第22話 クモイの頼み事
「待って、クモイ! 何? 何が欲しいの? ねえ、教えて。お願いだから」
「ですが……」
店から放たれる明かりで、クモイの困った表情がよく見える。だが、リシュールは食い下がった。
「そりゃ、クモイに比べたら、僕があげられるものなんて大したものしかないよ。でももしかしたら、僕だからこそ、あげられるものもあるかもしれないじゃないか」
「……」
「よかったら言ってみてほしい」
するとクモイは観念したように、静かにその願いを口にした。
「そうですね。では……絵を、描いていただけないでしょうか?」
「……絵?」
全く予想していないことだったので、リシュールはきょとんとした。
「お部屋にあった絵は、リシュが描いたのでは?」
テーブルの上にあったスケッチのことだろう。
「そうだけど、よく僕が描いた絵だって分かったね」
クモイには、あの絵が自分が描いたことをリシュールは言っていないはずである。それにもかかわらず、何故分かったのだろうかと不思議に思ったのだ。
「リシュが調理場の掃除をしに行かれている間、部屋の隅の小さな棚が目に入りまして。そこにある鉛筆立てを拝見したのですが、先が上を向いた鉛筆はどれも芯が長めに
「すごい……! 正解だよ!」
リシュールは感心して軽く拍手をする。それと同時に、今日会ったばかりの相手に、自分が趣味としているものに気づいてもらえたのは素直に嬉しかった。
リシュールが絵を描き始めたのは、孤児院に入って一年ほど経ったころである。他の子が、画用紙に蝋でできた色画材(クレヨンのようなもの)で何かを描いているのを見て、自分もやってみようと思ったのだ。
もちろん、父親が絵描きをしていたことも覚えているし、それによって家族が不和になったことも幼いながらも分かっていた。そのため、父親の真似事をしていることに、どこか後ろめたさを感じることもあった。
だがリシュールにとって、「絵を描く」ということだけが、父と母との唯一の繋がりでもある。
絵を描くことによって、「何故父は絵を描きたかったのか」「母は父の描くものに対して何を思っていたのか」を知ることができるのではないか、という漠然とした気持ちがあり、ずっと描き続けていたのだった。
父と母の気持ちを
「柔らかいタッチの、優しい絵でしたから、すぐに目に留まりました。素敵な絵だなと思います」
リシュールは照れくささで顔を
「そ、そうかな……」
「ええ。人の心を和ませてくれる絵です」
描いた絵は、孤児院の先生にも
「描くのはいいけど、本当に僕の絵なんかでいいの?」
リシュールは、上目遣いでクモイを見る。すると彼は柔らかく微笑んでいた。
「リシュの絵が良いのです。その代わり、私が求める雰囲気のあるものにしていただけますか?」
クモイが追加のお願いをしたので、リシュールは大きくうなずいた。
「うん! 要望に応えられるように、やってみるよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うクモイを見て、リシュールは訳もなくほっとする。きっと自分が彼に何かしてやれることがあることに安堵したのだろうと思った。
「どういう絵を描こうか?」
「それはまた後日、ゆっくりとお話いたしましょう。ここで語っては、リシュが
「あはは、それもそうだね」
クモイがうなずくと、リシュールは隣に立ち、二人は横に並んで歩き出す。
そして今日食べた料理のことや、クモイの靴磨きの話などをしながら、朝来た人気のない場所まで戻ると、クモイは暗がりの中さっとマントに入り、リシュールはそれを羽織って下宿屋に戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます