姿を見ていないか、確認をしたくて」


「鳴き声を聞いたのは間違いないと思うのですが、見る事は出来なかったです……」


「そうですか……。……まぁ、気を取り直してたくさん食べましょう!」




 あの咆哮は間違いなく、ドラゴンの唸り声。聞き間違う以前に、あの村の散々たる光景を目にすればドラゴンである事は明白。


 俺はまた、あの時の光景を思い出した為、首を深く落とした。俺を気遣ってフェヒターさんは、肩にて置きながら励ましてくれる。


 平静を装いながら大丈夫だと言うタイミングで料理が運ばれてきた。


 俺が頼んだ看板メニューは、ミンチした肉のボリューム満点のハンバーグ。ツバキはその名の通り、巨大な肉を丸ごと焼いたような見た目。そしてフェヒターさんは、ウチの村でも馴染みのあるニンジン、ジャガイモ、タマネギ、それから手羽先。



 美味しそうな料理が並べられ、先程の事は忘れようと首を横に振りながら口にする。


 ナイフで切り分けた瞬間、中から肉汁が溢れて出てきた。堪らず口に運ぶと、肉の甘みが広がり続けてホロホロと繊維が解ける。これだけの料理を美味しく作れる料理人さんは、そうそう居ないと感謝を伝えながら食す。お店で食べた事ないけど……。




「そう言えばケイア殿は、どんなモンスターが好みなのですか?」


「あぁ……」




 考えた事も無かった。


 父さんがだった頃に、探索時に見つけたモンスター全集を読み漁ってたけど、大体好きだったから考えた事は無い。


 顎に手を当てながら考え、好きなモンスターを頭の中で想像した。


 その本にも、珍しいモンスターが記載されている。それこそ、伝説級や稀少種に至るまで様々。


 ただ、今一番好きなのは――。




「オーガ、ですかね」


「ほぉ……」


『え、何……?』


「何でも無いよ」




 ツバキは返答しつつお構いなしに、自分の料理に齧り付いている。


 コイツがいなかったら、俺は今頃ゴブリンやオークの餌になっていただろう。感慨に耽っていると、フェヒターさんはある人物について触れた。




「話は変わるのですが、もし詳しくモンスターに知りたいのであれば、という女性を尋ねるのが良いでしょ」


「どんな人なんですか?」


「蛇使いという異名で、この国で知らない者はいません。その方であれば、ご教授頂けるかもしれないですね。ですが、彼女は放浪癖が強くて見つけるのが難しくて……。何処にいるのやら……」




 ヴィクトリア・レイリー。名前からして、とても気品に溢れる女性なのだろう。一度会ってみたいが、何処にいるか定かでは無いとなれば自分で探すほかない。


 本で読んだ種類を覚えたとはいえ、モンスターの生態などは分からない。


 今から探す相手が、どんな人なのかワクワクする。


 そんな模索をしている最中、フェヒターさんが店員さんに飲み物を注文。そして店内を何となく見渡す素振りをしてから、大きな声が店内に響き――。




「あぁっ!? ヴィリー!!」


「かんぱーいぃ……ひっく。うぃ……」


「誰…………?」


『ん……?』





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