お布団、愛してる

なぜこんなに寒いのに学校や仕事は休みにならないのだろう?


なぜ人間は冬眠しないのだろう?


いっそのこと冬は沖縄に住みたい。


以上、冬が物凄く苦手だった俺が前世でよく考えていたことだ。


最も外に出たくない「冬」という時期の、「早朝」という最も外に出たくない時間に外を走る。


ああ、なんと恐ろしい苦行だろうか。


そんな恐ろしい苦行を、俺はほぼ毎日のように強いられていた。おそらく【***の支援】とかいうよくわからないスキルのせいだろう。



よく使われる比喩に「スイッチが入る」というものがある。アスリートなどの集中力が増したときや、変な性格の一部分が暴走するときなどに使われるが、俺は突然体の制御が効かなくなることをこう例えている。


今世の俺はしまうことが頻繁にある。まるで自分の体ではないように、意思に反して体が勝手に動きだす。大まかな動きだけではなく、手の先、足の先、さらには表情のような細部まで、ナニカに乗っ取られてしまうのだ。


スキルを得たあの日以降、毎日のように寝ている間に、目が覚めると体が勝手に動き出してしまう。服を着替え、靴を履き、外に出て走りだす。


接地は重心の真下で、母指球の少し外側で接地し、母指球で強く地面を蹴る。体のバネをしっかりと活用した走り方である。


最初の3日くらいは屋敷の敷地を走るだけだったのに、近頃は街中を走らされている。短距離の走り方・ペースであるのにも関わらず今では10キロ以上はぶっ続けで走っている。意味が分からない。


慣れれば楽になるなんてこともない。慣れれば更にペースが上がり距離が延びるだけである。そもそもなんでこんなに体力が持つのか。俺はまだ人間なんだろうか?


「おう、坊ちゃん!今日も精が出るな!」


ここ最近いつも走っているルート上にいる、すっかり顔見知りとなった市場のおっちゃんが声をかけてきた。本当は助けを求めたいのに、体は勝手にさわやかな笑顔を作って片手をあげて挨拶する。


冬でも市場の朝は早い。ということは漁師さんはこれよりもっと早く海に出ているのだろう。特に冬の時期は昼間であっても外に出たくない俺には、全く考えられない生活である。


どうでもいいことを考えて気を紛らわそうとするが、やっぱり無理だ。冷たい海風が顔や手を冷やし感覚がなくなる一方で、服を着ている部分は暑くて気持ち悪い。


しんどくてしんどくて、今すぐ向かいからくるあの馬車に突っ込んで走れない体になってやりたい。なんて狂った考えまで浮かんでくる。


それなのにちっとも減速せずに大きなフォームで走らされる。気が狂う。


「おはよう!いつ見ても綺麗な走り方だね!惚れ惚れするよ!」


顔見知りのおばちゃんがそんな風に声をかけてくる。アスリートがこのスキルを持っていたら喜ぶかもしれない。だが、俺が目指すのは引きこもりなのだ。・・・スキルを譲渡できる魔導具とかないんだろうか?



それからしばらくして、ちょうどが空っぽになったころ、ようやく屋敷に帰り着き、体の支配権が戻ってきた。


体はアホほど重いが、なぜか動けるのはここが魔法があるようなファンタジーの世界だからか。それとも俺が人間を卒業したのか?


すぐに愛するお布団に包まりたい気持ちを抑え、使用人に体に『クリーン』の魔法をかけてもらう。寝具を綺麗に保つことと、あったかいお風呂に入ること。この二つのためなら怠惰な俺も少しは頑張れるのだ。ほんの少しだけだが。


ちなみにお布団と言っているが、掛け布団のことである。どちらかといえば元の世界の東洋より西洋に近いこの世界では敷布団ではなくベッドに寝るのが一般的だ。


俺が使っているのは珍しい魔物の羽を使ったふっかふかの最高級掛け布団。前世の記憶を思い出したその日に、父が軽く引くぐらいの勢いでおねだりをしていいものに変えてもらったのだ。

