男の子に変身

亜寿沙は一瞬、自分の過去と現在を見つめ直した。


彼女は常に、「もし男の子として生まれていたら」という思いを抱えて生きてきた。


男性が支配する社会で、女性としての彼女が直面してきた困難、偏見、そして限界。


男性であれば、もっと違った人生を歩めたのではないかという考えは、彼女の心の奥深くに根付いていた。


「本当に不思議な話ですね。でも、どこまでが伝説で、どこからが現実なのか」


亜寿沙の声は小さく震えた。


彼女自身も気づかないうちに、その話に強く引き込まれていた。


フリーライターは続けた。


「この壺が本当に存在するのか、それとも単なる伝承なのか、私たちには分かりません。しかし、重要なのはその象徴です。自分の人生を振り返り、異なる選択を夢見ること。それが、この伝説が教えてくれることではないでしょうか」


亜寿沙はその言葉を静かに噛みしめた。


もし、選び直すことができたら、彼女は何を変えるだろうか。


性別?職業?それとも、もっと根本的な何かを?


仕事への焦りと編集長からの圧力を一時忘れ、彼女は遠い過去を思い出していた。


学生時代の夢、初めての文学に触れた時の感動、そして、純文学の世界で自分の声を見つけることへの渇望。


「ただいまー、なーんてね」


誰も待っていない家に亜寿沙は帰った。


彼女はさみしさを紛らわすためにペットでも飼いたいと考えていた。


犬、猫、ウサギ、ハムスターなんて現実的なものからパンダなんていう現実では飼えない動物まで脳裏に浮かぶ。


女子っぽくない殺風景な部屋に戻ると、箱が置いてあるのに気づく。


宅配便……のようでもなかった。


「壶」という文字が書かれたキョンシーのおでこに張るようなお札がぺたっとくっついていた。


日本の漢字ではなく、なぜか中国の簡体字である。


昼間のライターの話をふと亜寿沙は思い出す。


まさか……。


不安と好奇心が交錯する中、亜寿沙はその箱に手を伸ばした。


重厚な木製の箱で、古びた感じが漂っていた。彼女は一瞬躊躇したが、好奇心が勝り、お札を剥がして蓋を開けた。


中には、見事な手工芸が施された古風な壺が入っていた。


それはどこか神秘的な雰囲気を放ち、亜寿沙はつい見とれてしまった。


その壺には微細な彫刻が施されており、触れるとその冷たさが彼女の指先に伝わってきた。


「こんなもの、どうして私のところに…」


「君を男の子にしにきたのさ」


煙が黙々と立ち上り、亜寿沙の体は縮み、健康的で若い肌へと若返っていった。


股間に違和感を感じ、自分が男の子になったことをなぜか瞬時に察した。


「よろしく、僕の名前は霧霧。パンダの亡霊だ。君は男の子として人生をやり直してもらう」

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