第3話後編 生き延びるため学園に侵入するようです(後編)

◆◆◆

 数刻前、オリデンス神聖帝国から西へ一万四千数百キロ 異国イタヴォル某所。

 冒険者ギルド店内。


 生きていくために、私がギルドへ冒険者登録をしようとした時だった。


 「打ち漏らすんじゃないわよおぉ!!」「「姉御、合点です!!」」

 血管がぶちぎれるんじゃないかというほどの受付嬢の大絶叫と共に、店先、そこから続く街道やらあちらこちらの半鐘が鳴り響く。


 カンカンカン、カーン。


 惚けている間に、私は鐘の音と共に集まった市民と銃器の群れに包囲されていた。


 「目標化け物、標的、眼前の魔族!放てぇ!!!」


 鬼気迫る鬨の声がしたかと思うと、四方八方から機関銃の一斉掃射が始まり、私に銃弾が襲い来る。


 まさに、弾丸の雨あられ。

 流石にこうなっては、誤解を解くことも何もできまい。


 たまらず防御結界をはって、私は地下道へ逃げ出したのだった。


◆◆◆

 その後は、もう無我夢中である。

 衣装自体は先ほどまでの黒の儀礼服のままだったが、靴をどこかに落としてしまったようで、薄汚れた地下道で歩を進めるたびに臓物のような、ぐちゅぐちゅとした物体を踏み抜く感触が足を襲ってくる。


 おまけに、魔族へ生まれ変わった影響なのか、髪は黒と緑の間ぐらいに、身体は縮み、背中には翼、頭には角が生えており、バランスがおかしくて仕方がない。


 それでもどうにか目の血走った追っ手を振り切り、下水の案内板に目を向け、どうやら先ほどから逃げ回っている場所は、オリデンス神聖帝国域外であると理解したのは、一時間も後のことだった。


 察するに、排斥結界の影響で異国へ飛ばされたのだろう。

 加えてその案内板には、前世の私の顔写真に、荒々しく赤ペンキで『×』が殴り描かれたポスターがいくつもあって、見ていて気分の良いものではなかった。


 とにかく、このままの恰好では破傷風や感染症の恐れがある。

 そう思って地上に上がり、近くの公園に置かれた散水機で身体を洗い流していると、一軒の店の看板が私の眼に飛び込んできた。


 『ライトバン呉服店~フェルマータ魔術学院御用達~』


 よくよく見ると私の服はボロボロで表で歩けそうにはない。

 一先ず、代わりの服を求めて、この店に入ることにしたのである。


 木製の分厚い扉を開いて、ほっと一息落ち着いてみる。

 幸い、店主は留守のようだった。

 まず最優先に魔族の特徴である翼と角を隠すため、フード付きの外套をお店から拝借する。その後、ズボンとシャツ。それに加えて、靴下を――


 などと惚けている余裕はなかった。


 「近くにいるぞ、見つけ次第殺せ!」「はっ!」


 店先から聞こえてくるのは野太い声と金属音。


 どうやら周囲を抑えられているらしい。

 仕方がないので、折りを見て、近くの賊木林へ逃げ込んでみる。

 とにかく、奥へとにかく奥へと足を進め、行く手を阻むように数層にわたって展開された結界をこじ開けると、そこは切り立った崖になっていた。


 「警告。」

 と何やら怪しげで無機質な声が鳴り響く。


 「市政監査局特別許可対魔緊急措置として、魔力残滓の確認されるこの林は、焼却処分となります。直ちに避難を。」

 遠くではゴォンゴォンという巨大な装置を動かす駆動音すら聞こえてきた。


 ここまでやるのか?冗談だろ。


 慌てて、下を見ると相当の高さではあるが、地上には幅数メートルの堀。

 その先には茶色の瓦葺の建屋があった。


 助走をつければ、あの建物に飛び乗れるか?

 いや、もう、これはやるしかない。


 そう思った私は、身一つで大降下を行い、気が付いたらこの入試会場兼応接間に運び込まれていたというわけである。


◆◆◆

 「しっかし、びっくりだね。杖も持たずとは!」


 …驚くところ、そこですか?


 勧めに従って革張りのソファーへ私が腰を下ろすと、彼女はこのように言葉を紡いだ。


 名前はビャクレン。

 若干十八歳ながら、このフェルマータ魔術学院の先生で、近接戦闘を始めとした『身体学』を専攻している自称教授。どうやら神族の血が入っているのか、紫の瞳には神印が浮かび上がっており、豪快な笑顔と八重歯が特徴的な、どこか勝気な印象の金髪少女。


 はたから見れば眉目秀麗、転生者で言うところの『やんちゃギャル』って感じなのだが、黒のマリンキャップに肩出しのTシャツ、それに革製のバックル付きミニスカートと奇抜な格好でだいぶ損をしている。


