男の履歴書

「まずは、表面上の経歴から知りたい。履歴書を検索」


「漢字はわかる?」


「むらはちじまたくざんをひらがなで検索。履歴書にはふりがなのルビが振られているはずでしょ」


「わかった」


「おい、何をぶつぶつと独り言をつぶやいてやがる」


ウサモフとの会話に男が割り込む。


質問には答えず、琥珀は説得を続ける。


「今頃、警察に電話が入っている。警察に電話が入ればヘリコプターが飛ぶ。本名が割れている以上は、車のナンバーも特定される。警察のヘリはすぐにこの車を見つける。見つけたらパトカーが追跡する。交通規制も敷かれる。馬鹿なことはやめておいたほうがいいと思うけどな」


「ちっ……!」と舌打ちで男は返事した。


「生意気なガキだ。運転していなければ、ぶん殴って黙らせてやりたいぜ」


会話は空転する。


ヘリコプターの音がバリバリと鳴る。


警察のものかあるいは偶然商業的なものが通りかかったのかはここからじゃわからない。


「警察か……」と村八島は苦笑しながら言った。


「もう遅いんだよ。何もかもが。クソがよ」


それは、琥珀に言ったのではなく、自分自身に言い聞かせているようだった。


「検索結果が出たよ」


「おそいよ。ウサモフ」


「見える?」


「縛られてて見えない。読み上げて」


「村八島啄山・・・・・郵便番号」


「住所はいい」


「ん?ああ、卒業した学校は……」


テレビの高校生クイズ王選手権で、聞いたことのあるような学校の名前が読み上げられる。


偏差値はわからないが、その番組に出場する高校は一般的に名門校と呼ばれることが多い。


そのような学校の卒業生は、国立大学などに進学をし、一流企業や官僚などのキャリアパスを進めていく。


「大学は?」


「行ってないみたい」とにべもなくウサモフ。


望んだ学歴を得られなかった屈折したエリート。


プライドと社会からの評価が折り合わず、歪んでしまったのか。


「職歴は?」


警備会社、介護、工場、職種を転々と変わっていた。


企業が採用活動を絞り、うまくキャリアを築けなかったのはこの男だけの問題ではない。


このような不幸な人間はこの時代いくらでもいた。


その要因には、国内で行われた政治、さらにそれを取り巻く世界情勢、複雑な要因が絡んでいた。


琥珀は、勉強は、できるであろうこの男にマクロ経済学に基づく知見に基づいて講釈をたれようとも考えた。


だが、感情的になっている相手にそんなものが響くのだろうか。


それこそ、子どもから偉そうに説法されるのに腹を立てているような犯人である。


プライドはずたずたに切り裂かれ、余計感情的になるのは想像に難くなかった。


「おじさんって頭いいんですか?」


少女からの意外な問いかけに男は驚いた。

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