第15話 靴磨き
「でも、それを信じていいのかな?」
男性が申し訳なさを
「お客さまの仰ることはごもっともでございます。もし気になるようでしたら、この通りを西に行った先に靴屋がございますので、店員の方に尋ねてみるか、置いてある雑誌をお読みいただければ、私が言ったことが信じるに値すると分かるはずです」
クモイは「五十年近く前から眠っていた」と言っていたはずである。それにもかかわらず、現在の
だが、リシュールの疑問をよそにクモイと客の話は、とんとんと進んでいく。
「そこまで言うなら、君を信じてみよう」
「ありがとうございます。ですが、鏡面磨きをするにはお時間がかかります」
「沢山磨くから?」
「それもございますが、過程が多いのです」
「そっか……なるほどね」
「では、改めてお聞きいたします。お客さまはどのような状態をお望みですか?」
「じゃあ、表面が軽く輝きを持った状態でお願いしようかな。鏡面磨きはもう少し時間があるときに」
男性の依頼に、クモイはにこりと笑う。
「かしこまりました。ではまず、靴の汚れを落としますね」
クモイは、リシュールの靴磨きの箱から「ホコリ落し用」のブラシを取り出す。彼はさりげなく毛の具合を確かめると、早速靴の表面に付いた砂を落とし始めた。
無理な力はかかっておらず、ブラシにも靴にもいい状態で表面の汚れが落ちていく。また、革の縫い目も丁寧にブラッシングする。
全体が終わったらブラシは箱にしまい、代わりにきれいな布を箱から取り出す。指にそれを巻き付けると、クモイは小さな声でリシュールに一つ尋ねた。
「汚れ落とし剤はこれですか?」
彼の手のひらには、すっぽりと収まる小瓶が握られている。リシュールはそれを見てこくりとうなずいた。
だがリシュールには、彼が何故それを使うのかが分からなかった。砂くらいの汚れなら、ブラシで落とした後に乾いた布で拭けば十分だと思っていたからだ。
どうするのだろうと思って様子を見ていると、クモイは次に布にそれを付け、靴の上を
「……!」
リシュールはそれを見て、静かに驚いていた。どうやら靴の色で分かりにくくなっていたが、汚れが染み込んでいたらしい。
クモイは丁寧に、しかし素早く汚れ落としを行うと、今度は靴用クリームを指で塗り込んだ。全体に馴染ませ、余分なものを布でふき取れば完成である。
砂埃で表面が曇っていた靴に、再び輝きが戻ってきていた。見事な靴磨きである。リシュールにはここまでの知識も、技術もない。
「おぉ! これは見事だね」
時間がかからなかった割に、思った以上の仕上がりだったのだろう。客は上機嫌で言った。
「ありがとうございます」
クモイは笑ってお礼を述べると、残るもう片方を磨いた。砂埃で光がくすんでいた革靴は見違えるように美しくなり、男は料金の一〇〇セトに、さらに心付けとして三〇〇セト足して払ってくれたのである。
「短時間で、ここまできれいにしてもらったのは初めてだよ。また来るから、そのときはよろしくね」
そう言って客は去っていった。
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