第78話 夢に見るもの

 まさかクモイがそんなことを言うと思わなかったので、リシュールの笑みは一瞬にして引っ込んでしまった。


「それは……」


 だが、思っていることを隠しても仕方ないと、正直に答える。


「だって……、話したくないだろうなって思うから。クモイのことは心配だけど、嫌がることを聞きたいとは思わないもの。それにうなされた理由が、昔の魔法使いに関わっているなら、尚更なおさら聞きづらいよ。過去の話はクモイが話したくないって、シルヴィスさんが言っていたし……」


 するとクモイは自嘲気味じちょうぎみに笑う。


「そうですよね……。私が『聞かないで欲しい』という態度を取っていたためリシュが気遣ってくださったのに、反対のことを申していますよね。すみません……」


 謝るクモイに、リシュールはあわてて弁解をする。


「あ、あのね、クモイ。何というか、僕は別に無理に聞こうとは思っていないんだ。話したくないならそれでいいんだよ」


 するとクモイは、隣に座る主人に真剣な視線を向けた。


「では、私が『話したい』……と申したら聞いてくださいますか?」

「……話したいの?」


 リシュールは、どこか不安定さのあるその瞳を見返す。


「……都合のいいことを申しているのは分かっています。それに、リシュにとっても、私にとってもあまりいい話ではございません。おっしゃる通り、私が夢でうなされていたのは、魔法使いたちの戦いがあったときのことですから」

「……」

 

 クモイの話は、まるで暗がりに足を踏み入れるような感覚がある。だが、リシュールはその感覚に覚えがあった。シルヴィスに、「クモイと自分の過去を話す」と言われたときのそれと同じである。


 彼らの過去は想像を絶するもので、悲惨ひさんなものだ。

 きっとこれからクモイが話すことも、同じように辛いことに違いない。


 だが、リシュールは思う。


 もし、自分がクモイの辛さを聞いてあげられたなら、その重荷を少しだけ背負い、寄り添ってあげられるのではないか――と。


「僕、聞くよ。クモイが聞いて欲しいなら、どんな話だっていい」

「リシュ……」

「クモイの語りで、話したいことを聞かせて」


 クモイは主人の言葉を見極めるように、じっとリシュールの目を見返すと、静かに答えた。


「分かりました。では、私がどんな夢にうなされていたのか、お話いたします」

「うん」


 リシュールは力強くうなずく。

 一方のクモイは深呼吸をすると、静かに話し始めた。


「私が先ほど見た夢は、マリに責め立てられているような状況です」


 リシュールはクモイの話を聞きながら、内心驚いていた。


 確かにクモイは「魔法使いたちの戦いがあったときのこと」を話すとは言った。

 しかし今日の昼時に、シルヴィスから「クモイにマリがどういう人だったかを聞いても、多分、教えてくれない。彼がリシュが描く『ウーファイア』を期待していると思うから」と言われたばかりである。


 シルヴィスが嘘をついているとは思えない。そのため、もしかするとクモイに心境の変化があったのかもしれないと、リシュールは思った。


 クモイは話を続ける。


「夢ですから、過去に実際起こったことと、勝手に想像されたものが入り混じっていますが、彼女が私を責め立てるのは無理もない状況ではあります」


 リシュールはあまり表情を変えないように努め、クモイの言葉に答えた。


「マリさんが、クモイを責めるの……?」

「ええ」


 兄妹きょうだいなのにどうしてそのようなことをするのだろうと、リシュールは不思議に思う。シルヴィスの話から聞く限り、共に戦ってきた仲間のはずだ。


 それともマリが魔法学校を襲撃しゅうげきしたことに対して、確執かくしつがあったのだろうか。シルヴィスにも「マリのことをいい人とは思えない」と言っていたので、その辺りのことが問題になっているのではないかと、リシュールは考えていた。


 するとクモイは一度目をつむり、何か心に決めると、彼は自分と妹の関わりについて話し始めた。


「私とマリとの関係で、シルヴィスが話さなかったことは、親が違うということでしょう」


 リシュールは目を見張った。


「親が違う……?」

「はい。私とマリは父親が違います」


 そのときリシュールの頭の中に、亜麻色あまいろ色固しょくこがちらついた。片親が違うとなると、もしかすると髪色が違うかもしれないとぼんやり思う。


「そうなんだ……」


 リシュールがそんなことを考えているなど、つゆとも知らないクモイは、重々しく次の言葉を口にした。


「マリは、母の道具として生まれてきたんです」

「……え?」


 リシュールは耳を疑った。

 子どもを労働に使う親がいることは聞いたことがあるが、最初からそのつもりで子をす親がいたことに、リシュールは信じられない気持ちになった。

 そもそも、何故「道具」として、マリが生まれたのかがさっぱり分からない。


 リシュールが目を丸くして聞いているのに対し、クモイは悲しい表情を浮かべるとこう言った。


「……すべての始まりは、私の父が原因不明で死んでしまったことにあります」

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