仲間との出会い
第1話 予知夢
『主……。今なら逃げられるから、早くっ……!』
「でもっ……!」
『私なら大丈夫。だから、離れてっ……!』
またこの夢だ。
もう何度見たか分からない、この夢。必死に呼び掛けるのも何回目だろう。霞んだ彼女の後ろ姿を眺め、守られているこの光景。
何度も見たから分かる。次に何が起こるか、彼女がどうなるか。
『もう、守り切れないっ……。くっ……!』
「うわっ!?」
悟った彼女は俺を吹き飛ばし、後方へと追いやる。
直ぐに顔を上げ、彼女の姿を捉えようとした。
その瞬間、彼女は自分の方を見て、にこやかに笑っている。そして彼女は、何かを発しているようだった。
『――』
「え……?」
聞き取ろうとするが、全く聞こえない。距離が遠いからとか、そういう問題ではない。必ず言葉を遮るように、ノイズが走るからだ。
そして俺には何も伝わらないまま、彼女は蒼い炎に包まれ、跡形も残らずに砂漠の大地が広がる。
何故か哀しみの感情が溢れ、コントロールをすることが出来なくなった俺は、ただその場で泣き叫ぶ事しか出来ない。
また同じ夢を見た。
清々しい朝に似つかわしくない、最悪の夢だ。
最近になって同じ夢を見るようになり、俺の心は憔悴しきっていた。見ないように努めていたとしても、寝る事には抗えない。その様がこれだ。
これが家族だったらと考えると、恐ろしくて想像もしたくない。
取り敢えず顔を洗って仕事に向かおう。
「にぃに、おはよう!」
「ケイア、黒い髪がボサボサだよ。それに随分、汗かいてるけど大丈夫?」
「寝汗かいただけ。イアと母さん、おはよう」
「おはよう。ケイアにイア、畑に水やりと薬草取ってきてちょうだい」
「はいはい……」
「は~い!」
俺は妹のイアを連れて、朝の仕事始めをする。これが俺達の日課で、この小さな村で穀物や野菜を育てながら暮らしてる。
取り敢えず水やりを終わらせ、薬草を取りに行く事に専念しよう。
生活の基盤である、野菜に水を与えて、今度は薬草採取に乗り出し、イアと手を繋ぎながら向かった。
「にぃに」
「どうした?」
「お父さん、いつ帰ってくるの?」
「…………。お父さんは少し遠い所に行ったから、帰ってくるまで時間が掛かるんだよ」
「そうなんだ~」
妹には適当にはぐらかし、薬草が取れる近辺に到着した。持ってきた籠に薬草を入れ、半分くらいまで詰め込む。
もう少しで仕事が完遂出来るとこまで持ち込めたが、妹のイアはまだ幼い為、薬草集めをほったらかし、遊び始めた。
俺が十五でイアが五歳の為、仕方が無い。
さっさと作業を終わらせて家に帰ろうと黙々と進めていると、イアが突然悲鳴を上げる。
後ろを振り向くと、オーガが血を流しながら木の側に寄りかかっていた。俺は直ぐイアを抱きかかえ、距離をとった。
そしてオーガが、弱々しい声で何かを伝えようとしてきた。
『……何でもいいから、食べ物……』
「食べ物? ちょっと待ってて」
「にぃに、何してる?」
俺は兎に角、食べ物が無いか探し、自分の入れ物を弄った。
薬草採集に時間が要する際に母さんに持たされていた、パンを取り出してオーガに手渡した。
オーガはそれを夢中に貪り、食べ終えたモンスターは俺をずっと凝視する。
「どうか、した……?」
『言葉が分かるのか?』
「まぁ、物覚えが付いた時から分かるけど……。これってそんなに凄い?」
『普通の人間にそんな芸当は出来ない。それが出来るなら、こんな事にはなってない……』
「……?」
オーガは俯きながら答え、暫く暗い顔をしていた。何故そんな表情するのか分からなかったが、俺は気になっていた傷跡の手当てをしようと試みる
「その傷、治す?」
『いい……。どうせ自然に治る』
「病気になるから、ちょっと待ってて」
『はぁ……』
溜息をつくオーガを尻目に、粗悪な薬草を手に取り、包帯と一緒に腕に巻き付けた。
それから同時に治癒魔法をかける。
『お前、魔力があるのか……?』
「親は驚かなかったけど、町から来る商人は驚いてたね」
『あのなぁ……。まぁ、いいか……』
何か諦めたように、先程より大きな溜息を漏らした。
それから俺は他にも怪我が無いか、体を手繰り寄せながら隅々まで触る。赤い皮膚で、ゴツゴツとした感触に黒い髪と、真新しさを感じ、夢中になっているとオーガに押し退けられた。
