第2話 悲痛な叫び



 ツバキと二人で歩き続けて早数時間。


 目的も定まらぬまま、ダラダラと森の中を彷徨う。家族を全員失った悲しみは、数時間では消えない。


 時より無心でいると、母さんやイアの顔が勝手に脳裏に浮かぶ。その度に涙が溢れ、ツバキを困惑させていた。


 ツバキも面倒見のいい一面があり、その都度体調を気にして休ませようとしてくる。彼女なりの優しさなのだろう、その温もりも、かえって俺の心を締め付ける。


 大人だ。


 ここまで優しくしてくれるモンスターとは、出会った事が無い。俺はモンスターとは言葉を交わせるが、普通の人間には聞き取れない。


 知能が高いモンスターであれば、人間の言葉を覚えて普通に共同で暮らすことが出来る。知能という点では、ゴブリンやオークにも存在するのだろうが、モンスター好きなだけの俺にとっては分からない問題だ。



 兎に角、この場で集団のモンスターと出くわす事だけは避けたい。俺には回復出来る事と、モンスターとの会話が出来る事だけだ。


 役に立つ事なんて、一つもない。一人も……。




『ケイア、止まれ……』


「ツバキ、どうかしたか?」


『ゴブリンだ、囲まれてる』




 辺りを見渡すと、数十体のゴブリンが刃こぼれしたナイフを持っている。


 ここの森では見た事がない、ドラゴンの影響で逃げてきた?。




『来るぞっ!』




 ツバキが叫ぶと同時に、一斉にゴブリンが飛び掛かってくる。




『ニンゲン、ウマソウッ!』

『ニンゲンノ、ナマニクッ!』




 その言葉に俺は体が自然と竦み、その場で屈んでしまった。すると、風を切る音が耳を掠め、同じタイミングでゴブリンの奇声が聞こえる。


 ツバキの回し蹴りが数匹に当たり、絶命。




「ツバキって、もしかして強い?」


『ゴブリンに遅れは取らない。因みに、オーガの中でも強い方だし』




 そう言いながら次々とゴブリンを撃破し、鬼人の如き戦いぶりに逃げ出していく。


 その姿に夢中でツバキに視線を移していると、後ろから引っ張られる感覚。首を強く捕まれる衝撃に驚き、首が締まる。


 それを必死に緩めようと服に手を掛け、何とか呼吸を取る。


 俺が引き摺られる最中、ツバキは必死に呼び掛けた。




『ケイアッ、ケイアッ!!』




 ツバキは顔を歪ませながら叫び、俺を助けようと走る。その際もゴブリンが障壁となり、近付くことが出来ない。


 俺も死にたくない一心で、服を何とか引き千切ろうと踠く。


 そして何とか拘束から逃れ、転がりながら体制を整えようとした。勢いが強すぎたのか、慣れない衝撃に咳が出る。


 咳き込んでいると、目を光らせながらボブリンたちが近付いてきた。俺はダメだと目を瞑り、家族の顔を思い浮かべながら覚悟を決める。


 その瞬間、彼女の声が響き渡る。




『近付くなぁぁぁぁあああっ!!』




 声と共に地面が揺れ、ゴブリンたちの奇声も一斉に止んだ。俺は恐る恐る瞳を開き、目の前にツバキの顔が飛び込んできた。




『ケイア! ケイア! 大丈夫?!』


「う、うん……平気」


『よかった……』




 ツバキは俺を抱き寄せ、強く抱き締める。彼女の表情は俺が幼い頃に、森で遭難して叱られた時の母さんと同じ。


 俺はまた、彼女の胸中で泣いた。彼女の優しさに触れる度に、母さんと重ねてしまう。決して、そんな目線で見てはいないはずなのに、心が荒むとこうなるのか。



 ゴブリンとの争いで傷付いたツバキを気遣い、しばらく休むように提案したが彼女は夜になるまで休めないと語り、先を急ぐ事となった。


 森を抜け、断崖に辿り着くと、その下方向に村が見える。よく見えないが、立ち上る煙が目視で確認できる。ということは、誰か村に住んでいる。兎に角、俺は村まで一気に下山しようとツバキに提案した。



