愛する人に虫

最初は不安な始まりだったが、その後は審査員が苦しみだすこともなく、品評会はつつがなく進行した。中には早く食べてみたいと感じるようなお菓子もいくつかあった。


「いよいよ最後の商品になりました。エントリーNo.32、料理名はポール・ラ・ミリーネ。べリリアム皇国の女皇、ミリーネ様へと捧げるケーキだそうです。作ったのはネム。昨年は僅か11歳にして虫料理のカテゴリーで最優秀賞を取っています!」



最後に現れたのは少し眠そうな茶髪の少女、なぜか少しシンパシーを感じる。


それにしても虫料理って、そんなマニアックなカテゴリーまであるのか。虫自体はそこまで嫌いではないが食べる気は起きないし、虫料理カテゴリーの審査会場にはあまり近寄りたくないな。


一般的にマニアックなカテゴリーになればなるほど競争率が低く、部門別の審査に進出するのは簡単である。しかし一方でその後を勝ち残るのは難しい。例えばほかの種類の料理と並べて虫料理を出されたとして、それに高評価をつける審査員はなかなかいない。


それにしてもこの少女、前回は虫料理という物凄くマニアックなカテゴリーを選んで、今回はお菓子という超人気カテゴリーを選ぶとは、なんとも極端なチョイスをするものだ。


虫料理を作っていたという話から受ける印象とは裏腹に、今回のケーキは白とピンクのクリームの乗ったとても可愛らしい見た目のものであった。


見た目だけでは判断できないものだと1人目の品のときに学んだため、審査員の反応を注意深く見守る。審査員たちは口に入れた瞬間顔をほころばせていた。どうやら、今回は見た目に味がともなっていたらしい。


「さて、これにて1日目の審査は終了です。残念ながら審査結果は5日目にまとめて発表する予定です。しかし、会場にお集まりのみなさんのためにも本日登場した料理の中でのおすすめの品を審査員の皆さんに一品ずつ発表していただきましょう!」


紹介された料理の多くはこの後会場の近くで売り出される。今日審査結果がでないとなれば何を買えばいいかわからない観客も多い。そのためこういった配慮がなされているのだろう。


1番目の審査員は最後の少女のケーキをおすすめし、ほかの審査員はそれぞれ別の品をおすすめしていく。そして最後の審査員は―――――


「レガーロの品は最悪じゃった。わしがもっと偉ければあやつをこの国から永久追放してやるのに。あいつ、わしの苦しむ姿を見て笑いおって。しかも出番が終わったらさっさと逃げ帰りおった。誰かあやつを見かけたら懲らしめといてくれ!報酬は―――」


「は、はい、そこまでにしましょうか。最後の審査員はおすすめの品はないということですね。それではこれにて本日の品評会を終了いたします。ぜひみなさんも本日紹介された品を購入してみてくださいね!」


一人目の参加者のいたずらに未だ怒りの止まらない様子の審査員を見てさすがにまずいと思ったのか、司会のお兄さんは強引に終わらせた。


さて、これからは食べる時間だ!まずはこれから売り出される商品を購入するために長い列に並ぶ・・・なんてことはしなくていい。商会の従業員が並んでくれるのだ。自分たちの分まで買ってもらえるため従業員は喜んでいたが、それでもありがたいものだ。


従業員にほしい商品を買ってくるよう頼んだ後、先に俺と父は宿泊している宿へと戻る。買ったお菓子は宿のロビーでゆっくりといただく予定だ。


宿への道を歩いていると目の前に見覚えのある女の子の姿が見えた。


「お嬢さん、会場近くで商品を売らなくてもいいのか?正直、俺たちもあのケーキを食べてみたかったんだが。」


父がその女の子に話しかけた。最後にケーキを発表していたネムという女の子である。眠そうにしているネム、覚えやすい名前だ。


「うん。私はミリーネさまのために作っているだけだから。でもそっちの男の子には余った分をあげる。ミリーネさまも子供には優しいから。」


ミリーネとは皇国の女皇のことらしい。よくわからないが、そのミリーネを慕っているのだろうか?少女は見た感じ別に貴族の子にも見えないが。


「ありがとう。どうしてミリーネ様のための料理を品評会に出しているんだ?」


ケーキを手渡されたためお礼を言って、気になったことを聞いてみた。


「ミリーネ様は品評会で優秀な成績を残せたら食べてくれるって。でも、去年は『ごめん、虫は苦手なの』って言って食べてくれなかった。」


「なるほどね。今回は優秀な成績を残せるように祈っているよ。じゃあ、また。」


俺はそう言ってそそくさと立ち去ろうとした。女皇なんていうとんでもない地位の人と気軽に話せる相手なんて深く関わらない方がいいと思ったからだ。


「ソア、そんなに急がなくてもいいだろ?お嬢さん、息子にケーキをくれてありがとうな。お嬢さんは貴族の娘さんなのか?」


しかし、今俺は父と一緒にいる。当然のように父に引き止められてしまった。ただ、この女の子の出自が気になるのはたしかである。


「ううん、私の家は普通の家。ミリーネ様にお世話になっている平民の子供はたくさんいる。」


へー、国の最高権力者が平民の子供とたくさんかかわりを持つなんて凄く変わっている。案外その地位はお飾りだったりして暇なんだろうか?


それにしても平民でも一番偉い人とかかわらなきゃいけないなんて、皇国の子供は大変だな。皇国に生まれなくてよかったー!


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