第6話 青年の年齢

 リシュールは思わず口を開けた。何でもないように言うが、一七〇年前の話である。そんなことはあり得ないと思った彼は、ちょっと笑って「まさか、僕のことをからかっている?」と言った。


 だが、青年は至極真面目に否定した。


「ご冗談を。あるじさまに対し、そのような失礼なことはいたしません」


 はっきりというので、リシュールは面食らってしまう。


 まだ彼のことを信じ切れてはいないが、「信じる」としたら、この人はいったい何歳なのだろう。


「当時からって……、じゃあ……何歳なの?」


 率直に尋ねると、彼は少し思案してから答えた。


「そうですね……、二〇〇歳くらいでしょうか」


「……嘘でしょう?」


 驚きながら、青年を頭のてっぺんから足先までを眺める。どうみても、二十代後半くらいの年齢にしか見えない。


「魔法使いって、年を取らなくて長生きなんだね……」


 リシュールが目をぱちくりさせ、感心するように呟く。だが青年は少し悲しげな雰囲気を含んだ笑みを浮かべ、「そうではありません。これは我が身にかかった呪いです」と言った。


「呪い?」


「はい。魔法使いも非魔法使い――つまり魔法使いではない人々と同じくらいしか生きられません。ですが、私はこの呪いがあったせいで生き延びてしまいました」


「だから、呪いって何」


 勿体ぶるので、少し強い口調で尋ねたが、青年は困ったように笑って答えた。


「マントにりつく呪いでございます」

「……」


 リシュールが眉をひそめ、青年の言っていることに対してどう返答していいか分からないでいると、彼は何かを察して慌てて弁明した。


「私のことをあわれに思う必要はございません。私はこれでも結構明るくやってきた方なのでございます。それに、今度は小さなあるじさまを得ました。私はまた誰かにお使いすることができる喜びで胸がいっぱいです」


 そう言って、ぱっと明るい笑みを浮かべる。


 リシュールはといえば、見た目が自分よりも少し年上のお兄さんが、おかしなことを言うので不審がっているつもりなのだが、どうやら察しの悪い人らしい。はっきり「信じきれていない」と言いたいところだが、心底嬉しそうに笑う彼を見ると意地悪なことを言うのも気は引けた。


「だ、だけど、主って言われても……僕はお金もないし、君をやとうことなんてできないよ」


 リシュールは考えた末にそう言う。だが青年は「給金は不要です」と言って言葉を続けた。


「私はあなたさまに仕えることができれば、それで十分なのでございます」


「でも、仕えるって何をするのさ……」


「難しく考える必要はございません。私はあなたさまのお役に立つことができればいいのです。何なりとご命令ください。あなたさまが望むのであれば、この国の王にして差し上げることも可能です」


「こ、国王?」


 突飛とっぴな提案に、リシュールの声が裏返る。


「はい。興味がございますか?」


 青年に尋ねられ、リシュールはすぐに首を横に振った。


「ううん。全く」


 孤児院にいたころ、先生たちが「地位を持った者は着飾る特権を得る代わりに、その地位に見合った仕事をしなくてはなりません」と説いていた。だからこそ沢山のお金を得て、人々がうらやむような裕福な生活をしていいのだ、と。


 そう考えると国王はこの国で一番強い着飾る特権を持っているわけで、その分の仕事をしなければならなくなるのだろう。想像しただけで大変なことが分かるので、まっぴらごめんである。

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