第85話 賭け
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リシュールが早朝に訪ねて来た同日、夜が深まったころにシルヴィスの元を訪れた人物がいた。
部屋のドアを急かすように
その顔からは、「何故呼び出した」という
この日、シルヴィスはリシュールを帰したあと、御令嬢の誕生日会に行く前に、魔法でクモイに「リシュールのことで話したいことがある。今夜来るように」と「飛び手紙」を送っていた。
「飛び手紙」というのは、紙に要件だけ書いて魔法を掛けると、鳥のような形となり、その名の
そのため、受け取ったクモイはシルヴィスの元に訪ねてきたのだった。
呼び出されたほうは不機嫌だが、シルヴィスは気にした風もなく「入ったら」と言った。クモイは、じろじろとシルヴィスの姿を見たあと、三歩だけ進んで部屋に入る。
「何だ、そのみっともない
シルヴィスがドアを閉めると、クモイはむっとした表情で言った。
彼が指摘したシルヴィスの格好というのは、日中に御令嬢の誕生日会に出席した状態ではあったが、まとめてあった髪は
その上、
だがシルヴィスは悪びれもせず、事情を説明した。
「ひと仕事終わったあとに、仕方なくあんたを待っていたんだ。とりあえずシャツを着ているだけいいとしてくれよ」
「仕方なくって……呼び出したのはお前だろう。その上、
クモイは大きくため息をつくと、さっさと部屋の中央に移動し、コートを着たままラクチュアに座る。リシュールがいつも座っている席を
それならば下手に
シルヴィスは単刀直入に、クモイに尋ねた。
「あんた、知っているんだろ。このひと月、リシュが仕事から帰ったあと、ここに寄っていること」
「……」
クモイは
ドア付近に立っているシルヴィスからは表情も見えないので、彼は右側の壁伝いに移動し、クモイの真正面の辺りまで来ると立ち止まる。
だが、意外にも顔に浮かぶのは疲労の色だけで、さっきのような苛立ちすらも消えており、ただ話を静かに聞いていた。
それを見て、シルヴィスは話を続ける。
「ずっと挿絵を描いてる。ずっとだ。帰るのは夜の九時ごろだぞ。『クモイが心配するだろ?』と聞いても、『最近帰りが遅いから』としか言わないんだ」
「……」
「聞いているのかカイル」
「だから、その名で呼ぶなと言っているだろう」
シルヴィスがクモイの昔の名で呼ぶと、クモイは反射的に返事をした。
「何だ、聞こえているんじゃないか」
シルヴィスは腕組みをして、背を壁にもたれた。
「俺は心配しているんだ。リシュがあんたと生活し始めてから、初めてこの部屋で会ったとき、リシュは屋根裏部屋で生活していころより体に肉がついて、血色も良くなって安心していた。それなのに最近はどうだ? 前のように
「……何がいいたい」
「あんたが
するとクモイは、何をおかしなことを、と言わんばかりに鼻で笑った。
「焚きつけた? 人聞きの悪い。私は特に何か言った覚えはない」
「だったら、何故リシュは
するとクモイはシルヴィスを
「……」
「まただんまりかよ」
シルヴィスはため息をつくと、壁際から移動し、いつも自分が座っているラクチュアにどかっと腰を下ろした。
「あんた、俺に言ったよな。『絵本を作ろうって言い始めてから、
シルヴィスの追及は止まらない。
「あの子は優しいからな。クモイのためを思ったら、自分の気持ちを押し殺すこともいとわないだろう。なあ、人の気持ちを
まくし立てるシルヴィスに対し、クモイは長いため息をついて、面倒そうに答えた。
「私は約束しか守ることができない」
だが、その
「マリとの約束か? 何故、そこまで死者にこだわる。絵本ができれば、あとは魔法具を探すくらいだろう。それだったらリシュの傍にいながらでもできるはずだ」
シルヴィスはリシュールのことを思ってクモイを説得したが、彼はただぽつりと「死者じゃない」と言った。
「……は?」
意味が分からずシルヴィスが不快な声で発すると、クモイはもう一度長いため息をついてから言った。
「私は
シルヴィスは
「賭け? 誰と?……まさか、マリか?」
だが、それにクモイは答えなかった。
「……とにかく時間がない。悪いが、挿絵が描き終わるまでリシュの面倒を見ていてくれ。多分、あの子のことだから、夜に部屋の明かりがついていると私が心配すると思って、お前のところに来ているのだろう」
クモイはラクチュアから立ち上がると、さっさとドアのほうへ歩いて行ってしまう。
「ちょっと待て、ちゃんと説明しろ」
「説明しなくても、挿絵ができあがったときに全て分かる」
淡々とした声でそう言うと、クモイはシルヴィスの部屋を出て行ってしまった。
「……」
残されたシルヴィスは、ラクチュアから立ち上がり
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