第69話 「ハレリア」の料理

 店員は背筋のぴんとした背の高い女性で、シヘット(=料理などを乗せる手押し車のこと)を押して部屋に入った。

 次に何をするのだろうかと見ていると、「失礼します」と言ってルヴァリシュルが入ってたカップを回収し、シルヴィスとリシュールの目の前に手際よく、そしてきれいに食器などを並べていく。


 それが終わると、テーブルの中央に、木の皿に載った熱々の鉄板を二セット置いた。

 鉄板には、人差し指の第二関節くらいまである厚さの肉が乗っかっており、ジュウジュウという焼ける音と香ばしい匂いを放っていた。


牛肉うしにくの鉄板焼きでございます」


 店員は料理名を説明すると、今度は器に盛ったスープや煮込んだ根菜などをリシュールとシルヴィスのそれぞれに出し、最後にてきぱきと調味料を並べると、「では、ごゆっくり」と言って出て行った。


「さあ、どうぞ。ここの支払いは僕が持つから、遠慮しないでね」


 シルヴィスがにこにこと笑ってすすめる。


 リシュールは人生で初めて見る分厚い肉のかたまりと、シルヴィスの顔を交互に見たあと、「……それじゃあ、シルヴィスさんに感謝して」と挨拶してから、金属の肉刺し(=フォークのこと)と食刀しょくとう(=ナイフのこと)を手に取った。


 だが、このような肉を食べたことがなかったため、どんな風に切ったらいいのか分からず、その状態で固まってしまう。


 するとその様子を見たシルヴィスが突然吹き出して、あっはっは、と言って笑った。


「ちょっと、シルヴィスさん!」


 シルヴィスは、リシュールが戸惑っているところを眺めて楽しむくせがある。もしかすると安易に人をからかうようなところも、クモイがシルヴィスと食事に行きたくない理由なのかもしれないとちらと思った。


「何で笑うんですか!」


 ほほをぷうっとらませて抗議するリシュールに対し、シルヴィスはまだ笑っている。


「あー、ごめん、ごめん。可愛くてつい……」

「つい、じゃないです。しかも、可愛いって何ですか」

「ごめんって」


 シルヴィスは、ひいひいと言って何とか笑いをこらえると、「そのお肉、きれいに切られているから、端っこから順に食べていくといいよ」と言った。


 リシュールは、まだシルヴィスのことを疑っていたが、そろそろと手を伸ばし、右端に金属の肉刺しで、塊を刺してみる。そして上に持ち上げると、彼が言った通り一口大になったお肉だけが持ち上がった。断面が美しく、中はまだ赤い。


「ここのお店の有名な料理なんだよ。まるで一塊のお肉なのに、肉刺しで刺してみると実は一口大に切られているっていう不思議な料理さ。貴族の御令嬢なんかが好んで食べるらしい。自分で切らなくていいのが上品なんだってさ。俺にはその美観は分からないけど、確かに食べやすいし、見た目の驚きがあっていいなと思うんだ」


「お肉の中が赤いですけど、これ大丈夫ですか?」

牛肉うしにくだから、周りさえ焼けていれば大丈夫なんだ。気になるなら鉄板に押し付けたらいい」

「……いえ、このまま食べてみます」


 リシュールはそう言うと、ふう、ふう、と軽く息をかけてから、ぱくりと口に入れた。


「はふはふっ」


 まだ熱かった肉を口の中で冷ましつつもぐもぐと噛んでみると、そのたびに口の中に、じゅわ、じゅわっと肉汁が出てくる。また、軽く塩が振られているのか、程よい塩加減が相まってとてもおいしい。


 リシュールは、ほっぺが落ちるようなおいしさに、きらきらと目を輝かせた。


「おいひいです!」

「よかった」


 シルヴィスはリシュールの幸せそうな顔を見ると、自分も一切れ食べる。


「うん、いつ食べてもここのお肉はおいしいな」

「僕、こんなすごいお肉初めて食べました」

「味もいいだろう?」


 尋ねられて、こくこくと首を縦に振る。


「何というか、牛っぽくないと言うか……、乳臭さがあまりないような……」


 リシュールは、クモイが料理をしていたときに「牛肉うしにくは乳臭さがあるため、その臭いを消すと料理がおいしくなるのですよ」と言っていたことを思い出す。


 そのときのクモイは色んな調味料を入れて煮込んでいたが、「牛肉うしにくの鉄板焼き」では、肉を焼いているだけなので、そういうことをあまりしていないはずである。

 どうやっているのだろうと不思議に思っていると、シルヴィスがその理由を教えてくれた。


「そうだね。料理人がしている臭み取りが上手く効いているのもあるけど、『コルボーク』という種類の牛肉うしにくというのもあると思う」


「コルボーク?」


「そう。荒っぽい牛でね。俺たちは牛の乳を飲むこともあるけど、コルボークからは取らない。いや、取れないと言ったほうがいいかな。乳を取るときに暴れるんだそうだ。だけど、その荒々しい気性のお陰で、十分に運動したコルボークの肉は筋肉質で、噛めば噛むほどおいしさが出てくるんだよ」


「そうなんですね」


 リシュールはまた一切れ口に入れ、シルヴィスに教えてもらったことも含めて味わった。

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