第52話 シルヴィスの魔法

 リシュールは考えながら答えた。


「自分の欲のために権力を使う、とかでしょうか……」

「その通り。魔法学校の上層部は、自分たちのために権力を使った。それが魔法の『秘法』にせまることだったんだ」

「秘法?」


 リシュールが聞き返すと、シルヴィスは「そう」と言ってうなずく。


「だけどその話をする前に、魔法のことについて少し聞いておかないとな。リシュは、『魔法』というとどんなことができると思う?」

「魔法、ですか?」

「うん」

「えーっと、そうですね……」


 リシュールは目をしばたたいたあと、あごに手を当てて考えた。

 こんな風に聞かれると、「魔法」というのは実際何ができるのか分からなかったからだ。


 孤児院で先生たちが話してくれた魔法使いは、空を飛び、水の上を歩くことできて、困っている人々を助けてくれるような存在だったが、クモイを見ているとどうもそうではないらしい。


 確かにリシュールの生活をよくはしてくれたが、彼は特に魔法を使っている様子はなかった。仮に使っていたとしても、目の前で見せてくれた魔法は「マントの出入り」だけなので、それ以外は分からない。


 リシュールは「うーん……」とうなったのち、結局クモイの魔法のことを答えた。


「マントを出入りしたり、服を直したり……とか?」


 リシュールは自分が着ている服をちらと見る。それはクモイが魔法で直してくれた、一張羅いっちょうらだった。

 そのときである。何故かシルヴィスは突然吹き出して、ひとしきり可笑おかしそうに笑ったのだ。


「何か変ですか?」


 質問にちゃんと答えたにもかかわらず笑われたので、リシュールはぷくっとほほらませた。


「あー、ごめん、ごめん。違うんだ。クモイがリシュに見せていた魔法が、その二つだったことが分かって可笑しくって……」

「何で可笑しいんですか?」


「いや、クモイがリシュに対して、魔法を使いたくなかったんだなと思って。それなのに、魔法を使ってリシュの素性を調べていたんだから、そりゃ落ち込むだろうなと思っただけさ」


「魔法を、使いたくない……?」


 リシュールは表情をくもらせる。

 クモイが「魔法を使いたくない」ということに心当たりがあったからだ。


 彼はリシュールに出会ったとき、魔法使いだと名乗ったにもかかわらず、「魔法は得意ではない」「マントの出入りくらいしかできない」と言っていた。

 また、服を直したときに魔法のことを聞いたときも、あまり前向きではなかった。


 リシュールを調べるのに魔法は使ったが、彼は主人の前で魔法を使うことに消極的だった。それにはきっと何かしらあるとは思っていたのだが、シルヴィスの話し方からすると、その理由を知っているようである。


「話がれたね」


 シルヴィスが少し申し訳なさそうに言うので、リシュールは首を横に振った。


「そんなことはないです。気になっていたことだったので……」


 するとシルヴィスは表情を和らげて「そうか」と言った。水色の瞳に宿る光が、柔らかかった。


「クモイはどうして魔法を使いたくなくなったんですか?」

「まあ、これから話すことが、クモイの魔法嫌いに繋がっているんだけど、先に『魔法』でどんなことができるかについて答えよう」

「はい」


「『魔法』というのは、基本的にこの世界で誰かがやっていることであれば、魔法として再現することができるものなんだ。例えば、裁縫、農作業、掃除、洗濯、空を飛ぶことなんかが、挙げられるだろう。だが、リシュが言った魔法というのは、片方は魔法使いなら誰でもできることだけど、もう一つはクモイにしかできないことなんだよ」


「……うん?」


 リシュールは、シルヴィスの説明を理解しようと頭の中で反芻はんすうしてみたが、結局よく分からず眉を寄せた。


「『再現』って、どういうことですか?」

「リシュがさっき言ってくれた『服を直す』というのは、『裁縫さいほう』という方法がある。だから、魔法で『服を直す』ことができる、というような理屈さ」

「うーん……?」


 シルヴィスはかみ砕いて説明してくれているのだろうが、リシュールは眉間のしわを深くし、さらに腕を組んで唸った。

 その様子を見たシルヴィスは頭をいて、魔法の説明の難しさに弱ってしまう。


「『魔法』を知らない人からすると、何言っているのか分からないか……。そうだなぁ……。一度、見せてみたほうが早いか……」


 シルヴィスはぶつぶつと独り言を言ったあと「リシュ、ちょっと俺を見ていてくれ」と言って立ち上がる。

 そしてテーブルと椅子から少し離れると、その場で軽くねた。すると彼の体が床から三十センチ程度離れた状態で、宙に浮いたままになる。


「え……、え⁉」


 リシュールは驚いて目をぱちくりとさせていた。


「う、浮いてる……!」


 興奮気味に言うと、シルヴィスは笑った。


「これが魔法で宙に浮いている状態。そして俺の体を傾けると……」


 そう言って彼は左肩を軽く前の方に出す。すると、体が左の方へ流れていく。


「す、すごい……!」


 リシュールは立ち上がり、宙に浮きながら横に移動するシルヴィスを目で追いながらそう言った。そしてシルヴィスはリシュールの後ろ側まで移動すると、とんっ、と床に足を付いた。


「これが空を飛ぶ魔法」

「わー! すごいです! 魔法使いって、本当に空を飛べるんですね!」


 目を輝かせて、思い切り拍手をしながらそう言うと、シルヴィスは少し困った顔をして「ちょっと落ち着け」と言って、リシュールを再び席に着かせた。そして彼も、向かい側に座る。

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