枕を煮る

藍田レプン

枕を煮る

「枕を煮るんですよ」

 とその方、Cさんは開口一番私に告げた。

 年齢は30代半ばだろうか、おっとりとした印象の顔で、髪はくるくると巻いた個性的なカーリーヘアだ。

「正しくは枕カバーを煮るんですけど。僕、ごらんの通り生まれつきひどい天パでして、寝る時もヘアクリームが欠かせないんです。何もつけずに寝るとね、朝起きたらコントの爆発した博士みたいになっちゃう。それで、ヘアクリームを寝る時もつけたままにしているんですけど」

 当然、ヘアクリームが枕カバーに染みついてしまうのだという。

「買った時は綺麗な枕カバーも、使っているうちに油ぎってテカテカになっちゃうんです。これ、普通に洗濯しても取れなくてね。ずっと悩みの種だったんですけど」

 ある日、SNSで汚れや臭いのひどい洗濯物は鍋で煮るといい、という記事が目に入った。

「それで、ヘアクリームも油性なら煮れば落ちるかなと思って。ほら、食器を洗う時も水よりお湯のほうが油汚れってよく落ちるじゃないですか」

 軽い気持ちでカレー用の大鍋に湯を注ぎ、そこに枕カバーを沈めて煮たのだという。

「翌日乾いた枕カバーを見て驚きました。いや、驚いたというより嬉しかった、かな。あれだけテカテカにこびりついていた汚れが綺麗に取れていたんですよ。効果覿面でした」

 Cさんは上機嫌で朝食を食べ、出社するために玄関を開けたのだが、

「玄関の前にカブトムシが、飛び出した内臓がぐちゃぐちゃに絡まった状態で死んでいました」

 綺麗になった枕カバーで上がっていたテンションが若干下がった。

「でも、まあカブトムシが死んでいただけですしね。近くに林もあるし、まあそんなこともあるだろうとその時は思って、特に気にせず出社したんですけど」

 それ以来、枕カバーを煮ると翌日必ず玄関先に、内臓が飛び出してぐちゃぐちゃに絡まった何かの死体が転がっているのだという。

 蛾、ネズミ、スズメ、ハト、カラス、モグラ、猫、犬、ハクビシン……

「最初はアパートの住人の嫌がらせかとも思ったんですけど。僕が枕カバーを煮ると異臭がするとか、そういうのかなって。でも本当に枕をお湯で煮ているだけだから、臭いもしないし、当然騒音とかも出ませんしね。全く因果関係がわからないんですよ」


「それで、それ以来枕カバーを煮なくなった……というお話ですか?」

 怪談としては少し弱いな、と思いながらも、表情には出さず私が尋ねると、Cさんはきょとんとした顔でいいえ? 今でも煮ていますよと言った。

「だって枕カバーは毎日使うものなんだから、綺麗な方がいいじゃないですか。それに」

 最近は楽しみになってるんです。

「次は何が死んでるんだろうなって。ははは」

 もし●●が死んでいたら、その時はまたご連絡しますね。

 そう言って、彼はおっとりとした顔に笑みを浮かべ、喫茶店を出ていった。

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枕を煮る 藍田レプン @aida_repun

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