第10話

朔の文章は『ブック・アラカルト』のほかに、作文コンクールや小論文の優秀作品に何度も選ばれていた。


そのたびに僕は、感嘆とも嫉妬ともつかない、どす黒い感情が湧きだして自己嫌悪にさいなまれた。


文体はシンプルでスムーズに読めるが、内容は深い。


朔は、そんな理想的な書き方をしていた。


朔はフォローするように言う。


「海のは、自在にっていうか、割とその場その場に適した文章を書けてる気がするんだ。ほら、前に国語の授業で詩をつくるのあっただろ。抒情的な表現ができる人は、伝えるのが上手ってイメージあるしな」


「無理に褒めなくていいよ」


僕は苦笑した。


朔も困ったような苦笑いをして、パソコンの画面から目を離した。


「司書の中野さんは期待してるよ。あの人、きっと海のことが好きなんだよ。あ、もちろん好きっていっても恋愛とかじゃなくて、生徒としてはかわいい、的な。だって、あの人、俺と話すとき、いつも海の話するんだぜ。海は、中野さんといて俺の話かしたりするか?」


妙に穿うがった見方するよな、と思いつつも、


「朔のことも当然話すよ。そんなに話題がいっぱいあるわけじゃないから。そっちこそ、僕のことなんて話してるんだよ」


と訊き返した。


「どうだろ? 海の考え方とか、興味あることとか」


「単なる雑談だな」


朔は、


「好意的なのは間違いないよ」


と断言した。


その断定の仕方に、朔の性質にあわない仄かな敵意を感じ取り、僕は内心うろたえてぜんぜん関係のない相沢梨亜子へと話を逸らした。


「ところで、朔。最近どうも相沢と噂になってるよね?」


「ああ」


「関係ないのか? 美男美女でお似合いなのに」


どうでもよさそうに、朔は、美女なのはたしかだけどな、と素っ気なく答えた。


「それは残念」


「お互いに特別な存在でもないのに、残念はないだろう。それに俺がどうこうしなくても、演劇部のヒロインはいつでも引く手数多だよ」


僕は、それもそうか、と頷き、


「とりあえず、さき進めたいから、いい?」


僕が訊くと、ああ、俺はもう帰るよ、と言って朔は立ち上がった。


チェアを元の位置に戻し、逆の端にいる女の子を目で指し、


「あそこにいる子さ」


と朔は出し抜けに言った。


そういえば、朔と同じでいつもテスト上位の子だったよな、と思ったら、


「一年のころ、俺、フッてるんだよね」


と唐突なことを言った。


僕は、アンネを書いていることもあり、世のいわゆる良識みたいなものに過敏になっていたせいもあって、やめろよ、と不愉快であることを隠さずそっぽを向いた。


「いいじゃないか、ずいぶん前のことだし。それに彼女、今じゃ他校にイケメンの彼氏がいるらしいぜ」


朔は、ほんとうに稀に、たちの悪い、しかも自滅するような露悪的発言を意図的にしてみせることがあった。


それに、どんな意味があるのかは、いくら考えたってわからなかった。


僕が押し黙っていると、バッグを持った朔は、じゃあな、と言い残して出口へ向かった。


夏の郷愁を誘うような夕方の日差しが、朔の横顔を静かに照らしていた。


その悲しみと苦味を含んだような、ある悪意をたたえてもいるような不可思議な表情は、いつもの優しい朔を別の面から想起させ、僕の心を乱した。

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