第70話 彼らの家族
「おいしかったです。ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
「でも、本当にご
リシュールの中に、どこか「甘えてはいけない」という考えが頭にあって、思わず聞いてしまう。だが、言ったあとに少し後悔した。
シルヴィスが
誤解していないだろうかと心配したが、リシュールの
「もちろん。俺がやりたくてやっているんだから、気にしないで」
シルヴィスがにこにこと笑うので、リシュールはほうっと息をつき、つられて笑う。
「ありがとうございます」
「それにリシュのおいしそうな顔を見て食べたから、俺もいつもよりもずっとおいしかったよ。普段ここに食べに来ても一人だからね」
リシュールは「一人」という言葉に目を
「どうして一人なんですか?」
シルヴィスは経営者であり、外で立っていれば女性に黄色い声を掛けられるくらい他者に興味を持たれるような人である。そのため、何となく人との交流が多いように思っていたので、とても意外に感じた。
「気楽だからさ」
何ともあっさりとした返答に、リシュールはさらに問いを重ねた。
「でも、誘われることもあるんじゃないんですか?」
すると、シルヴィスは木の
「仕事のために会食に行くこともあるけど、俺自身が一緒に食事をしたいと思う相手は、リシュと魔法使いの仲間だけだよ」
そしてシルヴィスは、茶目っ気たっぷりに「クモイ以外の魔法使いね」と付け足したあと、さらに言葉を続けた。
「だけど仲間のほうは、魔法具の番人をしていてその場を離れられない。俺が会いに行くならともかく、こっちに来てもらうのは難しいんだ。だから、大体は一人で食べている」
「そうなんですね……」
リシュールはそう言って、心に浮かんだ「家族はいないんですか?」という問いを、口を
クモイもそうであるが、シルヴィスも二〇〇年近く生きている。そして「自分たちの仲間以外の魔法使いはいなくなった」という話から察するに、両親や兄弟はすでに亡くなっているのだろう。
――それなら、奥さんや子どもといった家族はいるのだろうか?
そんな問いもリシュールの頭によぎったが、触れてはいけないもののような気がして、直接的に聞くことができなかった。
何と言っていいか分からなくなったリシュールだったが、シルヴィスは気にした風もなく自分の思っていることを口にした。
「前に一度だけ、話し相手が欲しいなと思って、行動をしてみようと思ったことはあった。仲間とは離れていたから、近くに話し相手がいたらいいなと思ってね。でも、すぐに
「……どうしてですか?」
「どうして、か。そうだなあ……」
シルヴィスは考えつつ、窓の外に視線を向ける。
「なんて言ったらいいのか難しいんだけど、こちらが相手との距離を取りながら話しをしたくても、上手くいかなかったから……かな」
「距離……?」
いまいちピンと来ず、分からないといった表情を浮かべると、シルヴィスが視線を戻し、言葉を
「相手によって、言いたくないことってあるだろう?」
リシュールはそう聞かれて、アルトランに来たばかりのころ、不動産屋に「孤児院の出身」というのが
「ありますね」
リシュールがうなずくと、シルヴィスは話を進めた。
「相手は、俺に心を開いたつもりで話してくるんだよ。家族のことや育った環境、目指している夢とかね……。そうなってきたとき、相手との関係を壊さないようにするためには、俺も相手から踏み込まれることを許さなくちゃいけなくなる。でも知っての通り、俺は自分の過去を軽々しく話すことはできない。その上、魔法使いで、年を取らない。魔法使いは、上手く隠し通すことができるけど、年を取らないのは言わないわけにはいかないだろう。事情も話さずに数十年一緒にいられたら気楽だけど、
シルヴィスはそう言って肩を
それに対して、リシュールは
「そう、ですね……」
だが、話を聞いていてリシュールは一つ疑問が浮かんだ。
「それならお店は?」
「店?」
「お店を経営されていますよね? 従業員の方は何も思われないんですか?」
クモイのようにマントに
「ああ、そのことか。俺は変装が得意な魔法使いなんだ。今は本来の姿だけど、例えば二十年後になったら、顔に
つまり、魔法で「再現」できるということなのだろう。
「気づかれないんですか?」
リシュールの何気ない質問に、シルヴィスは自信満々に「もちろん」と言ったあとに、「前にルベ――」と言いかけた。
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