 だが、彼女は少し怪訝な顔をしながら何も答えない。




『…………』


「ツバキ、どうかしたの?」


『ケイア。明日の朝、あの村に行くよ』


「ど、どうして?! もう目の前なのに……」


『どうしても。下に降りるのも、明日の方がいい』




 ツバキはそれ以上、何も言わずに木の枝と枯葉を集め始めた。俺には何故ダメなのか全く分からない。


 助け出された故に強く言い出せるはずもなく、一緒になりながら枝を集める。


 日が傾き始め、火が起こせるほどの枝を集めて火種を作る。数十分後、焚火が完成し、近場で獲れる木の実を揃えて夕食に備えた。


 ツバキは生息しているウサギを捕まえ、捌いて木の枝に突き刺す。三匹、焼き加減を見ながら火の様子を見る彼女。


 俺も木の実や果物を地面に置き、ツバキにも数種類分け与えて夕飯に備える。


 ツバキの方も肉が焼き上がり、自分の果物を口に運ぼうとした。だが、お腹か減っているはずなのに動作が重い。


 そんな俺を見兼ねてか、ツバキがウサギを差し出してくる。




「ツバキの分だから、食べなよ」


『何のために捌いたと思ってるの……。これはケイアの分。肉でも食べないと元気が出ない』


「だから、捌いてくれたの?」


『アタシはそのままで食えるけど、ケイアはそうじゃないから』


「ありがとう……」




 ツバキに促され、少し食欲が出てきた。


 こうやって外で食べるのは、何年振りだろう。いつもは家での食事が主で、母さんの作ってくれる料理を食べる。二人が居なくなって、こんな食事はもう無いと思っていたが、ツバキのお陰でご飯が食べれている。



