声が出ない…!

「助け……」


琥珀は、声が出なかった。


理屈では、大声をあげれば、周りに大人が集まってくるはずであった。


だが、人間が本当の生命の危機に直面した時、声帯が閉まるのだった。


言うなれば、痴漢に遭った時に声を思うようにあげられないのと同じ現象だろう。


「さあ、いい子だから車にお乗り」


力づくでワゴンカーに押し込められる。


「近づくな!」


男は声を張って、元就と天音を制止した。


「車の中には爆弾があるんだ。変な動きをしたら起爆するぞ!」


目が血走っていた。


刺激すると何をやらかすかわからないので二人は言う通りにする。


手早く琥珀の後ろ手をロープで縛り、続いて足も縛った。


まるで犯罪のプロであるかのように手際はよかった。


「バカなことはやめるんだ。村八島啄山!」


「なんで俺の名前を知っているんだ?へっ。素性が知れちゃいよいよ後戻りできねぇな」


心を読み、本名を呼べば、少しはひるむだろうと元就は見たが、逆に相手の決心を固めてしまったようだ。


「じゃあな。このまま、俺はガソリンと爆弾を積んでこのまま、どこか人が集まっているところに突っ込む」


嘘ではない、本気だということが元就にはわかった。


車はその場を後にし、ふたりは残された。


行先はおそらく近くの高速道路だ。


「早く警察に……警察に電話しないと」


携帯を持たせてもらっていないふたりは近所の家のインターフォンを片っ端から慣らし、真っ先に出てきた住人に固定電話を借りた。


「大変です!誘拐事件なんです!」


その一言を聞くと、お人よしそうな主婦が真っ青な顔になり、中へ二人を誘導した。


「もしもし、一緒に遊んでいた女の子が誘拐されたんです。はい。車は高速道路の方へ向かいました。犯人の名前は村八島啄山と言います。どこかに車で突っ込むと言っていました」


警察も手早く答え、車を探すよう約束した。


一方その頃、車の中では「バカなことはやめなよ」と琥珀が村八島に語り掛けてきた。


琥珀は緊張と恐怖の中で、冷静さを保とうと努めていた。彼女は村八島啄山に対して、彼の行動の重大さと、それがもたらす可能性のある結果について語りかけた。


「こんなことをしたって、何も解決しないよ。あなたが何を考えているのか、私にはわからないけど、こういう方法は絶対に間違ってる」と女口調で琥珀は言った。


村八島は一瞬琥珀の言葉に動揺したように見えたが、すぐに「黙れ!」と怒鳴りつけた。


「幸せそうにのんきな顔して男と遊んでいるクソガキ風情に何がわかる!そんなごもっともなお説教は聞き飽きたんだよこっちは!」


村八島は急ハンドルを切り、琥珀はドアに頭をぶつける。


なにか過去に不幸があって怒りに満ちているようだった。


「ウサモフ……いる?」


「ああ、なんとか頑張ってついてきたよ。だけど君を助ける能力は僕にはない」


「村八島啄山の過去について検索できる?」


ウサモフは意表を突かれた顔をしたが返事した。


「やってみよう」

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