可愛い末っ子の心からの訴え(他者視点)
俺、オウガ=アンブラーにとって三男のソアは可愛い末っ子だ。
長男は跡継ぎ、次男は跡継ぎのスペアとして厳しく育てねばならなかったが、年の離れた三男坊は多少甘やかしてもよかった。
妻に似た碧い瞳と、どちらかというとかわいらしい顔立ち。顔のパーツであきらかに俺から遺伝したと言えるのは赤い髪だけであった。上二人はごつい俺の遺伝子の影響を色濃く受け継ぎすぎてしまったがゆえに、この末っ子は余計かわいく見える。
最近、俺のもみあげを遠回しにバカにしてきたり、【威圧】のスキルを使ってきたりと、多少憎たらしい側面を見せているがそれでもかわいらしい末っ子だ。余裕のある大の大人である俺は子供の些細な戯れなど気にしていないのだ!
そんなかわいい末っ子が先日スキルを発現させた。女神像の形をした魔導具に触れたソアが突然倒れてしまったときや珍しいスキルを発現させていたことがわかったときは心配したが、幸いソアはそれほど有用なスキルを持っていなかった。
我が国の国民には発現したスキルを土地を治める貴族に報告する義務があり、【上級剣術】【中級鑑定】【神聖魔法】などのレアなスキルを持っていたり、大量のスキルを発現していたりする人間は、強制的に貴族や教会に引き取られる。
引き取られる際、家族には大金が入ってくる。もし、家が貧しければ引き取られることがお互いのためにいい可能性だってあるが、我が家はその辺の貴族より裕福だ。本人は不満かもしれないが俺や妻はほっとしたというのが正直なところだ。
しかし、ソアはスキルを発現させた後、急に大きく変わってしまった。多少はどの子供もスキルを得ると心境の変化を見せるものだが、ソアの場合はそれが顕著だった。
まず、朝が苦手だったのにもかかわらず、早起きをして外を走るようになった。部下や使用人の報告によると、徐々に走るスピードや距離をあげており、にわかに信じがたいが、今ではそこらの大人より速く走れるようになっているという。
たしかに【跳躍】スキルを上手く使えば速く走れると聞いたことはある。だが、眉唾物の話であり、同じスキルを持つ俺も昔、何度も試してみたが上手くいかなかった。
さらに驚くべき事件が起こった。長男の婚約者と私たち家族で話し合いをしていた際、『長男が会議で開拓村への支援を提案し、熱い思いと現実的な利益の両方の側面から見事に訴えかけてみせた。』等、あまり表に出してない筈の情報までを使い、長男のことを褒め称えた。
これは衝撃的な出来事であった。ソアが長男を褒め称えたことで話し合いはスムーズに進んだ。諸事情があり、長男の婚約者とその家が結婚を少し先延ばしにして欲しいと求めていたのだが、ソアの言葉が婚姻を決める最後の後押しになったのだ。
さらに、10歳に満たないソアが商会内部の情報をそこまで手に入れ、その内容を理解していたことも驚きであった。
この前妻に告げ口をしたあのお喋りな部下がソアに喋ったのかと思ったが今回は違うらしい。それはそれとして、あいつは許さねえ。今度、こっそり少しだけ嫌がらせしてやろう。妻にバレたらまたひどい目に合うからおおっぴらにはできないけどな。
数日後、ソアは隣国で行われる大きなイベントに連れて行って欲しいと俺に直談判し、将来への熱い思いを語っていた。
「・・・僕は確かに、スキルに恵まれませんでした。しかし、幸いにも環境に恵まれています。僕が努力をすることでどこまで商会や国の役に立てるのか、それを確かめてみたい。色々なアプローチを行うことで同じようにスキルに恵まれない人々に希望を与えることができるかもしれません。幸い、僕は上手くいかなくても最低限の面倒を見てもらえる環境にいる。だからこそ、これは僕がやるべきことなのです。」
【威圧】スキルの影響で、まだ10歳のかわいらしい子供であるにも関わらず、妙な威圧感があったが、それ以上にその言葉には熱意と説得力があった。これは心から出た言葉に違いない。
「それは茨の道であるぞ。同じように多くの人間が挑戦して絶望した歴史がある。スキルを持たない人間が大それた希望を持ってもろくな事にならないと証明されているのだ。」
敢えて厳しく言った。ソアが大きな希望を持ちすぎないように。
優れたスキルを持つものと持たないものの差はとても覆しがたく、スキルは後天的に発現させることもできるがその道もあまりにも過酷である。
例えば有用なスキルを持たない少年が王国騎士に憧れ血のにじむような鍛錬を続けたとしよう。すべてを犠牲にして剣の鍛錬を10年続けて【初級剣術】をとることができるが、これでは地方の騎士団にも入ることができない。さらに10年鍛錬して【中級剣術】を手に入れたとしよう。これでようやく地方の騎士団の入団者相当の実力である。30歳にしてやっとここまできたとしても、人族は30歳を超えたあたりからスキルの習得にかかる時間は増加する。【上級剣術】を習得するころには50歳になっているだろう。50歳になってやっと王国騎士団の入団者と同じ程度の力を得たとしてもここから始まるのは衰えとの闘いである。もちろん王国騎士団も伸びしろがない団員を採用したりしない。結局、地方の騎士になるかうちのような商会で護衛として雇われるかが関の山である。
それがすべてを犠牲にして剣術に打ち込んだ40年間に見合う結果だと思える人は数少ないだろう。なかには、それでも腐ることなく人生をかけて剣術に打ち込む変わり者もいるのだが、それはとても希少な例である。
「わかっています。僕自身が後天的にすごいスキルを得るなど、大きな成果を出せる可能性は少ないでしょう。ただ、僕が先駆者となり、様々な可能性を精査することで子供たちの未来が少しでも明るくなるようにしたいのです。」
なんと、ソアは俺の厳しい言葉に対してこう返してきた。
子供らしく非現実的な夢ではあるし、これから現実に打ちのめされることを考えると胸が痛むが、この年にしては恐ろしく立派な夢である。
普通の人間はすべての時間を何かに打ち込めるわけではない。生きていくために働く必要も家事をする必要もある。息抜きだって必要だ。スキルに恵まれなかった人間はスキルを後天的に発現させなければ苦しい生活が続くが、それには何十年もかかる。
幸い、働かなくても家事をしなくてもいい環境にあるソアは、自らの人生を使ってそんな人たちのために可能性を探りたいという。簡単なことではないだろうが、その意志は固そうである。俺は応援してあげるべきだとそう思った。
確かに、あのイベントに参加することはソアの夢を叶えるための助けになるだろう。そう思った俺は、隣国のイベントへの参加を承認した。
その後、他に話したいことがないかと聞いた俺にソアはこう言ってきた。
「僕は生まれつき怠惰です。気を抜けばすぐに甘えたくなってしまいます。ですのでお父様にはできるだけ甘やかさないで欲しいです。今後は、僕のこともお兄様たちのようにビシバシ鍛えていただきたい。」
可愛い息子の覚悟を受け止めてあげないわけにはいかない。これからは心を鬼にして、長男や次男のように厳しく育ててやろう。二度ともみあげをイジったり、俺に対して【威圧】を使ってこないように、大人の威厳を見せつけてやるのだ!
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オウガ(主人公の父)の髪の色を第1話で茶髪と書いてしまっていたので、赤い髪に変更しました。
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