第43話 もう一人の魔法使い

「いえ、今日はオーナーに会いに来ました」


 すると女性は目を見開く。


「失礼ですが面会の約束はされているでしょうか?」

「ええ」

「お名前をお伺いしても?」

「クモイと言います」

「かしこまりました。確認してまいりますので、少々お待ちください」


 女性はそういうと出てきたドアの向こうへ行ってしまう。

 だが、さほどかからずに戻ってくると、「オーナの部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ」と言って、二人を螺旋階段らせんかいだんのほうへ促した。

 先頭を歩く女性に続き、クモイとリシュールは二階まで上ると、その階にある奥の部屋の前へ案内される。


「こちらでオーナーがお待ちです」

「ありがとう」


 クモイの礼に対し、女性は「どういたしまして」と艶美えんびな笑みを浮かべながら言う。こういう女性に慣れていないリシュールはどきりとして、思わず顔をうつむけた。


「リシュ」

「え?」


 声を掛けられたほうを見ると、クモイはすでにドアを半分開けている。案内してくれた女性の姿もすでになかった。リシュールは慌てて、彼との距離をつめる。


「行きましょう」

「あ、うんっ」


 ドアを開けた先には広い空間が広がっていた。部屋の奥に位置する北側は、クモイの背丈よりも大きい窓が付けられていて、大きい窓が付けられていて、外の光が透ける日よけ布で覆われている。


 その手前に一人掛け用のラクチュア(布のかかった柔らかい椅子のこと)が五つほど置いてあり、そのうちの一つに白いニットにグレーのスラックスをはいた男が、足を組み、ひじ掛けに頬杖をついて座っていた。


「いらっしゃい」


 明るい声で彼は言った。

 この辺りでは珍しい白銀色をした短い髪に、水色の瞳。そして整った顔立ちに笑顔を浮かべている。

 だが瞳は鋭く、相手の隠しているものを見極めようとしているような雰囲気があり、リシュールは思わず身を固くした。


「リシュ。彼が私の旧友です」


 クモイが挨拶もなしに男のことをリシュールに紹介する。


「えっと、あの……」


 リシュールが困惑していると、男が呆れたように笑い、クモイに文句を言った。


「俺への挨拶はなしか?」

「必要ないでしょう」


 対するクモイは素っ気ない。男は、はあ、とため息を着くと、ラクチュアから立ち上がりクモイのほうへ近づいた。


「あんたは必要なくとも、彼が驚いているみたいだが?」


 男はリシュールをちらと見る。見られたほうのリシュールは、ハッとして失礼のないように姿勢を正し、挨拶をした。


「あ、あのっ。初めまして。僕の名前はリシュールといいます。どうぞよろしくお願いします」


 すると男のほうは笑い出し、クモイは何ともいない表情を浮かべた。リシュールはどういうことか分からず、益々ますます戸惑いをあらわにした。


「あの、えっと……」


 男はひとしきり笑うと、涙を指で拭きながら謝った。


「すまない。ちょっと驚いてしまって……」

「驚く……ですか?」


 リシュールが尋ねる。

 すると男はちらっとクモイを見て、「いや、こちらの話しさ」というと、リシュールに手を差し出した。


「初めまして。俺の名前はシルヴィス・ウェルデラータ・セレル・リウ。クモイの紹介にもあったが、彼の旧友だ。以後お見知りおきを」


 リシュールは握手に応じつつ、目をぱちくりさせていた。

 するとシルヴィス・ウェルデラータ・セレル・リウは、リシュールの驚きを察してか、今度は悪戯いたずらっぽく笑う。不思議と先程まであった鋭いものが一気に消え去り、リシュールの緊張が和らいだ。


「長い名前で驚いただろう。今は『ウェルデラータ』としか名乗らないんだが、あなたが旧友の新しいあるじというから、昔から状況に応じて使っていた名前を全て名乗らせてもらった」

「昔と言うのは、二〇〇年前からってことですか……?」


 すると彼は目を見張った。


「驚いたな。クモイ、この子はどこまで知っているんだ?」


 そう言って彼は、クモイを見る。見られたほうは、何故か面白くなさそうな顔をして、淡々と答える。


「私たちが、二〇〇歳近く生きている魔法使いであることはご存じです」

「なるほどね。それにしても、あんたが自分のことを語るなんて珍しい」

「……」


 クモイは、いつもとは違う硬い表情を浮かべながら、黙っている。シルヴィス・ウェルデラータ・セレル・リウは、「まあ、いい」と言ってため息をついたあと、再びリシュールのほうを見た。

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