第4話.狐耳の少女とルイス・ナバーロ①

 満月の青白い光が、メルゼベルク伯爵の屋敷に濃い影を落とす。その影に溶け込むように一人の男が音もなく降り立った。


 青みがかったグレーの髪に、猫獣人みゃうの特徴であるがちょこんと乗る。

 男性にしては少し小柄な160センチほどの身長。整った顔に、鋭い目。

 黒の上下に身を包んでいるこの男は、名をルイス・ナバーロと言った。


 性悪貴族しょうわるきぞくだけを狙い、鮮やかな犯行手口により、最近人々の口のにのぼるようになった怪盗ナバーロのうちの一人だ。


 ルイスは、細く小さな鉄の棒をいくつか取りだして、そのうちの2本を裏口の鍵穴に差し込む。

 しばらく角度を変えながら動かすとカチリと小気味いい音がした。


 そっと裏口を開けて、音も立てずに屋敷の中へと滑り込む。そこに明かりは無かったが、夜目よめの効くルイスにとっては問題無かった。


 迷わず地下へと向かう。


 階段を降りたところで、壁に隠れて小さな手鏡を使い廊下の先をうかがう。

 少し先にある部屋の前に見張りが二人。そこまでは遮蔽物しゃへいぶつも無くまっすぐな廊下だ。

 階段からは20メートルといったところか。


 その部屋以外に見張りは立っていない。

 そのことからも、ターゲットはその部屋だとあたりをつけた。


 しばらく様子を見ていたが、見張りの目がこちらに向いていない隙をついて廊下に躍り出た。


 音を立てずに疾走する。

 だが、半分ほどのところで見張りに気付かれた。二人の見張りがこちらを向く。


「何者だ?」

「止まれ!」


 口々に誰何すいかする見張りを無視して、勢いを殺さずに突っ込んでいく。

 慌てて剣を抜く二人。


 だが、間に合わない。


 手前てまえにいた見張りの懐に潜り込むと、ルイスは右の拳を腹へと叩き込んだ。くの字になって悶絶もんぜつする見張り。それを捨て置いて、もう一人へと接近する。


 既に剣は抜かれている。


 ルイス目掛けて横薙よこなぎに振るわれた片手剣の大振りに対し、スライディングの要領で、剣の下をかいくぐる。


 その直後、床に手をついて、伸びあがるように逆立さかだちをする。そして、そのまま伸ばした足で見張りのあごを突き上げた。

 顎を砕かれた見張りはその場で昏倒する。


 その反動を利用して立ち上がったルイスは、腹を押さえて悶絶する見張りに近づく。そして、小瓶を取りだし霧吹きの様にプシュッと見張りの鼻先に噴きかけた。


 数秒で見張りは眠りに落ちる。

 これはファンガスの眠り粉という魔法道具で、ひと吹きでたちどころに相手を眠らせてしまう効果がある。

 念のため顎を砕いたほうにもひと吹きすると、ルイスは見張りの体を調べる。すぐにポケットから鍵束かぎたばを見つけた。


 鍵束で、部屋の入り口を開ける。


 廊下からの光が部屋の中へと差し込んで、そこを薄暗く照らしだす。部屋の中は狭く、ひどく殺風景だった。

 壁際かべぎわにベッドが1つと、その隣に簡易的なトイレが設置さているだけという、牢獄ろうごくなどとあまり変わらない構造。当然、窓も無い。


「だれ?」


 ベッドの前には、一人の少女が両腕で自分の身体を抱きしめるようにして立っていた。狐の耳と尻尾を持つ狐獣人ルナールの少女だ。


 怯えているのだろう。少女は震えるような小さな声でたずねた。


「俺はルイス・ナバーロ。泥棒さ。あんたを盗みに来た!」

「泥棒……さん?」


 怯えさせないように穏やかな声を出すルイスに、少女は少しだけ小首をかしげた。

 その瞳には警戒の色が濃く表れている。

 泥棒と言われれば、当然警戒するだろう。


「ああ、本当は別の物を盗む予定だったんだけどな。あんたが貴族に痛めつけられているのを見ちまって。……見ちまったからには放っておくわけにもいかねぇからな」

「あっ、さっきの!?」


 少女はそう言って顔を伏せてしまった。同時に、ついさっき鞭で打たれた背中が傷み、顔をしかめた。


「そういうわけで、俺達に盗まれてやってはくれねぇか?」

「盗む……? わたしを?」


 少女は言葉の意味を理解しようとして、小さく口の中で呟く。


「なに、悪いようにはしないさ。あんたをここから逃がしたい。俺と一緒に来てくれねぇか?」


 今度は少女にも理解できたのだろう。ルイスの言葉に顔をあげる。


「……はい!」


 少しだけ考えた後、少女は目は大きく見開き、涙を流す。

 そして、ルイスに向かって大きく頷いた。




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🔸さあ、狐獣人ルナールの少女を助け出せ!

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