 そんな風変わりな格好の彼女を前に、私は成り行きで入学試験を受けていたのだ。


 「天井?ああ、私もよくやる、よくやる。」

 テーブルの淵にひっかけていた足を下ろすと、彼女は楽しそうに口元緩める。

 「崖から飛び下りれば、正門の検査で待たされることもないからね。」


 私こと、カーネリアン・ヴァイスは幸運だったらしい。

 たまたま手に取った服がこの学園の一回生の外套で、たまたま飛び降りた場所では入学試験が実施されており、そしてたまたま、天井を突き破って通勤する常習犯がその入試面接官だったということなのだ。


 「見つけたときは流石に驚いたよ。最後に試験を受ける子が来ないなぁと思ってたら、物音がして。ひょっとしたらと確認しに行ったら、木箱に埋もれて伸びてるんだもん、服もボロボロで悲惨な感じだったし。もうちょっと遅かったら、帰ってたね。」


 『ハハハハ。』と乾いた笑みを浮かべ話に合わせておく。

 ちなみに試験を受けるはずだった子の名前は『リアン・アルバート』というそうだ。


 十四歳の男子で、どこぞの名家の四男。

 入学後は親元から離れて寮生活を希望しており、顔写真は書類不備のため存在しない。しかも連絡なしに、予定時間から三時間経っても現れなかったということで、中々肝の座った人物なご様子だ。

 

 

 「しかし、そんなことよりもだ。」

 と愛想笑いする私に気にも留めず、目の前の少女はまじめな顔をして口を開く。

 「君、魔族でしょ?なんだって、こんな人間の真似をしてるんだい?」


 瞬間空気が死んだ。

 というのは嘘で、まあそうだよなと私は半ばあきらめの境地にいた。

 思い返せば、変装した後でさえ街中の兵士たちは私を的確に追いかけてきたのだ。

 彼女が本当に術式に卓越した教授ならば、魔族だと看破するのは造作もないだろう。


 しかし、自分の死の真相もわからず、家族...オフィーリアと再会する前に、殺されるのは耐えられない。どうにかして打開を―――


 「いやぁ、惜しいよなぁ。」

 などと考えている私の頭に、少女のぼやき飛び込んできた。 


 ぼやく声に顔を上げると、目の前の少女は後頭部に両手を当てて、空を仰いで何やら考えているようだった。


 ...一体何が惜しいのだろう。


 「君を殺すと私の悩みが振り出しに戻るっていう事実がだよ。」

 と、無意識に首をかしげてしまった私に、金髪少女はどこか楽し気にまくしたて始めた。


 「いやまぁ単純なことでね。最近の学生はどいつもこいつも、『フレア!』とか『バインド!』とか略式詠唱しかせんし、それが当たり前だと思いこんどるんよ。」    

 「はあ。」

 「おまけに、『戦場では兵站管理と戦場破壊型大規模術式しか役に立たない』とかわかったような口をきいてねぇ。間違いなく近接戦闘技能を下に見てる。許せない。燃やしちゃいたい。」


 流石に、燃やすのはダメじゃないだろうか。


 「え、燃やされる方が悪くない?あーっとなんだっけ…そうそう、君みたいに『攻撃術式の使えない対複数接敵時』の対処ができる人材は希少なんだよ。というか四百五十三人面接して、君だけだった。なので、弟子にしたいのよっ!」

 「…なるほど。」

 勢いよく顔をこちらへ突き出し同意を求めてくる彼女を前に、私は適当に頷くことしかできなかった。


 確かに、異世界転生者たちがこの世界に現れてから、戦闘様式はずいぶん変わった。極論、核兵器やら細菌兵器を後方から高軌道ミサイルか何かで打ち込んでいれば、相手の城壁と防御結界を破城槌や侵略術式で攻略する必要なんてないし、草原に布陣する兵力相手なら、塹壕、鉄条網、そしてその奥に機関銃を設置し一斉掃射すれば片付いてしまうのだ。

 

 そう考えると、近接戦闘が必要になってくる人間は、本当に私のような皇族ぐらいしかいない。それを踏まえると、彼女が弟子不足に悩むのは納得できることなのかもしれない。


 「そうだっ!」

 などと私が考えていると、目の前の少女は何かひらめいたように口を開いた。

 「魔族を死滅させないといけないのは、人間を殺戮し、社会を脅かすから。」

 「…と、いうことは?」

 「逆に言えば、君がそれに該当しなければいいのでは?」

 

 これもまた、なんて極論。

 仮にも魔族の私が言うのもおかしいが大丈夫か?


 などと脳内で突っ込んでいる暇はなかった。

 目の前の少女はいきなり私の肩をつかむと、勢いそのままにこう尋ねてきたのだ。


 「リアン・アルバート。君、人間を殺す気も、社会をひっくり返す気もないわよね?ね?」

 「ないです…でも――」

 私、リアン・アルバートですら、ないんですが。


 「はいっ!合格!」

 彼女はそう嬌声にも似た大声を上げると、履歴書らしき書類にどこからか取り出した合格スタンプを押し込み、私は学寮という寝床と学院という安住の地を手に入れたのだった。


 めでたし、めでたし。


 …いや、大丈夫か、これ?

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