無用の用

「お父様、明日はこの国の孤児院が見てみたいです!」


長旅のあとの夕食の時間、スキルに乗っ取られた体は勝手にそんなことを言いやがった。



「お兄ちゃん!足速い!すごーい!亅


「くっ、おれがしんでもまだ、コウが残っている!あいつのスキルはすごいんだぞ!」


というわけで、うちの商会が経営に1枚噛んでいるという孤児院に来ているのだが、なぜかガキどもと辺りを駆けまわるハメになっていた。


そういえば俺もまだ9歳児だ。孤児院を訪問なんてしたら、一緒に遊ぶことになるのは想定しておくべきだったな。


ちなみに今やっているのは俺一人vs全員の鬼ごっこだ。ほぼ全員を捕まえたが、まだ一人だけ残っていた。さっきの子が言っていた通り、残りの一人はなかなか手強そうである。


俺のような効率的な走り方をしているわけでもないのに、その少年の体はすいすいと軽やかに風のように進んでいく。


くっ!これが才能の差か!


そう叫びながら倒れ込めればどれほど良かったか。当然、俺の体は操られていた。


「少年、なかなかやるな!だがフォームがなってないぜ!」


「はぁはぁ……おま…えも……しょう……ねん……だろうが!」


スピードでも若干こちらが勝っている上に、体力的な差もあり、しばらくすると俺は少年に追いついた。


「すっげーーー!コウに追いついた奴なんか初めて見たぞ!!」


「お兄ちゃん!めっちゃ足速い!すごーい!」


「くっ、おれが来年、さいきょうのスキルをゲットすれば、おまえなんてけちょんけちょんにしてやるからな!」


・・・一人少し将来が不安な奴がいるが、まあどうでもいい。


それよりもそろそろ開放してほしい。朝のランニングほどではないにしても、子どもと遊ぶのはすごく疲れるんだ。


その思いが通じたのか、護衛として同行していたダンから救いの声がかかった。


「坊ちゃん、申し訳ないですがそろそろ時間ですぜ。もうここをでないと旦那様との昼食に間に合いません。」


申し訳なく思う必要なんてこれっぽちもない。さあ、早くいこう!


それにしてもわざわざ商国の孤児院に訪問して、大して見学もせずにガキと遊んで帰るだけなんて。スキルさんは一体何を考えてるんだろうな。


今回、長時間体が乗っ取られたが、さらに厄介な用事が増えたり、ガキ以外からは高い評価を受けたりしていない。外国に行くことになったり、不当に高い評価を受けたり、魔物と命がけの追いかけっこを強いられたときに比べれば大分マシだったな。


父にも孤児院での俺の様子は報告がいくだろう。多少無理をいって訪問した結果、ただただ遊んで帰ったと知ったら、父は俺のことをまだまだ未熟だと思ってくれるのではないだろうか?楽しみである。






「へえ、同い年くらいの子がコウよりも足が速かったの?それは興味深いわね。」


先ほどソアと鬼ごっこをしていた数人の子どもたちは、高貴な女性へと報告を挙げていた。


「はい、それにコウはバテバテだったのに、その子は息切れ一つしていませんでした。」


「おい!余計なこと言うなって!」


「だって本当のことじゃん!」


少女の報告の仕方にコウが怒るが、少女は負けずと言い返した。


「ふふふっ、喧嘩はやめましょうね。はい、これは報告のご褒美。ちゃんと均等に分けるのよ。わかったら戻っていいわよ。」


女性がそう言ってご褒美のお菓子を渡すと、子どもたちは嬉しそうな顔で去っていった。


「今回の話を聞く前から、あの商会とは仲良くしたいと思っていたのよね。少し接触してみようかしら。」


女性がそう呟くとなにもなかった筈の場所からスッと人影が現れた。その者は、紙の束を女性に手渡し、またスッと消えていった。


女性は特に驚いた様子もなくそれを受け取り、紙の束をめくり始める。


「ご苦労様。・・・なるほど、商会長の予定はおおむね決まっているけれど、子どもの方は突飛な行動が多くて予測できない、と。うーん、でもどうせならその子供とも会ってみたいのよね。そうなると評定会の日のどこかで会うか、あるいは・・・。」


女性はそう言うと紙の束を虚空へと突き出す。次の瞬間、紙の束は女性の手から消えていた。

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