第24話 「屋根裏部屋に住む」ということ
「どうぞ」
おかみは、リシュールが使っている屋根裏部屋に入ると、周囲を眺めた。
だが、部屋も狭いし、物もないので、人や生き物がいるとしたらベッドの下くらいだ。リシュールは早く終わらせるために、あえて自分から「ベッドの下も見ますか?」と聞いた。
おかみは部屋の向けていた視線を、ゆっくりとリシュールに向け顔をじっと見る。何を考えているのかを見極めようとしているようだった。
「見せて」
彼女は短く言う。
リシュールは「はい」と返事をすると、ベッドのわきにたれている毛布を
「一応、毛布の中も確認する」
「は、はい」
おかみはリシュールの返事を聞くや否や、ベッドの上で丸まっていた毛布を
「疑って悪かったね」
おかみは疲れたようにため息をつく。
「いいえ」
リシュールは首を横に振る。だが、気が抜けなかった。疑いは晴れだが、おかみが彼のことを見つめ、部屋から出て行こうとしないのだ。
「あの……何か?」
遠慮がちに尋ねると、おかみは一言言った。
「このマント」
そして彼のマントを
「マント……?」
どきりとする。何か問題でもあっただろうか、とリシュールは尋ねられた理由を考えながら、次の言葉を待った。
「どこで買った? いいもののようだけど。人からもらったとか?」
「いえ、古着屋で買ったものです。あのレンガ造りの……」
「ふーん。こんなものも売っているんだね。いくら?」
おかみは、手のひらでマントの生地を優しく
「三千セトでした」
「……そう」
おかみはただそう言うと、「じゃあ、明日もよろしく。おやすみ」と言って出て行った。リシュールはそっとドアの傍まで行き、彼女の足音が遠ざかっていくのを確認すると、ほっと息をついて、その場に座り込んだ。
「よ、良かった……」
小さく呟く。すると「リシュ」と自分を呼ぶ声が聞こえたので、リシュールはマントを外して、床に広げた。するとそこから、クモイがすっと出て来る。やはり何度見ても不思議な光景だ。
「大丈夫ですか?」と気づかわしげに、だが小さな声でクモイが尋ねた。
「うん」
リシュールが気が抜けた顔でうなずくと、クモイは手を差し出して「立てますか?」と聞いた。リシュールはその手を掴み、クモイに立たせてもらう。
「ありがとう」
「いいえ、お気になさらず」
そして彼は、リシュールの側に置いてあったランプを手に取ると、今朝ランプが置いてあったテーブルの同じ場所に置いた。
「それより、
「聞こえていたの?」
リシュールが驚いて聞いた。マントの中に入っていたので、話し声は聞こえないと思っていたのだ。するとクモイははっとしたあとにしょんぼりとして答える。
「申し訳ありません。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、マントの中にいても、外の音が聞こえてしまいまして……。リシュの呼びかけで出て来られるのもそのためなのです」
「ああ、なるほど」
リシュールは納得した。確かにマントの中に外の声が聞こえなかったら、呼びかけても出てこれない。
「ですが、これは言い訳ですね。次からは耳に詰めものをして、聞かないように心がけます」
クモイはそう言ったが、リシュールは
「気にしなくていいよ。説明をする手間が
「それなら良いのですが……」
クモイはほっとした表情を浮かべる。それを見るとリシュールの顔もほころんだ。問題が起こったときに、こうやって話をする相手がいるのは有難いし、心強いと思ったからである。
「それより、さっきのことだけど、僕も油断していたよ。まさか下の階の人から苦情がいくと思わなかったんだ」
「ルベル……という人は、気難しい方なのですか?」
「うーん、どうだろう」
「ご存じないのですか?」
「あんまり話さないしね。でも――」
そこでリシュールは、はっとして、言おうとしていたことを飲み込んだ。
「でも?」
クモイが聞き返してくる。
「あ、いや……ううん、何でもない」
リシュールが言おうとしていたことは「でも、僕が貧乏人だから関わりたくないんだ。きっと、お金を盗まれたりするのを警戒しているんだと思う」だった。
だが、もし口にしたらクモイはまた返答に
しかし理由はもう一つある。それは、リシュールが、ルベルのことを悪くも言いたくなかった、ということだ。
ルベルがリシュールに対して、警戒する気持ちを持っているのは、昨年屋根裏部屋に越してきたときからである。初めて会っておかみに紹介されたとき、彼は「また屋根裏部屋か」とため息をついていた。
「屋根裏部屋に住む」というだけで、お金がないことは分かりきっている。「屋根裏部屋」は人が住むようにはできていない。だからこそ家賃が安いのだ。
そして金がある人は、人が住まないようなところを生活の場としては借りない。借りるのはお金のない貧乏人。よって、必然的にこの場所に住む者は貧乏人だということが、誰かに言わなくても分かってしまうのだ。
全ての貧乏人が誰かのお金を盗むわけではないが、住人として警戒するのは当然だろう。そして、ルベルはリシュールの前に住んでいた屋根裏部屋の住人と、何かしらの問題があったと思われた。そうでなければ「また」とは言わないだろう。リシュールはそう考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます