第83話 見せたいもの
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
「うん」
シルヴィスは
「ですが、そんなに時間がないのでは……?」
「いいから、いいから。座ってちょっと待ってて」
そう言うと、シルヴィスは従業員用の階段がある扉を開けて、さっさと下りて行ってしまう。
「……」
ぽつんと一人残されると、リシュールは部屋の中央にあるテーブルを囲うように置かれたラクチュア(布のかかった柔らかい椅子のこと)のうち、入ってきたドアに一番近いところに座る。そこはすでに何度か訪れているうちに、リシュールの定位置になっていた。
リシュールは、肩にかけていた大きい布製の
「お待たせ」
それほど時間が
シルヴィスは、部屋の一番奥側ある自分の席に座り、盆をテーブルに置くと、慣れた手つきで、口から
上品な香りとお茶の色が明るい黄色だったところを見ると、ルヴァリシュルだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
リシュールは出されたお茶をこくりと飲むと、
「おいしい……」
「それはよかった」
リシュールの表情を見て笑ったシルヴィスだが、一口飲むとカップをテーブルに置くなり、友人の顔を
「リシュ、最近ちゃんと眠れているか?」
リシュールが少し無理をしていることを、シルヴィスは気付いたのだろう。実際眠れてはいない。だが、あまり眠くもなかった。
「大丈夫です。眠れています」
心配を掛けないようにと笑って答える。
だが、逆に不信感を持たせてしまったようで、シルヴィスはさらに問いを重ねた。
「本当に? このひと月、毎日のように仕事帰りにうちに来て、絵を描いていたじゃないか」
夜遅くまで部屋の電気をつけていると、クモイが気にするだろうと思い、シルヴィスを頼ったのは
「毎日お邪魔してしまってすみません」
リシュールは軽く頭を下げた。
するとシルヴィスは立ち上がり、リシュールの隣のラクチュアに座る。
「こっちを向け」
「……はい」
素直に言われた通りにすると、シルヴィスがリシュールの両方のほっぺを
「い、いたひでふ……!」
「は・な・し・を・
「だいじょうふ……れす」
「疲れた顔をしているし、顔色もよくないというのにか?」
「……はひ」
するとシルヴィスは、ぱっとリシュールのほっぺを摘まんでいた手を離すと、大きくため息をついた。
「全く……。クモイもそうだが、リシュも
シルヴィスは、むすっとした顔でラクチュアの
リシュールはその様子を申し訳なさそうに見てから、視線を自分の目の前にある箱へ移した。
「心配してくださってありがとうございます。……でも、もしかすると今日で終わるかもしれません」
「え……?」
リシュールは一拍置いてから、「クモイに頼まれていた絵本の絵が、完成したんです」と言った。するとシルヴィスは水色の瞳を丸くし、身を乗り出す。
「もう? 確かに毎日ここにきて描いていたが……。だけどどうして? 時間はかかってもいいと言ったはずだ」
「分かっています。でも、クモイが
シルヴィスは何かを察したように、神妙な
「マリさんと家族のことを聞きました」
「そうか……」
シルヴィスはラクチュアの背もたれに体重を預けると、重苦しいものをはきだすようにぽつりと言った。きっと彼も、マリとクモイの間にある因縁めいたものを知っているのだろう。
「それで、クモイが納得してくれるか、シルヴィスさんに最初に見てもらおうと思って、挿絵を持ってきたんです」
リシュールはテーブルの上に載っていた箱に手を伸ばし、油紙を開こうとする。だが、その手をシルヴィスが止めた。
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