第21話 見返り

  それを聞いて、リシュールはほっと胸をなでおろした。


「それならよかった」

「さあ、温かうちに全部食べましょう。フォッチャは温かいうちに食べるのが一番おいしい料理ですからね」

「うん」


 リシュールはうなずくとスープも全て飲み干し、クモイが注文してくれたロフトニーでほっと一息をつくのだった。



 料理を食べクモイが支払いを済ませると、二人は月明かりが照らす寒空の下、帰路にいた。

 ディオールの周辺には他にも食事処の店が何軒も並んでいて、通りに面した店の窓からは沢山の客が見える。

 皆、それぞれの店に空腹を満たしにやってきているのだろう。


「おいしかったなぁ」


 リシュールは満足げに、白い息を吐きながら呟く。満たされたお腹のお陰か、寒さもそれほど気にならない。

 店の中とは違い静かな夜の道での呟きは、クモイにちゃんと届いたようで、「よかったです」と明るい声で言い、さらに質問を続けた。


「気に入っていただけましたか?」

「うん。とても」

「では、明日も行きましょう」


 何気なく言ったその言葉に、リシュールは聞き返す。


「明日も?」

「もちろんです」


 当たり前のように答えるクモイに対し、リシュールは瞳をせた。


「でも、今日はクモイがお金を出してくれたから、ここに来れただけで、明日僕が同じぐらいお金を稼げるとは限らないし……。それに外食にお金を使ったら、家賃代が減っちゃうし、靴磨きの道具だって時折買い替えなくちゃいけないから、貯めておかないと。それに画材道具も買いたいから……」

「私がお出しします。私の喜びは、リシュの望みを叶えて差し上げることですから」


 嬉しそうに笑い、さも当たり前のように答えるクモイを見て、リシュールは足を止めた。


「リシュ?」


 何か失礼なことを言ったのだろうかと、クモイが戸惑っているのを感じながら、リシュールは尋ねた。


「どうしてクモイは僕に良くしてくれるの?」

「私のあるじさまだからでございます」


 その通りだが、あまりに素っ気ない答えにリシュールは肩を落とす。


「それじゃ答えになっていないよ。だって僕はたまたまこのマントを買っただけだよ? クモイに何か特別なことをしてあげたわけじゃない。それなのに仕事もしてくれて、ご飯もご馳走してくれて、そんなことあっていいのかなって……。今日だけでも十分幸せなのに、まだ続きがあるなんて信じられなくて……」


 リシュールは肩にかけていたマントに手を触れる。黙る彼の代わりにクモイが言葉を継いだ。


「見返りを求められるかもしれない、と?」

「別に……そうじゃないけど。でも、僕もクモイに何かしてあげられないかなって……それは思うよ」


 クモイの喜びは、リシュールに仕えること。今朝初めて会ったときもそう言った。だから報酬はいらないと。唯一欲しがったのは「名前」だけ。


 それに対し、クモイがリシュールに与えるものは分相応とは思えない。そのためこのまま彼から、一方的に与えられたものを受け取り続けるだけでいいのだろうかと、リシュールは戸惑っていた。


「私は本当に、見返りを求めていはおりません」

「本当に、本当?」


 リシュールは、自分よりも背の高いクモイの顔をのぞくようにして、重ねて尋ねた。するとわずかに彼の視線がれる。


「……それは――」


 そこまで言って、クモイは口をつぐんだ。


「すみません、何でもありません。それよりも折角温まった体が冷えますから、帰りましょう」


 何もなかったかのようにして帰るのを促そうとするので、リシュールは彼の前に立って行く手をさえぎった。

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