引きニートになりたいのに、スキルが出世させてくる
いこい
『引きニート』、それは憧れ
「あの家に生まれて、才能がない。それは死んだも同然なんだよ。わからないだろうな?どんなに努力しても、武術では父上や兄上にまったく及ばず、魔術では母上や妹に遠く及ばない。誰もが関心を向けてくれない。俺がどれだけ惨めだったか!」
端正な顔つきの青年はそう言って毒々しい見た目の薬を一気に呷った。みるみるうちに全身から黒い毛が生え、目は赤く染まり、体が膨張していく。
「まったくわからねえよ!アホが!」
相対する気だるげな顔をした少年は言う。普段はテンションが低く、省エネ気味な少年だが、今は珍しくヒートアップしていた。
「俺はお前が羨ましくてたまらない!実家が太い。才能がない。干渉せずにいてくれる家族。働かずにだらだら過ごすための最高の条件が揃ってるじゃないか!それを!お前は!ドブに捨てたんだぞ!おまけにイケメンなルックスまで!」
(・・・コイツハナニヲイッテイルンダ?)
獣化によって薄れゆく理性の中、青年の頭には一瞬だけそんな疑問が浮かび、やがて消えていった。
今日の僕は、昨日までの僕とは何かが違う。
何がどう変わったのかはわからないが確かにそういう感覚があった。
『9歳から100日程経ったある日、急に力を得たような不思議な感覚が発生する。』
家庭教師の先生に何度も教わった話である。そんなふわっとした表現でいいのかと思ったものだが、目が覚めたらその感覚があった今、たしかにこれを言葉にするのは難しいと感じる。
いつもは使用人に布団を引きはがされるまで二度寝する僕だが、今日ばかりは飛び起きた。どういう力を得たかによって僕のこれからの人生は大きく決まるのだ。
部屋を出て父の書斎に向かい、ノックをして名前をいう。
「ソアです。」
「入れ。」
扉を開けると部屋の中にはもみあげと髭がつながっている赤い髪の中年の男が座って仕事をしていた。この男が僕の父親だ。なんだかんだで僕には甘い、いい父親だ。
いつもは父を見ると『僕も大きくなったらもみあげと髭がつながるのかな?』等のどうでもいいことを考えてしまうのだが、今日はそれどころではない。父も部屋に入ってきた僕の様子を見て僕の身に何が起こったのかどうやら気がついたようだった。
「お父様、スキルが発現したようです。」
「おお、ついにお前も発現したか。付いて来い。」
僕が報告すると緊張した面持ちで父がそう言った。これからおこなうことの結果次第では僕と家族は気軽に会えない立場になる可能性だってある。
父は部屋から出て、別の部屋に向かう。その部屋には普段鍵がかかっていて入れないが、何度か中を見たことがある。
父がその鍵を開けると中には様々な魔導具が並んでいた。剣などの武器、箱や仮面のようなもの、さらにはよくわからないものまで様々な魔導具が並んでいる。
「始めていいぞ。」
父がそう言ったのを聞いて、僕は緊張しながら部屋の中央にある女神像のような魔導具の手にそっと触れた。そしてゆっくり魔力を通すと、女神像から別の魔力が体に流れこんできた。そして僕が得たスキルの名称が頭に浮かび上がってくる。
入手していたのは2つのスキル。両方とも凡庸なものだ。
よかった僕も家を離れなくて済むみたいだ。
無意識に安堵のため息がこぼれた。
本来ならそれで終わりのはずだった。
しかし、一瞬の間があり膨大な情報が流れてきた。これは、1つのスキルと…誰かの記憶?頭が割れるように痛い。
僕が最後に見たのは珍しく慌てた父の顔だった。
俺は生まれつきとんでもなく怠惰だった。園児の頃ですら、好きなキャラクターのおもちゃを買ってあげると言われても外に出たがらなかったという。
そんな前世の俺は両親から無理矢理入学させられた通信制の高校を卒業後、家にいると家業を手伝わされるため、一人暮らしをし、引き篭もりニートになることを試みた。母はともかく、あのゴリラみたいな父親には反抗できないのだ。
しかし、現実は甘くなかった。贅沢をしなくても生きることにはお金がかかる。家賃、食費、電気代、水道代、年金、保険料 etc...どれだけ切り詰めても1人暮らしの場合、月に5万円ほどはかかってしまうのだ。
俺は泣く泣く引き篭もりニートになる夢を一旦諦め、働いた。生活保護を受けようとすれば実家に連絡が行って連れ戻されるだけだし、ギャンブルで一発逆転を目指そうと考えるほどバカにもなれなかった。
泣く泣く働いて働いて、ようやく残りの人生は引き篭もってもなんとか生きていけそうなくらいの貯金をし終え、退職届を出した直後に、皮肉にも俺は交通事故で死んでしまった。
会社の同僚たちに泣いて止められたのに振り切って退職届を出したせいで罰が当たったのだろうか?いや、そもそも平社員だった俺があんなに引き留められるのがおかしいだろう。それで罰を受けるのは理不尽すぎる。
ああ、神は俺を見捨てたのか…。別に信じている宗教なんてないがそう思ってしまいそうなところであったが、気が付けば俺は転生を果たしていた。
今世の俺の立場はそこそこ裕福な商家の三男坊である。つまり絶好の引き篭もりポジションだ。もしスキルが優れていると貴族の婿や養子にさせられたり、無理矢理働かされたりする可能性があるが、幸い俺のスキルは全く優れていないとされた。
俺が持つスキルは、【威圧】と【跳躍】、そして【***の支援】という謎のスキル。似たようなスキルだと【支援魔法】という戦場で重宝されるスキルがあるが、幸か不幸か別に魔法は使えるようにならなかった。
とにかく、なんだかんだで脛を齧らせてくれそうな両親、太い実家、優秀な2人の兄を持つ三男坊という責任のないポジション、俺の幸せな引きこもりライフは確約されたようなもの――――――
のはずだったのに。
しんどい。部屋に戻りたい。お布団が恋しい。
どうして?どうして?どうして?
吐いた息が白くなるような冬の季節、俺は外を走っているんだ!?
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