第10話 仮想転移
◆◆◆
学徒衝杖≪レ・バルテ≫。
フェルマータ魔術学院に伝わる決闘方法で、生体痛覚を伴った仮想空間上における殺し合いである。
『殺し合いなんて物騒な。』
なんて思うかもしれないが、それも同然、この学院、元々野蛮校なのである。
学院の歴史は創立千五百十三年と長く、祖国の国立研究院に並ぶ古さ。
しかし、その授業形態が問題で、当時より貴族・平民・王族・その他全ての人種を受け入れており、かつ全学共通授業を実施していたのだ。
何がまずいって?
それは、生徒同士で価値観が違いすぎることだ。
宗教も、風土も、文化も、話す言葉すら異なる彼らは、当然衝突を繰り返す。共同生活をする以上、相手を避けることもできないため、敵を殲滅するまでその憤りは納まらない。
おまけに魔術という攻撃手段も与えられるとあれば、行きつく先は殺し合いである。
この学徒衝杖もその流れを汲んでおり、当初より終了条件は、決闘当事者の宣言する特別制約を除けば、『全面降伏』か『相手の死』のみであり、百数年前までは仮想空間ではなく本当の殺し合いだったらしい。
傍から見ている分は最高の娯楽になったんだろうが、流石に王立学院がこれではまずいという話になり、決闘に、賭け事、つまりゲーム性を持たせる工夫がされ、それによって価値観の衝突は個人の損得に置き換えられていったのだ。
また、これにこりた学院は、学徒衝杖≪レ・バルテ≫賭博を現代においても許可している。つまるところ、この決闘は閉鎖環境において不満を高める生徒たちの絶好の娯楽であり、最高のエンターテインメント他ならない。
そうなれば、この『学徒衝杖≪レ・バルテ≫』が宣言された大講堂にいる面々は目を輝かせるわけで、
「ぶちころせぇ!!!」「クソみてえな、単科生を丸焼きにしろぉ!!」
周りのオーディエンスたちは私を逃がしてはくれないわけである。
◆◆◆
「ユカリ・フジサワとリアンの学徒衝杖≪レ・バルテ≫は間もなくですっ!」
「はぁった張ったぁ!!!オッズはユカリ・フジサワが九、リアンが一だよぉ!」
胴元を担当する生徒のがなり声が、大講堂の中央舞台に立つ私の元まで聞こえてくる。
舞台を取り囲む受講席はいまや観客席。
生徒たちはポップコーン片手に観戦モードであり、誰が用意したのか周囲には色鮮やかなバルーンまで飛び交っている。
おまけに、呼び込みのせいだろう。
受講者以外もやってきているようで、立ち見の生徒まで出始めている。
これでは、もはや、見世物小屋の動物でしかない。
「そこで見守っていてね。」
「うん。気を付けて...!」
正面に視線を戻すと、もう片方の舞台端で、私の妹とサイドテール少女が話し込んでいるのが目に映った。
二人は軽く抱擁を交わすと、こちらの視線に気づいたのか、少女は毅然とこちらを睨みつけてきて、妹は舞台袖で何やら落ち着かないようにおろおろと視線を動かしている。
なるほど。
さながら、あちらは騎士と姫で、いうならこちらが悪者か。
「これより、学徒衝杖を実施いたします。」
などと、ニヒルに考えていると、私とサイドテール少女の間に起立した白ドレスの女の子が、宣言文を口にした。
「汝らの要求はこの箱の中に。一回生監督官エッラの名において保管します。」
監督官...つまるところ今回の決闘のジャッジを務める彼女の言葉は不思議と狂騒の中でも耳に通る声であった。
その異様に説得力のある声に、周囲の生徒たちも、水を打ったかのように一気に静まり返っていく。
ちなみに、この騒動のもう一人の元凶。
授業を私物化した我が師匠は私の視界端でニマニマ何やら満足そうに笑っている。
遅れてきた師匠に私が『授業を始めましょう』と歎願したが、『学徒衝杖の方が面白くない?今日の授業は決闘だぁっ!』と弟子である私を売ったのだ。
というか、受講者数千人は超える授業だぞ?
大丈夫なのか?本当に、それで。
「特別制約は『術式攻撃のみ』。異論は?」
と白のドレスを着た幼女がこちらに首をかしげてきた。
もうここまで来たんだ。異論はない。
少女をぶん殴る趣味もないし、もうボディーブローを食らうのも散々だ。
魔術学院らしく、術式で勝負を決しよう。
「ありません。(ないわ。)」
「では、展開。」
私たちの応答を聞くと同時に、彼女の手に握られた懐中時計の蓋がパチンと閉められる。
瞬間、まばゆい光が周囲を照らす。
眩しそうに手をかざす私とサイドテール少女を無視するように、その光を中心にして、世界に亀裂が走っていき、その亀裂が天井に届くや否や、無機質なブゥンという音共に、大講堂は灰色のレンガに覆われた遺跡のような空間に変貌した。
流石にこれには、周囲の生徒も驚いたのか、『おぉ』やら『ナニコレッ!』みたいなくぐもった声が聞こえてくる。
仮想転移。大規模展開術式の一種である。
そして、
「状況、開始。」
続く、監督官エッラのコールに従って、私と少女の学徒衝杖が始まったのだ。
さあ、大人げないが私の本気をみせてやろう。
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