第2話 「夢の財宝」の噂

「リシュじゃないか。久しぶりだね。何か入り用かい?」


 店主が口を動かすと、鼻の下に整えられたひげも一緒に動く。それを見ながら、リシュールはうなずいた。


「雪が降る前に、冬物を買っておこうと思って来ました」

「そうか。ゆっくり見ていってくれよな」

「はい、ありがとうございます」


 リシュールとのやり取りを終えた店主は、先程まで話していた客との会話を再開する。二人とも人に聞こえないように話しているつもりのようだが、思ったよりも声が大きいので、「夢の財宝」について話しているのが聞こえてきた。


「……それで、ご友人は西の端にある森へ行って、『夢の財宝』を見つけられたのかい?」


 店主が興味津々という様子で客に聞いた。すると、客は大きなため息をついてから答える。


「いいや。それどころか怪我をして帰ってきたよ。オオカミに襲われたらしい。馬に乗って急いで逃げたんだが、追いつかれて馬が噛みつかれたんだとよ。落馬して足の骨を折る大けがさ」


 店主は「そうか……。それは災難だったね」と怪我をした客の友人を思って、沈痛な声で言った。


「まあな」

「じゃあ、『夢の財宝』探しはもうやめるのかい?」

「怪我をした奴はもう勘弁だと言っていたが、仲間は諦めていなかったぜ。何でも狼が出て来るタイミングが不自然だったって」

「不自然?」


 店主は、どういうことだ、と言わんばかりに聞き返す。客は少しだけ声をひそめて、特別なことを語るように得意げに言った。


「森の中には誰も住んでいないはずなんだが、あいつらは深い霧の中に、一軒家があるのを見たって言うんだ。それを見たとたんに狼が出たらしくてな。きっと、『夢の財宝』を守っている番犬なんじゃないかって。だからもう一度その場所に行ってみるつもりさ。もちろん、狼と戦うための武器を持っていってな」


 店主は「それは面白いね」と言うと、その後も客の話に聞き入っていた。


「夢の財宝」というのは、「手に入れれば願いを叶えてくれるというもの」ということだけは、リシュールも噂で聞いて知っていた。しかし、いまだに見た者もいなければ、どこにあるかも分からないという。


 ただ城下町にはないと考えられているため、手に入れるためには旅に出なければならず、店主と客はその旅に出た知り合いの話をしているようだった。


 願いを叶えてくれる「夢の財宝」には、リシュールも少しだけ興味があったが、探しようにも旅にはお金がいる。靴磨きだけで何とか明日を生きている、貧乏な少年には夢のまた夢の話だ。


 そのためリシュールは彼らの会話を聞いて楽しそうな雰囲気だけ分けてもらい、目的のマント探しに集中することにした。

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