第42話 魔法使いが営む店

「リシュ」


 夕食を食べ終え片付けも済んだ後、温かなロフトニーを飲んでいると、クモイが主の名を呼んだ。


「うん?」


 見るとクモイが向かい側の席で、かしこまった様子で座っている。


「改まってどうしたの?」


 リシュールが笑って聞くと、クモイは少し硬い口調で話し始めた。


「ようやく新しい部屋での生活も慣れてきましたので、約束通り、リシュに絵を描いていただきたく思います」

「ついにそのときがきたんだね」


 リシュールは居住まいを正す。


「はい。ですが、その前に会っていただきたい人物がいるのです」


 絵を描くことと、人を紹介することが上手く繋がらず、リシュールはきょとんとした。


「誰と会うの?」

「私と同じく、呪われた運命にある魔法使いです」


 魔法使いが他にもいたんだとか、クモイと同じように呪われているんだとか、色々な驚きがよぎったが、リシュールは尋ねることなく、ただ「そっか」と言った。


「いつ会いに行くの?」

「よければ次の休みの日に」

明後日あさってだ」リシュールがすぐに答えた後、「僕はいいけど、クモイは大丈夫?」と尋ねた。


 そう聞いたのは、彼も日中どこかへ出掛けて仕事をしているからだった。

 だが、リシュールはクモイが何の仕事をしているのか、どこで働いているかは知らない。この三か月の生活で、リシュールはクモイ自らが話さないことは聞かないという態度が染みついていた。


「大丈夫です」

「じゃあ、明後日に行こう」

「はい」


 こうしてリシュールは、クモイとは別の魔法使いに会いに行くことになったのである。



 次の休みの早朝、リシュールは不動産屋と会ったときに着ていた服に、マントを羽織って、クモイの知り合いである「魔法使い」がいるところへ向かっていた。


 クモイに話を聞いた限りでは、その人は、リシュールたちが住んでいる場所から、西に歩いて二十分くらいのところにある、「アルトラン南十一番地」で店を経営しているらしい。


 リシュールは、クモイと他愛ない会話をしながら、今から会う魔法使いに思いをせた。


 アルトランの南に住んでおり、店も経営しているお金持ち。そしてクモイと同じく呪われている魔法使いである――ということ以外、リシュールは何も知らない。


 男の人なのか、女の人なのか。年齢はどれくらいなのか。優しい人なのか、気難しい人なのか……。

 だが、クモイと同じように長生きしているのだとすれば、目に見えぬ過去は重く暗いものなのかもしれないと、リシュールは思うのだった。


「ここです」


 クモイは、三階建ての白いレンガ造りの建物の前に来るとそう言った。表に出ている看板にはこの国の古語で『ユフィ』と書いてある。大陸に伝わる古い言葉で「花」という意味だ。

 その名にふさわしく、エントランスのドアの上部にあるガラス窓からは、冬にもかかわらず大きな花瓶に、色とりどりの花が飾られているのが見える。


「お洒落しゃれなところだね」


 リシュールはそう感想を述べたが、クモイは珍しく「そうですね」と素っ気なく答えるとドアを開けると、「どうぞ、お入りください」と言った。それよりも「早く中に入ってほしい」ということだろう。


「……う、うん」


 何か良くないことを言ったのかなと思いつつ、リシュールは店内へ入った。すると花瓶にいけてある花からする、瑞々みずみずしい匂いが、ふわりと香った。


 リシュールたちは、大人三人が横並びに歩けるエンドランスを抜けると、広い空間に出る。

 その両側には、また別の部屋がある。左側は、壁が暗い色で統一されてあり、大人びた雰囲気が漂う一方で、右側は、明るい色の壁で統一されていて、子どもから大人まで和やかに過ごせそうな雰囲気がある。


「ここはエトリア(バーのような酒場)と喫茶店が併設されているんですよ」

「そうなんだ」


 きっと、大人びた雰囲気のある方がエトリアで、明るい方が喫茶店だろう。

 開店前だからなのか、椅子もテーブルの上に上げられており、がらんとしていた。


 そもそも、開店していないうちに入ってよかったのだろうかとも思ったが、クモイが堂々としているので、リシュールは気にしないことにした。


「先に行きましょう」


 クモイがさらに促したので、リシュールはこの空間を後にして先へ進んだ。


 廊下の行き止まりまで来ると、そこには螺旋階段らせんかいだんと、受付のようなカウンターがあった。だが誰もいない。

 

 人がいないのにどうするのだろうと思っていると、カウンターの後ろにある壁の色と同じに染めてあったドアから、人が出てきた。体のシルエットがはっきりと分かる、黒いドレスを身に着けた女性である。


 しかし、クモイとリシュールがいるとは思わなかったのだろう、彼女は驚いた顔をする。だが、すぐにそれを引っ込めて客をもてなす笑みを向けた。


「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、ただ今準備中でございまして……」


 口紅が塗られた赤い唇を動かし、申し訳なさそうにいう彼女にクモイは人の良さそうな笑みを浮かべる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る