第53話 「秘法」によって作られたもの

「魔法使いが空を飛べたのは分かったね?」

「はい」

「じゃあ、この世界で空を飛べる生き物は何だろう?」


 シルヴィスが質問をする。意図が分からなかったリシュールは、小首を傾げつつ答えた。


「え?……鳥とか虫とか、でしょうか?」


 答えに自信がなかったリシュールだが、シルヴィスは求めていた回答だったようで、「そうだね」と満足そうにうなずく。そして「魔法」の説明に戻った。


「さっき言ったことをもう一度言い直すと、俺たち魔法使いは、この世界にいる存在しているものたち、それは人間はもちろん、色んな生物をふくめているんだが、それらがやっていることを、魔法で再現することができるんだよ。畑を耕すことも同じ。あれは人間がくわを持ってやることもあるけど、小さな虫や微生物と言われるものが土をよくしてもいるんだ。それを、人や虫の力を使わないで行うから『魔法』って言うんだ」


 シルヴィスはそこまで言うと、カップを手に取り、ロフトニーを飲んで口の中をうるおしてから言葉を続けた。


「まあ、そう考えると『空を飛ぶ』の『再現』は、さっき俺が魔法で飛んで見せたのは、おかしいって思うかもしれない。空が飛べる鳥や虫には羽があるのに、俺には羽もないし、羽ばたかせてもいないからね。だけど、その話をすると魔法の法則の話になっちゃうから、とりあえず『魔法』は『再現』だと思ってくれたらいい」


 リシュールはこくりと、首を縦に振ってうなずいた。

「魔法」が、「この世界で誰かが行っていることについて『再現』する能力であること」ということが、ようやく分かったからだ。


 例えば、「空を飛ぶ」というのは鳥や虫ができるし、「裁縫」も人がすることができる。また、土を耕すという行動も人が行う場合もあれば、虫たちがする場合もあるので、魔法が代わりに行うということだろう。真似をするというのにも近いのかもしれない。


 とはいえ、空を飛ぶことは今実演してもらったので分かったものの、魔法を使って土を耕すのがどんな風になるのかは、リシュールも分からない。鍬が魔法によって勝手に動くのか、それとも土に魔法をかけることで耕した状態になるのだろうか、と想像してみるが、見たことがないので上手くイメージできなかった。


 リシュールが一人想像にふけそうになっていると、シルヴィスが右手の人差し指を立てて、「ただし」と言った。リシュールははっとして、想像するのを一旦やめる。


「魔法にも『技量』ってものがある。つまり、上手にできるかどうかってことだな。例えば……リシュは裁縫さいほうは得意?」


 聞かれて、首を横に振る。


「あまり得意ではありません」

「でも、裁縫が得意な人もいるだろう?」


 リシュールはこくりとうなずく。


「『魔法』というのは確かに、この世界で誰かがやっていることを『再現』することなんだけど、魔法使いは『再現』するものについてよく理解し、技量をみがかないと上手くできないんだ。だから、空を飛ぶのが下手な魔法使いもいるし、裁縫が下手な魔法使いもいる。誰もができるわけじゃない」

「そういえば、クモイはマントの出入り以外苦手って言ってましたけど……」


 シルヴィスは長いため息をつくと、不快そうな顔をしてテーブルに頬杖をついた。


「それは嘘だな」

「嘘?」

「クモイは空を飛ぶのも上手いし、修繕の魔法は何でも得意さ」

「そういえば、クモイが直した服はとってもきれいに直っていました」

「だろうな」


 シルヴィスは再びため息をつく。面白くないという感じだ。

 リシュールは苦笑しつつも、「魔法」とクモイのことについてようやく繋がってきたと思ったきだった。リシュールは、ふと、あることに気づいた。


「あれ……。『マントの出入りする』って、どんな生き物がしているんだろう?」


「魔法」はこの世界で誰かがやっていることを、「再現」することができるもののはずである。では、「マントの出入り」はどうなるのだろうか。

 すると、リシュールの呟きにシルヴィスが答えた。


「いい気づきだ。その『マントを出入りする』っていうのが、クモイにしかできない魔法なんだ。厳密に言えば、その力を持っているのはクモイではなくて、そのマントなのさ」


 そう言って、シルヴィスはリシュールの椅子の背にかけられている、濃い灰色のマントを指さした。

 リシュールの瞳がゆっくりと大きく見開かれる。


「マント、そのもの……?」


 シルヴィスはうなずく。先程は打って変わって、真剣な表情を浮かべていた。


「そう。そしてそのマントこそが、学校の上層部が『秘法』によって作られた、『魔法具』の一つなんだよ」

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