あの日倒れたのを寝不足のせいにして、いい布団が必要だと力説したのもよかったのかもしれない。掛け布団だけでなくベッドも高級なものに変えてもらえた。


ようやくそんな最愛のお布団にダイブした俺は、おぞましいスキル呪いについて考える。


この世界の人間は9歳と100日程経った頃に、スキルと呼ばれる異能を得る。スキルは神から授かるものだという人もいれば、生まれつき備わっていて時期が来たら使えるようになるものだという人もいるが、これはまあどうでもいい話である。


優秀なスキルや危険なスキルを持ったものは国や貴族の管理下に置かれるが、幸い、俺が持っているスキルは大したことのないものだとされた。


【***の支援】


伏字が含まれるスキルはとても珍しいが、他に存在しないわけではない。なにより、このスキルは過去にも保持者がおり、その人は特段優れた人物でもなかったという。


これらの理由で大したことないものだとされたが、おそらくこのスキルは突然体を乗っ取る悍ましいスキルだ。過去のスキル保持者が生きていたらどうにか乗っ取られないで済む方法がないか聞いてみたいものだが、既に亡くなっている。


・・・このスキルを作った存在は他人の体を乗っ取って勝手に動かすことが支援だと考えているのだろうか?


そういえば日本の引きこもり支援団体の一部は、力づくで自宅から連れ出し、施設に監禁する悪質な団体だと聞いたことがある。もちろん善良な団体の方が圧倒的に多い。しかし、すべての団体を最初から無条件に信じることは危険である。


同様に、支援と名の付くスキルも最初は疑ってかかる必要があったようだ。疑う疑わないにかかわらず、このスキルは強制的に発動してしまうのだけれども。


スキルに体を乗っ取られるとき、体中が思い通りに動かなくなる。そして魔力も思い通りに動かすことができないが、意識はそのまま残る。


意識を乗っ取られないだけマシなのかそれとも意識がある状態で意にそわない行動をさせられる分余計に地獄なのか。走っているときのしんどさを考えるとおそらく後者かもしれない。


体を乗っ取られて行う行動は今のところ基本的にランニング(というか長距離ダッシュ)が多いのだが、違う行動をとることも多い。中でも2回、特に印象に残っている出来事があった。


1度目はランニングから帰ったら家族と一番上の兄の婚約者が何やら話をしていたとき。勝手に口が動いたかと思うと長兄の凄さを熱く語り出した。『10日前の会議での発言が素晴らしいものであった。』というような俺が知るはずがないような情報まで交えて。

長兄の婚約者は嬉しそうにしていたが、長兄と父は驚愕の表情を浮かべていた。


2度目はその数日後の夕方。父の書斎に向かい、春に開催される隣国でのイベントに自分を同行させるように一生懸命頼みこんでいた。

心のなかで「嫌だ!行きたくない!」と叫んでいるにも関わらず、俺の口や体は真逆の言動をおこない、将来への熱い思いを語り、父は大いに乗り気になった。そして、なんとその頃から父は俺を厳しく育てるようになってしまった。


なんということだ!あの優しいダンディなパパが、うるさいもみあげクソジジイになってしまったのだ!


この悍ましいスキルを俺に授けた存在がいるのなら、そいつの目的は何なのだろうか?ただ俺に嫌がらせをしたいだけなのか?わからないが今のところ精力的に活動させようとしていることは確かである。


そしてほぼ確実に言えることは、夢の引きニートライフは遠のいているということだ。なんとかしなければ俺の未来は真っ暗だ。


(真面目に働く未来なんてもう嫌だ!)


そう叫ぼうとしたのに、その瞬間体の制御権が奪われ、体はベットからガバリと起き上がる。そして、口からは別の言葉が発せられた。


「今日の歴史の勉強も楽しみだな!」


その瞬間、扉がノックされ、家庭教師の先生が入ってきた。


「楽しみにしていたいて光栄です。お坊ちゃま。本日も気合を入れてまいりますよ!」


もう嫌だ・・・。










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