商業国家

朝早くに出発したのにも関わらず、目的地に着いたのは夕方になってからだった。


(はあ、長い旅だったな。早くお布団に包まりたい。)


「まだ魔導船がなかった頃は何日もかけて移動していたんだぞ。」


船が停泊し、少し疲れた様子の俺を見た父がそう教えてくれた。


何日も、か。魔導船が発明される前の時代の揺れがひどい船の上で何日も寝泊まりするのは嫌だなあ。文明が進んだ世界でよかったとつくづく思う。


・・・個室とお布団が完備された、今回より豪華な魔導船での長旅なら悪くないな。食事を毎回部屋に持ってきてもらえば立派な引きこもりだ。




船から降りた俺たちの前に現れたのは巨大な港だった。住んでいる町の港とは比べ物にならない規模である。海の方には世界中から集まった物凄い数の船が見渡す限りずらーっと停泊している。陸の方にはたくさんの倉庫、遠くには巨大な城壁。


そしてそのさらに奥にはこの国の王がおわす城の一部が見えていた。


つまり俺が今いるここは既に商国の王都なのだ。商業を大切にする国らしく、ランタナム商国の王都、ラスタは港湾都市であった。


「ようこそいらっしゃいました。会長、ソア様。」


船から降りると眼鏡をかけている痩せぎすの男が出迎えてくれた。


「久しぶりだな。シュガー。最近は特によくやってると報告を聞いているぞ。」


「ええ、我々は今の時期が一番の稼ぎ時ですからね。ラドルのやつらには負けてられません。」


父とその男はそんな会話を交わした。名をシュガーというらしい。神経質そうな顔をしていて、名前とは裏腹に甘くはなさそうだな、なんていうどうでもいい感想が浮かんでくる。


ちなみにラドルというのは、俺が住んでいる国の王都の名前である。


うちの商会は、我が国だけでなく商国にも支店を持っている。どうやらシュガーは商国にある支店の支店長さんのようだ。


「続きの話は魔導車ですることにするか。」


父の一声をきっかけに、俺たち一行は魔導車と呼ばれるボンネットバスのような乗り物に乗り込んだ。


「やはりこの国の人間は時間の大切さをわかっているな。うちの国の都市だと魔導車は馬車並みの速度しか出せない。」


父が窓から流れる景色を見ながらつぶやく。


我が国の都市では、馬車と魔導車が列を作り雑多に行きかう光景が見られるのだが、商国では綺麗にそれぞれが通る道を区分けしていた。馬車は歩くよりは速く移動できるが、魔導車の最高速度には遠く及ばない。


きちんと区分けしていなければ魔導車はもちろん、歩行者が多い場合は馬車でさえも街でスピードを出すことはできないのだ。


魔導車は燃費の悪さが原因で、一部のお金持ちを除いてそこまで普及していない。歩行者用と馬車用の道を区分けしている都市でも、魔導車用のスペースを作るには道の幅を広げなければならず、それがコストに見合うとは考えていないようだった。


しかし、ここは商業の国である。魔導車の普及率も非常に高く、道を広げるための立ち退きを拒否する人も、それに見合う利益をちらつかせるとおとなしくなる。そして、商国はそのための予算を十分につぎ込んだ。


「ソアはこの国を見てどう思うか?」


父がそう聞いてきた。普通に答えれば9歳にしては立派な答えを返すことは可能だろうが、ここで素晴らしい返答をして高い評価を受けた先に待つ未来など俺の望むものではない。やはりここは年相応―――


「国土は小さいですが、富と技術が多く集まり、新しい技術に対応する法整備も迅速ですね。ここに住む人々も変化を受け入れることに対して非常に前向きで、この国の未来はとても明るそうに見えます。」


おい!クソスキル!まだ考えがまとまってすらいないのに、体を乗っ取って喋るんじゃない!


まあ、こうなるんだろうなとは予測していたけどさ・・・。


「そうだな。この都市に住まう人々の特徴にも目をつけているのは偉いぞ。例えば道の区分けに関しても、我が国で同じことを行おうとすれば、いろいろな立場から反対意見がでるだろう。変化を望まない者や利益では動かない者も多くいるのだ。」


確かにな。それに変化が必ずしもいいものを齎すわけではない。公共事業が深刻な環境破壊を齎す。経済政策が貧富の差を大きくしてしまう。AIがクリエイティブな仕事を奪う。真偽や程度については諸説あるが、こういった言説は前世でよく耳にした。


まあぶっちゃけどうでもいいけどね。そんなことより、早く体の制御権を返して欲しい。


「ただし、この国に懸念があるとすれば政治が一枚岩でないことでしょうね。王家に連なるもの、周りを囲む3つの大国の息のかかった者たち、商人こそが権力を握るべきだと考える者たち。これだけ多くの立場の者がいながら、ここまで政治が安定しているのは奇跡といえるでしょう。国王、もしくは何者かがうまくまとめているのか、あるいは、商人の争いだけあって表には出てきていないだけなのか。」


悲しいことに俺の口からはぺらぺらと勝手に言葉が出てくる。

他国の政治がどうであろうが俺はどうでもいいんだよ。自国の政治でさえ、引きこもりライフに影響を及ぼさない限りはどうでもいいのに。


「・・・流石は会長の息子さんですね。政治のことまで理解しているなんて、本当に9歳ですか?」


支店長のシュガーさんは細い目を見開いていた。


他国の政治のことなんて知らないよ。勝手に口が喋っただけなんだ!


「はっはっは、そうだろ?こいつは普段ボケっとしているが、たまにシャキッとして的を射たことを言うんだよ。今回の品評会に同行させてほしいと頼んできたときも、すげえ熱意と覚悟を感じたもんだぜ。」


熱意なんて皆無だし、覚悟だって引きこもりになる覚悟くらいしかない。ただ操られているだけなんだよ!父親なんだからわかってくれよ!


そんな俺の心の叫びは虚空へと消えていった。親子でも別人格、そりゃわからないことはたくさんあるよな。(遠い目)






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