第2話 転生被害者の再転生
どうやら私の聞き間違いではないらしい。
「だーかーらー。あなたはその食卓に居たっていう一族に不意打ちの如く殺されてぇ。で、今その身体も地位も思い出も。三十二歳。独身、髭もじゃで幼女愛好癖のあるプー太郎にぃ、ぜーーーんぶ奪われたって言ってるでしょ!」
夢じゃないかと頬をつねり、挙句の果てに女神に一発ぶん殴ってもらったが、私は相変わらず花園にいた。
周囲は心の安らぐ、清らかな香りに包まれており、中央には純白のテーブルセットが置かれ、私は茶器を挟んで、女神と向かい合う形で席につかされている。
『一族が私を殺して、転生者に売りさばいた。』
その荒唐無稽で唐突な宣告が私の聞き間違いではないと悟ったその瞬間、私は思わず頭を抱えていた。
信じられない?嘘だ?
いや違う。
思い返せば辻褄があってしまうから困っているのである。
再強化した結界には、許可した者以外触れた瞬間消し炭になるような細工をしている。つまり、あの場に魔族や賊は侵入不可能であり、そもそも徒手空拳だったとはいえ、私が不覚を取るわけがない。
加えて、なぜか夕餉だというのに、祖父祖母父母姉の全員武装していた記憶がある。
つまるところ、私の意識を刈り取った攻撃は、術式勝負を苦手とするが近接戦闘最強と名高い姉上による一撃で、襲撃に押し寄せた三十の敵は、母君の戦闘用自立式傀儡と食卓にいたメンバーに違いない。
というか、もう、そうとしか考えられない。
「やっと事態を飲み込めましたか!」
とやけに嬉しくて仕方がないといった調子の女神の声が聞こえてくる。
見上げると彼女は、待ち望んでいたプレゼントを受け取る瞬間の子供のような満面の笑みを浮かべており、今にも踊りだしそうな勢いで喜びを爆発させていた。
「そうですよ。その反応が見たかったんです。自分の才覚に驕ることなく、自らの使命を全うするために人生をささげてきた英傑が。無様に、絶対的信頼を置いていた人々から、裏切られたとわかったその表情からしか得られない栄養素があるんです。」
『あぁ、たまりませんわ!』と女神は自分の身体を抱きしめ恍惚とした表情を浮かべた後、勢いそのまま私の顎をつかむとこう続けた。
「ああ、そうそう。『何故』とか『どうして私が』とか言わないでくださいね。」
「……?」
『金目当てですよ。』と嬉しそうに彼女は言い放つ。
「あなたは1億を超える人口を擁する神聖帝国の第二皇子。婚約者のオフィーリアちゃんだけじゃなく、側室候補も可憐な幼女からバインバインの熟女までバリエーション豊か。おまけに眉目秀麗で博学才穎とこれば、転生者相手に高く売れるんですよ。」
金?
豪奢とまでは言えないにしても、困窮とは程遠い我が一族が財貨目当てに私を売ったのか?
「じゃあ、あなたが憎かったんじゃないですか?」
と女神はとうとう本性をあらわしたようだった。
私の顎から手を離すと、ウェヒッヒと下品な笑い声を上げ、スキップするかのように俺から距離をとって、こう続けたのだった。
「冷静に考えてくださいよ。個人で数十万の軍勢相手に一騎当千できる息子、というか皇位継承第二候補だなんて、一族にとっても帝国にとっても脅威でしょ。」
『まあ、どっちでもいいけどねー』と女神はこちらを見つめ、ニタニタと笑いながら、瞳を満天の星空のようにキラキラ輝かせている。
正直むかついてくる。
が、悔しいことに反論ができない。
確かに、皇位継承・パワーバランス問題は一族の争いの元で、事実、歴史上のくだらない動乱のほとんどは血を分けたはずの兄弟・親子のいざこざを端に発している。我が帝国も、私含め三人の皇子を擁する以上、争いの可能性はゼロとは言い切れないだろう。
しかし、私は本当に皇位継承なんてものに興味はなかったし、そもそも私的な争いさえしたことなんてない。
ただ、父母・祖先に恥じない品位を身に着け、兄弟姉妹を支えていく。
そんな将来を、思い抱くことさえ悪だったのか?
「まあ、それはそうと、大事なのは将来の話ですよッと。」
思考の海から顔を引き上げると、私の目の前には三冊の分厚い本が積み上がっていた。どちらも古めかしい装丁をしており、それぞれ『天国への道』『神位従僕の覚悟』そして『神聖帝国への再転生』と書かれている。
…って、再転生?
「あぁ、そういえばあなたって神位文字読めるんでしたね。」
女神は一番上の青い装丁の本を持ち上げ、言葉をつづけた。
「こんな事実口にしたくないですが、クズ連中ばかりのこの世からするとね、あなたって中々の有徳者なんですよ。」
と吐き捨てるように誉め言葉を口にする女神。
いや、褒められている感じはしないのだが。
「ですからね、あなたは神位でも引っ張りだこ…ほら、天国にだって、従僕だって、なんだったら魂の管理者にだってなれちゃうんですよ。」
『しかしですね』と女神は先ほどまでとは打って変わってやたら芝居めいた口調で続ける。
「考えてみてください。忠義を尽くし、親愛を注いだ一族には裏切られ、おまけに鍛錬の果てに磨きぬいた才覚と肉体も婚約者からの愛情も、ド阿保で間抜けでろくに働きもしない転生者のボンボンに乗っ取られる。」
「……。」
「これを何というかご存じですか?」
…喜劇か?