『あまり触るな、アタシも女だぞ!?』
「あぁ、ごめん。つい夢中に……」
少し気まずい空気になって暫くすると、イアがオーガの膝の上に座る。諫めようとするが、イアは言う事を聞かず、初めてのオーガに燥いでいた。
「かたーい!」
『これは、お前の子供か?』
「妹、兄妹だよ」
『妹か。いいな……』
オーガは笑みをこぼしながらイアを抱きかかえ、頭上より高く掲げた。
その光景を微笑ましく眺め、作業に戻ろうとした時、大勢で草木を掻き分ける音が聞こえる。
こちら向かってきている事が分かった俺は、どうしようと狼狽えていると、オーガの声で我に返る。
『アタシの背中に隠れろ!』
オーガの巨体に身を隠しながら、外敵が何なのか、イアを抱きかかえて待つ。
恐々としながら震えていると、オーガが手で包み込むように体を寄せてくれた。その体温に安心したのか、俺の震えは一瞬で止まる。
そして近付く音が、より鮮明に聞こえ始めた時、見知った面々が集まり始めた。
「おじさん達じゃん!」
「ケイアか! イアちゃんの叫び声が聞こえたから、飛んできたんだ。大丈夫か?」
「うん、全然大丈夫。寧ろね、このオーガとっても優――」
「オーガだ!!」
説明しようとした時、一人の男性が反射するように叫んだ。
その言葉につられるように、オーガを目にした各々は農具を構え始める。
「ケイア、そいつから離れろ!」
「大丈夫だって。怪我してお腹も空いてたから、むしろ助けてあげただけで――」
「オーガってのは、噂じゃ人間を喰うらしいじゃないか!? ケイアはモンスターの声が聞こえてるらしいが、俺達はそいつが恐ろしくて仕方がない!」
弁明しようとするが、彼らは全く聞き耳を持ってくれない。オーガに目配りをするが、悲しい表情を浮かべたまま、首を横に振った。
『森に帰るよ。治療してくれて、ありがとう』
「ま、待ってよ――」
寂しい後ろ姿を向け、オーガはそのまま森の方へと帰って行った。
その後は大人たちに家まで送られ、帰宅した。帰りの道中も、誤解を解こうとしたが、大人は聞く耳を持たず、子供の幻聴だの一点張り。
納得がいかないまま、イライラした状態で帰りの挨拶をする。それに気付いた母さんは、何があったのか聞いてきた。
「ケイア、何でそんなに怒ってるの?」
「オーガと友達になれそうだったのに、おじさん達に邪魔された……」
「……そっか。ケイアはモンスターと話せて、どんな気持ち?」
「楽しいし、嬉しいけど……?」
「じゃあ、それでいいんじゃない? ケイアはやりたいようにする事が、お母さんは嬉しいかな」
「……?」
母さんが何を言いたかったのか分からなかったが、少し落ち着くことが出来た。その後は夕飯を食べ、あの時のオーガともう一度出会えないか考える。
俺は一つ楽しみが増え、明日に備えて寝床に就いた。
夢は唐突に始まる。何の突拍子もなく、ただひたすら長い絵を見せられる。
今度も同じ夢を見るのだろうと、達観しながら始まりを待った。
だが、違った。今見ている光景は、あの時のオーガと歩いている夢。手を繋ぎながら、ただ森を歩いている。
今日起きた出来事が印象を映し出していると思い、俺は感慨に耽っていた。ふと俺は、彼女の顔を見る。
しかし彼女も同じタイミングで振り向き、目が合う。一瞬驚くと彼女は気にしていない様子で、慈愛に満ちた顔と声色が包み込み、言い放った。
『大丈夫だぞ、――。アタシが付いてる……』
大丈夫の後が聞き取れない。いつも夢を見る時と同じ、ノイズが走る。あの子も笑顔で何かを告げて消え、このオーガも俺に笑いかけてきた。
何なんだ、この夢……。何なんだっ……。
そして目が覚め、朧気ながら今夢見た光景を思い出しながら模索する。
ただ考えていて気付かなかったが、まだ朝日が昇っていない。だが、空の色が変わり始めて黒から青色、薄緑から橙色に移る時間だ。
夜かと思った俺は、もう一度寝ようと試みようとした時、窓の外に緑色の玉が浮かんでいる事に気が付く。隣で眠るイアを起こそうと体を揺さぶる。
「イア、あれなんだ……?」
「まだ眠いよ、にぃに……」
睡魔に負け、妹は何をしても起きようとしない。仕方なく妹を諦め、俺は緑の光の正体が何なのか追う事にした。