 そう思った瞬間、また涙が溢れた。頼りない姿ばかり見せている事に申し訳なく感じているが、ツバキは全くそんな様子は無かった。


 泣いている俺にもう一本、肉を差し出してくれた。


 二本も食べたお陰で、お腹も膨れて少し元気が出てきた。徐々に眠くなり、瞼を擦っているとツバキが早く寝るように促す。




『火元は見ておくから、ゆっくり寝な』


「うん、おやすみ」


『うん、おやすみ……』




 俺は地面に寝ころび、目を瞑っている間に眠りに落ちた。




























 翌朝、日の出と共に目覚めた俺は体を伸ばして辺りを見渡した。目を開けた先には、焚火に木をくべながら調達してきたであろう動物の肉を、昨日のように焼きている。




「おはよう、ツバキ。寝てないの?」


『この状況じゃ寝れないしな。それに、一日くらい寝なくても問題は無い』


「ありがとう……」




 早速起きて食事にしようと言われ、焚火の前に座りながらツバキの方を見た。太腿辺りから血が流れ、出血が止まっていない。




「どうした、これ?!」


『あぁ、ゴブリンの残党が残ってたんだろう。狩りの最中に、後ろからやられてね……。対した事ないから―――』


「見せてっ」




 俺は透かさず、彼女の足を延ばすように指示をして楽な体勢をとらせる。そこから治癒魔法をかけ、傷口を治していく。




『また、助けてもらったね……』


「助けてもらってるのは、こっちの方だよ」




 治療も終わり、二人は朝食を食べ終えて、近くの村に向かう事にした。下山して真っ直ぐの道を進むだけの為、林を抜けて村が見え始める。


 煙が立ち込め、労働が盛んな村だと思ったが雲行きが怪しくなる。


 遠目では分からなかったが、家屋が崩れている事に気付く。そして辺り一面に、昨日自分の村が焼かれた時の臭いとよく似ている。




『やっぱり……』


「ツバキ、知ってたの?」


『人間よりは視力もいいし、鼻も利く。それに昨日行かなかったのは、野盗の危険性もあったから』




 近付くにつれ匂いが徐々に濃くなり、鼻が捻じ曲がりそうだった。どうしてこうなったかは分からないが、焼け跡から推測するにだと思われる。



 黒焦げで分からないが、道には沢山の黒い物体が転がっている。恐らくドラゴンから逃れるために逃げ惑い、襲われたのだと思う。


 ここで何か得られると思っていたが、同じように被害に遭った村を目の当たりにし、再び絶望に叩き落とされた。




「他の村もこの有様じゃ、国も被害に遭ってるかも」


『そうかもしれないね。……何か来る』




 村の関所から足音が聞こえ始め、ここに向かってきている。ツバキが構えていると、身なりの悪いが五人押し寄せてきた。


 俺達を見るなり、薄ら笑いを浮かべている。




「おい、あのオーガ」

「あぁ、仕留め損なったオーガだ」

「あの一本角、言い値で売れそうだぁ……」

「ガキはどうします?」

「女ならともかく、男じゃ話にならねぇ。殺せ」


『ケイア、下がって!』


「う、うん……」




 盗賊たちは俺達を囲い、少しずつにじり寄ってくる。そして一人目が飛び掛かり、短剣を足下に目掛けて斬りかかる。


 ツバキは紙一重で避け、男を蹴り上げた。オーガの脚力の為、一発で瀕死になる。一人が泡を吹いて焦ったのか、男達は次々に襲い掛かる。


 だが、ツバキは俺を庇いながら盗賊たちを掴んで投げ飛ばしていく。投げ飛ばしている最中、ヒュッと言う音が聞こえた。


 横を向いた瞬間、矢が目の前に差し迫っている。避けようと足掻くが、恐怖が勝り、躱すことが出来ない。


 ダメだと思ったが、目の前に赤い手が遮り、間一髪でツバキに助けられた。その助けられた手からは、赤黒い血が滴ってくる。




『ぐっ―――!』


「ツバキッ!?」


「何故、子供を助ける!! そんな荷物、ここで捨てていけっ!」


『うるっせいぇぇ! クズがぁぁぁっ!!』




 その咆哮と共にツバキは、全力で相手に近付いて矢の刺さった拳で一撃を放った。男は勢いのまま飛んでいき、白目をむきながら倒れる。


 俺は怪我をした箇所に治癒魔法をかけ、穴を塞いだ。まだ敵は潜んでいないか辺りを確認してこの村から出ようと一先ず決める。


 立ち去ろうと踏み出した時、また足音のようなものが聞こえると、ツバキはまた身構える。今度は蹄のような音がする為、モンスターと断言する。


 森から抜けてきたのは、ケンタウロス族とそれに跨る人間だった。


 鎧に身を纏い、隊列を為して次々と現れる。そして隊長格である男がケンタウロスから降り、俺達の前に出て来た。




「その子供から離れよ、オーガ。それとこれは、貴様がやったのか」


「ち、違います。ツバキは俺を守って―――」


『下がってろっ、ケイア!』


「今すぐオーガを取り押さえろ!」




 俺はツバキを何度も呼び止め、兵士に抵抗した。十五で子供、何の訓練もしてこなかった体では何も対抗できない。


 ツバキは兵士に拘束され、膝をついて顔を地面に押さえつけられた。俺は必死に踠き、何とか誤解を解こうと先程の分隊長に申し出る。




「ツバキは……あのオーガは悪い事なんて一つもしていませんっ……。お願いです、信じて下さい……」


「少年、物事には順序というものがある。横たわっている者たちが、この村の住人だと言う可能性が十分にある。それに加え、このオーガが仮に少年の所有物であるならば、共犯者として傷害事件と同罪とみなされ、我が国の法によって裁かれる。幸い、契約の紋は確認できない為、その線は薄いだろう。兎に角、我が国に来ていただく」


「ツバキは、どうするんですか?!」


「死体の有無を確認し、所在が明らかになれば開放する。一般市民であれば、悪いが極刑だ」




 そう告げられたと同時に、二人を亡くした事を思い返す。出会って日は浅いが、知らない仲ではない。


 家族を亡くした俺に、常に寄り添ってくれた


 またここで失うかもしれないと、悪い方に考えてしまう。俺はそのまま隊長のケンタウロスに同乗し、連行される事となった。


 俺は連れて行かれる際に、ツバキの方を見た。


 ツバキも同様、苦しい表情で俺を見つめている。辛い、とても辛い。


 失って失って。これ以上、何が欲しいのだろうか。神がいるなら応えてくれ、これ以上の贖罪に何を欲するのか。


 




 

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