「ノン、悲劇、あなたの死は悲劇なのですよ。」
そういうと女神はとうとう、『オヨオヨ』と裾をつかんで泣きまねすらし始めた。
「グスン。こんな、残酷な運命。誰が筋書きを描いたんでしょうか?」
お前だろ。
「そう、あなたの一族と転生者です。」
いや、お前だろ。
「それならば、寛大で優雅で有能な私としては、みじめで無様でお先真っ暗な皇子様へ、復讐の機会を与えないでいられるでしょうか、いやいられないっ!」
まさにマッチポンプ。とんだ『死の商人』である。
◆◆◆
さて、『ないっ!ぁい!ぁい!』とノリノリでセルフエコーをかける女神は置いておいて、嘲笑されコケにされ続けた私であったが、実のところ生き返りを前向きに考えてはいた。
勿論、生き返りだけだ。
復讐にも仕返しにも興味はない。
驚きはしたものの、『私の地位と身体を転生者に引き渡す』は一族の判断である。
ならば、その判断は絶対服従しなければならないものなのだ。
しかし。
しかしだが、その真意は知っておきたい。
本当に恨みなのか。
はたまた、帝国、一族、それにオフィーリアの将来にとって、私よりも転生者の方が優れていると判断されたのか。
二十と四か月の我が人生の意味。
そして、その死の背景は是非とも理解しておきたいのだ。
「ふーん。じゃあ再転生させますね。」
女神は私の想いを至極興味のなさそうに聞き入れると、そのまま、儀式の準備を開始した。
◆◆◆
儀式手順自体、神格書でみた内容とそこまで相違はないようだった。
彼女はまず目を閉じ、その後両手を私の前に突き出した。
そして、しばらくすると掌から淡い青白い光が発せられ、同時に彼女の口から発せられた言葉が、一つ一つと実体を伴って宙へと浮かび、目の前に幾何学模様を形成し始める。そのあと、転生対象である私の身体を、青白い光が包み込むのである。
その最終工程である青白い光に包まれ、いよいよ転生かと思ったときだった。
私の脳裏に嫌な予感が一つ浮かび上がってきた。
「そういえばなんですが、神様。」
「はーい、神様ですよぉ。」
と儀式に集中しているのか、女神は語尾を伸ばしてゆっくり返答してきた、
「話しかけられるぅと、面倒なんでぇ黙っててくださいねぇ。」
そうは言われても、必要な確認だ。
意を決し、『私の身体って転生者が宿っているんですよね?』と尋ねると、女神は『チッ』とわざとらしい舌打ちをした後、『はぁい、そうでぇす。』と返答してきた。
態度は悪いが。どうやら受け答えはしてくれるようだ。
「ということは」
「ということはぁ?」
「私は別の…自然死した身体に転生することになりますか?」
私の転生先はどうしても自然死した人間にしてほしかった。
真相を聞くには、不可視と読心の術式があれば十分で。
仮に術不能の身でも、手術込みで十年もかからず取得できるはず、なのだが。
転生の犠牲にされた私が、同じく被害者に転生するのはどうにも耐えられない。
ただ、結論から言うと私の悪い予感はその点では当たらなかった。
「だぁいじょうぶですよ。転生といぃっても生まれなぁおし…つまり新たぁにかぁらだを創りあげぇますからぁ。」
「それならよかった。」
「たぁだし、魔族へのてぇんせいですけどぉねぇ。」
そうか、魔族か。
…は?
「わたしはぁ、追放された神位なのでぇ、人間にぃアクセスできないんですよねぇ。なのでぇ同じ二足歩行のぉ、魔族に移しまぁす。」
「いや、ちょっと待っ――」と同時に幾何学模様が私の身体を覆い隠し、言葉が出ない。
「よしっ!」
なにもよくない。
人類の敵、魔族にこの私が転生?
帝政二百五十余年の中において、最も多くの魔族を葬ったこの私が?
そもそもオリデンス神聖帝国には私の敷いた対魔族排斥結界がある。祖国に入れず、どう真相究明すればいいんだか。
「これより、邪神ヴェータスとカーネリアン・ヴァイスの再転生物語。はじまりはじまりぃ!」
ホワイトアウトする私の目が最後にとらえたのは、こちらにブンブン手を振る女神。…いや邪神の喜色満面の笑顔だった。
◆◆◆コメント◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます!
カクヨムでは★のない作品は手に取られにくいので、こうして開いていただき、なおかつ読み進めていただき、すごく嬉しいです!
また切実なお願いなのですが、もし少しでも「いいかも」と思っていただけましたら、フォロー+、いいね★の方もよろしくお願いします!
この作品の未来は皆さんにかかっているのです
(割と切実に…)
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