第7話 報酬
「では、家事の代行をするというのはいかがでしょう? 掃除、洗濯、裁縫、料理、何でもいたしますよ」
「何でも……」
今度の提案は魅力だった。
リシュールは掃除は得意でも、裁縫と料理は全くできないでいる。そのため、気持ちが動きそうになっていた。
だが、リシュールにはお金がない。給金も出さないでただ働きさせて自分の願いをかなえてもらうなど、ばちが当たるに違いないと思っていた。
すると彼の心を読んだかのように、青年は次のようなことを提案した。
「もし報酬のことが気になさるのであれば、私に名前をいただけませんか?」
「名前?」
意外なことだったので、リシュールはきょとんとする。一方で青年は少し恥ずかしそうに言った。
「実は五十年近く、マントの中でずっと眠っていたものですから、前に使っていた名前を忘れてしまいまして……。できたらいただきたいのです」
リシュールは目を瞬かせる。確かにそれはお金はかからないなと思った。
だがその一方で、魔法使いであることは覚えているのに名前を忘れるなんて、思い入れがなかったのだろうか、などとぼんやりと思う。
とはいえ、名前を付けてほしいというのには困ってしまった。
「そんなこと言っても、僕にまともな名前なんて付けられないよ?……勉強なんかほとんどしてきていないんだから」
「主さまが、呼びたいような名にしてくだされば構いません」
にこっと笑う青年を見て、リシュールは「名前を与えるということは、そこに関係が生まれることだ」という、いつかお
もし彼と関係を持ちたくないのであれば、名前を与えてはいけないのではないか。そう思う。
だが、話しているうちに、最初にあった得体の知れない怖さは薄れてきたし、仮にリシュールが願いを断ってしまったら彼は「名無し」のままになってしまう。そう考えると少し
それに貧乏で靴磨きしか取り柄のない自分が、彼に名を与え、主人になるだけで喜んでもらえるなら、それも悪くないかもしれないと思った。
「……分かったよ」
リシュールが折れると、青年は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そうなると、せめて人に変に思われず、彼もそれなりに気に入ってもらえるものがいい。
リシュールは「名前かぁ……」と言って周囲を見渡した。
目に入るのは、床に置いてある靴磨きの道具に、孤児院を出るときに貰った革の鞄。部屋の中央にある小さな丸いテーブル。そしてその上においてあるランプと、一輪挿し用の花瓶、彼が趣味で描いている風景画のスケッチくらいである。
どういう名前がいいだろうか、と考えたとき、何となく
そして今度は、何かに気づいたようにテーブルの上に置いてある数枚のスケッチに目を向けた。その中から、青い空を背景に、灰色の雲が上空へ向かっている様子が描かれているものを取り出してみる。
――灰色。
そして彼は、ふと青年のほうを見た。
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