光の玉は森の方へと入り込み、奥まで進んで行く。本来であれば、夜行性のモンスターがまだ徘徊しているこの時間帯に出歩くのは危険だが、あの正体が気になり始めた俺は、好奇心を抑えられなかった。
そして進むにつれて、俺はある違和感を覚える。光がどんどん強くなっている事に気が付き、歩き進めた。
そこには大樹を囲むように、無数の光の玉が群がっていた。
色は様々で、数えきれない程の球体が空を飛んでいる。同時にそこから、小さい声が聞こえてくる。
『ここも焼かれるの?』
『――が暴れてるらしいよ?』
『迷惑だよね。これで何回目だよ……』
それは無数の妖精だった。話し声は所々聞き取れなかったが、焼かれるとは聞こえた。
どこが焼かれるのだろうと考えていると、村の方から地響きのような音と共に全体が揺れる。
そしてその場が明るくなる程の火柱が当たりを照らし、猛獣の雄叫びが聞こえた。
ドラゴンだ。
雄叫びと同時に、妖精たちは散り散りに逃げて行った。
そんな事より、イアと母さんは……。
そんな心配を胸に、俺はその場から駆け出し、村の方へと向かった。ドラゴンが来た事なんて一度も無い。
ましてや他の村と比べると、この村はモンスターに襲われる確率が低い。それなのに……。
村に近付くにつれ、焦げ臭いにおいと嗅いだ事の無い異臭が立ち込めてきた。心の中で思いたくもない事を想像しながら、そんな事は有り得ないと頭を振りながら払拭する。
森を抜けて立ち止まると、そこは黒い炭が周りを覆いつくしていた。何が何処で、何処に何があるのかさえ分からない。ドラゴンも居ない。
徐々に太陽が昇り、恐らく自分の家であろう家屋を見つけた。
そこには黒い何かが、何かを守ろうとした物体が二つある。朝日に照らされ、ようやく分かった。
イアと母さんだ。
俺はその場で膝を落とし、泣き崩れた。
「――ッ」
背中に暖かい光を感じながら、俺はひたすら咽び泣いた。
こんな一瞬で家族が居なくなった事に、悔しさと虚しさが込み上げる。父親を早々に亡くし、唯一の二人までも先立たれた。
子供である俺に、これから先どうしたらいいのか。
考えても仕方ない、全員いなくなったのであれば、いっそのこと俺も……。
そう考えていると、背中を擦られた。温かく、そして大きな手で。振り返ると、昨日のオーガが悲壮な表情で、ただ眺めていた。
行き場を無くしていた感情を、オーガに抱き着いてぶつけた。また、延々と泣いた。
「――ッ」
『大丈夫だ……』
その後は暫く、オーガに慰めてもらい、この場は危ないと諭されて焼けていない森の方へと歩き出した。
手を握られながら言葉を交わさず、目的も無いまま歩き続ける。気まずくなったオーガは沈黙を破り、今後どうするのか聞いてきた。
『どうすんだ、これから』
「わからない……」
『そう言えば、名前聞いてなかったな。何て言うんだ?』
「ケイア…………。そっちは……?」
『無いよ、名前なんて』
会話が続かず、またもや沈黙。それでもオーガが、俺を元気付けようとしてくれている事は伝わる。
暫く歩いていると俺は何故か既視感を覚える。それは、今朝見た夢に酷似していたから。
そしてオーガは、俺の髪を搔き回しながら、顔を向けてこう告げた。
『大丈夫だぞ、ケイア。アタシが付いてる……』
あの夢と同様、あの表情と全く同じだった。それで俺はつい本音が出てしまった。
「予知夢だったら、もっと早く助けろよ……。くそ……」
『予知夢? 何の話だ?』
俺が不貞腐れていると、オーガはまた髪を撫でてくれた。このままでは申し訳ないと感じた俺は、取り敢えずオーガの名前を考える。
このままオーガと呼ぶのも言いずらいし、呼びにくい。何がいいか悩んだ末、あの名前にしようと思いついた。
「君の名前、思いついた」
『聞こうか』
「ツバキ」
『理由は?』
「犬の名前」
『お前のペットになった覚えはねぇ!』
名前も決まり、今後の事を考えるのは億劫だが、前進するしかない。あのドラゴンが何なのか、目的はあるのか。探っていかなければならない、このツバキと。
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