第9話 クモイができること

「ところで、つかえるって何をするの? さっき言っていたみたいに家事をしてくれるの?」


 リシュールはクモイから手を離しながら聞いた。


「お望みとあれば」


「そういえば、魔法使いって言っていたけど、物語に出て来る魔法使いみたいに、空を飛んだり、水の上を歩いたりできるわけ?」


 青年に名前がつき、正体もとりあえず得体の知れない者ではないことが分かり、怖さがだいぶ薄らいできた。そのためリシュールは少しわくわくした気持ちで尋ねる。だが、クモイは主人の期待を裏切ることを答えた。


「残念ながら、私が魔法でできるのはマントの出入りくらいです」


「え」


 驚きで喉の奥から低い声を出すと、リシュールは言葉を続けた。


「さっき、僕が望みさえすれば国王にだってなれると言わなかった?」


 クモイは大きくうなずく。


「もちろんお望みであれば、そうなるようにいたしましょう」


「魔法を使わないのに?」


 魔法使いなのにどうして、と思いながら尋ねる。


 クモイは「魔法というのは、多くの人が考えているほど万能ではありません」と言う。柔らかな口調だが、どこか「魔法」というものと距離を取るような言い方のように思えた。


「じゃあ、どうやって?」


「今し方まで眠っておりましたが、人よりも長生きしてきていて知識もありますし、大抵のことは何でもできます。ですからお申し付けいただければ、願いを叶えられるように手を尽くしましょう」


「だから、『国王になりたい』って言ったらできるってこと?」


 するとクモイは、「そうです」と自信満々に言ってのけた。


「リシュが、この国の王になりたいとお望みであれば、私の知恵を持って叶えて差し上げます」


 クモイのはっきりとした物言いにリシュールは気圧けおされつつ、「……いや、望んでないからしなくていい」と断った。


 魔法を使わずに国王になる方法は少し気になったが、本当にさせられても困るので遠慮した。クモイは気にした風もなく「分かりました」と言う。


「では、別のことをお命じください」


「そうは言っても――」


 と言いかけたが、リシュールははっとして「まずい!」と声を出した。


「どうされました?」


「どうしたもこうしたもないよ! 仕事に行かなくちゃ!」


「お仕事でございますか? ついて行っても構わないでしょうか?」


 バタバタと動き出したリシュールを目で追いながら、クモイが喜々とした声で尋ねる。


「ええ? それはいいけど……何も楽しいことはないよ?」


「お傍にいられれば構いませんので、お気になさらず」


 傍にいられれば構わない、というのも変な話しのような気がしたが、考えている暇もないので、リシュールは適当に返事をした。


「そう? じゃあいいけど。あっ、出るときはおかみさんに見つからないようにしてね」


 リシュールはクモイがいることも気にもせず着替えをし始める。一方のクモイは少し目をそらしつつ尋ねた。


「おかみさん?」


「家主さんのことだよ。皆、そう呼んでるんだ」


「そうなのですね。分かりました」


「あと他の住人にも気を付けて。もしクモイが同居人だと思われたら、家賃の金額を高くされちゃうから。とにかく見つからないようにね」


「それでしたら、外に出るまでマントの中におりますので、人気のないところに行かれたら声をかけてください。そうしたら出てまいります」


 ということは、マントの中にクモイがいる状態で羽織るんだよな、とリシュールは思う。昨夜は「ただのマント」だと思って気にしていなかったが、マントの中にクモイがいることを考えると、微妙な心境である。だが、今は別の方法を考える時間もない。

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