第49話 リシュールとシルヴィス
*****
リシュールは、シルヴィスが経営する『ユフィ』の周辺を当てもなく歩いていた。出てきたのはいいが、この後どうしたらいいのか分からなかったのだ。
「はあ……」
ため息が白い。空は灰色の雲で覆われており、太陽が見えないので思った以上に寒かった。
リシュールは
「……どうしよう」
このまま歩いていても仕方がないので、家に帰ろうとも思ったが、クモイが帰ってきて顔を見合わせたら、きっと気まずい雰囲気になってしまうだろう。また、何も言わないで出てきてしまったので、シルヴィスにも顔を合わせずらい。
そう考えると、戻るに戻れず、結局店の周辺をうろうろしてしまうのだった。
「分かっていたこと……なんだけどな……」
リシュールは当てもなく、ゆっくりと歩を進めながら独り
何の見返りもなく、クモイが心を尽くしてくれるはずがない。それは最初から頭の片隅にずっとあったことだ。
ただ、彼と一緒に生活していくうちに、いつの間にか当たり前のように傍にいる存在になっていた。
そのため、シルヴィスの話を聞いて、頭では「そりゃそうだ」とか「仕方ないことだ」と割り切れても、気持ちのほうでは納得できないでいたのである。
「謝らないと……」
どうしたものかと思っていると、リシュールの名を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
「リシュー!」
驚いて振り返ると、暖かそうな格好をしたシルヴィスが、手を振ってこちらに走ってくるのが見える。
リシュールは「まずい!」と思ったが、ここで逃げ出したら彼に対しても謝りにくくなると思い、観念してその場で彼が追いつくのを待った。
「やあ、追いついた!」
息を切らすシルヴィスが目の前に立ち止まると、リシュールは頭を下げて謝った。
「あ、あの、話の途中で出ていってしまってすみません……!」
「え? ああ、気にしてないから大丈夫だよ」
明るい声で言われ、リシュールが恐る恐る頭を上げると、シルヴィスはさっぱりとした表情を浮かべていた。本当に気にしていないようである。リシュールは安堵し、今度はシルヴィスの後ろを気にかけた。
「あの……クモイは一緒じゃないんですか?」
おずおずと尋ねると、シルヴィスはさらっと「一緒じゃないよ。いたら気まずいだろう?」と言った。
リシュールは「うっ」と言葉を詰まらせたあと、こくりとうなずく。
「……はい」
息を整えたシルヴィスは、吸い込まれそうな水色の瞳で、じっとリシュールの表情を見つめた。
「……あの、何か?」
黙って人の顔を見続ける彼に声を掛けると、シルヴィスはそのままの状態で「なあ、リシュ」と言った。
「はい……」
何を言われるのかどきどきしていると、「ちょっとそこでリルサ(すり潰した穀物の生地を薄く焼いて、そのなかにクリームや果物を包んだお菓子のこと)を買って、君んちで食べない?」と思ってもいなかったことを提案された。
「へ?」
さすがのリシュールも、気が抜けたような声が出てしまう。
「ほら、あそこの店だよ」
シルヴィスが店のほうを指さしたので、そちらに目を向ける。
そこには可愛らしいお店が建っていて、店の半分上がガラス張りになっており、店内では身なりのいい人たちが、出来立てのリルサを列を作って待っていた。
それを見て初めて、生地が焼ける甘い香りが
「ここで立ち話もなんだろう?」
「それは、そう……ですけど……」
リシュールは歯切れ悪く言う。ここにシルヴィスがいるということは、クモイが家に帰ってしまっているのではないかと思ったのだ。
すると、気持ちを察したシルヴィスが言こう言った。
「クモイが『家に戻ってくるかもしれない』ってことなら心配しなくていいよ。俺が帰るまでは店で待機するように言ってあるから」
「そうなんですか?」
リシュールは驚いた表情を浮かべ、シルヴィスの顔を見た。
「うん。だから安心していい。それにもし追いかけてきても、魔法で分かるから気になさんな」
彼は明るい光のような笑みを浮かべると、軽くウインクをする。
それが、「何かあっても任せなさい」というような大きな気持ちが伝わってきて、リシュールは不思議と心に安心感が広がるのだった。
「シルヴィスさんがそういうなら、分かりました。リルサを買って、
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