第84話 クモイを信じて
リシュールはびくっと肩を
「本当に、最初に俺が見ていいのか?」
リシュールはその問いに、唇をきゅっと結ぶと、そろそろと
「……」
シルヴィスの問いの意味は、リシュールも分かっている。最初に見せるべきは、依頼してきたクモイのはずだ――そう、彼も言いたいのだろう。
だが、リシュールは最初にクモイに見せられない理由があった。
「実を言うと、クモイに見せるのが怖いんです……」
「どうして?」
静かな声で尋ねられ、リシュールは迷ったが、ここでシルヴィスに見せるにしても説明をすべきだろうと思い、心の中に引っかかっていることを口にした。
「頼まれた通り、僕はマリさんの姿を想像して描きました。でも……、これでいいのか迷っていて……」
「迷う?」
リシュールはこくりとうなずく。
「クモイから話を聞いて、僕はマリさんのことがとても
リシュールは一旦ルヴァリシュルを飲んで、
「マリさんの気持ちは、分からないでもありません。でも、彼女を苦しませているのはクモイではないと……、僕は思うんです」
リシュールは、そう口にしながらも、マリがクモイにしか
彼女が母親や父親を
だからこそ、マリは兄を恨んだのだろう。
自分とは違い、両親の愛情が待っているところに生まれ、その
だがそのせいで、クモイはたった一人で、深い闇の中を歩き続けなければいけなくなった。
「クモイは優しいから、マリさんのどうにもできない感情を、全部自分が背負おうとしていて、苦しんでいます……」
リシュールは話しているうちにやるせない気持ちになって、ぎゅっと
「僕はそれがとても悲しくて……、だから、マリさんのことをどうしても優しく描くことができませんでした。きっとクモイは、マリさんが村人に
クモイから、彼とマリの間にある確執の話を聞いてから、リシュールの心の中で、黒い
マリに対する悲しみと、同情はある。
だが、それ以上に死してもなおクモイを傷つけていることに、彼女に対して冷たい気持ちを向けてしまうのだ。
リシュールは、自分の中にこんな
シルヴィスは、「そっか」と
「リシュ」
シルヴィスの声が体を伝って響く。
「いいんだ」
「え?」
リシュールがシルヴィスの顔を見上げると、彼はこくりとうなずき、もう一度同じことを言った。
「それでいいんだよ」
「いい」ということは、つまり「マリに対して、冷たい気持ちを持ったままでいい」ということなのかもしれない。だが、本当にそういう解釈でよいのか自信がなくて、言い
「マリは
シルヴィスの寛容な言葉に、リシュールは「甘えてはいけない」と自分を
「ですが、シルヴィスさんは僕に言いましたよね。……マリさんは、『ウーファイアとして、純粋に人々に
シルヴィスがそう言ったのは、きっと「人々に慕われていたウーファイアを描くように」ということを暗に秘めていたと思っていたのである。
だが、シルヴィスはゆっくりと首を横に振る。
「俺はこうも言ったはずだよ。『リシュが描くウーファイアを見たい』って」
そしてシルヴィスはリシュールに問うた。
「リシュは、今を生きているクモイを思って挿絵を描いてくれたんだろう?」
その問いに、リシュールはゆっくりと目を見開いたあと、小さくうなずいた。するとシルヴィスの声が明るくなる。
「俺はその気持ちがあれば十分だと思う。それにクモイは、俺には酷いことを言うけど、リシュにはルヴァリシュルに蜂蜜をたっぷり入れたくらい甘いんだから、怖がる必要なんてないさ」
リシュールの気持ちを
「ふふっ。それは甘そうですね」
「ようやく笑ったな」
シルヴィスは
「はい」
自分が描いた「ウーファイア」に、クモイがどういう反応を示すのか、まだ怖さはある。だが、シルヴィスからもらった勇気のお陰で、今夜クモイとちゃんと向き合えそうな気がするのだった。
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